自慢の友達
自慢の友達
「ね、ねぇ和泉さん。よかったら一緒にお昼食べませんか?」
クラス委員の一ノ瀬千代と、その友人二人は、恐る恐る和泉まほらに声を掛けた。今までにない事だったので、まほらは一瞬ぴくりと目を動かして、わずかに動揺を表してから口を開く。
「……少し待ってもらっていいかしら?確認するわ」
そう告げると、しずしずと席を立ち、黄泉辻の席へと向かう。まほらが自発的に自席を動く事などそうある事ではない。
「まっ……まほらさん!?」
黄泉辻は驚きの声を上げる。
「こっち来ていいんすか?」
「今あなたに用はないわ」
凪原の心配は一刀両断切り捨てられる。凪原に完全に背を向け、まほらは心配そうに黄泉辻に耳打ちをする。
「……一ノ瀬さん達にお昼誘われたんだけど、行って良いかしら?」
それを聞いて黄泉辻の顔は春の芽吹きの様な笑顔を見せる。事あるごとにクラスメイトにまほらの魅力を語ってきたのだ。
「うん!もちろんだよ!な――」
――なんなら、あたしも一緒に。と、言いかけて慌てて言葉を飲み込む。
「よかったら黄泉辻さんも一緒にどうかしら」
魅力的な誘い。一ノ瀬にも他の子にもまほらの魅力を売り込む好機。ではあるが、黄泉辻は心を鬼にして首を横に振る。
「……ごめん、ちょっと先約があるんだぁ。まほらさんは楽しんできて!大丈夫、みんな良い子だから!」
そう言って黄泉辻は親指をピッと立ててまほらを見送る。自分も一緒に行って場を回せば、きっとみんなすぐにまほらの魅力に気がつくだろう。けれど、そんなのではない本物のまほらに触れて、見つけてほしいと彼女は思う。
「みんな良い子だから行っていいとの事だから、良かったらご一緒させてもらってもいいかしら」
まほらの返事を聞いて一ノ瀬はくすくすと笑う。
「ふふっ、黄泉ちゃんお母さんみたい」
チラリと黄泉辻を見て手を振ると、黄泉辻も手を振りかえす。
「黄泉ちゃんもどう?」
「ごめーん、あたしちょっと先約がー」
「そっか、残念。じゃあ、和泉さん。食堂でいい?」
「考えてみたけど、断る理由はないわね」
微かに微笑みながらまほらはそう言い、その特殊な物言いを聞いて、一ノ瀬たちも嬉しそうに笑う。
――昼休み、食堂。
「本当はずっと話してみたかったんだけど、迷惑かなって思って」
クラス委員の一ノ瀬はそう言って笑う。彼女は学食のカルボナーラを頼んだ様子。
「別に迷惑なんて事はないわ。誘ってくれてありがとう」
表情を変えずに答えるまほらはのメニューは天ぷらそばを食べている。
「和泉さんはうどんじゃなくて蕎麦派なの?」
もう一人の同席者――閑谷が問うと、まほらはあきれ顔でクスリと笑う。
「黄泉辻さんも前に言っていたけど、なんですぐ派閥ができるのかしらね。私はどっちも好きよ。ただ今日はお蕎麦な気分だっただけ」
以前、チョコ菓子でキノコタケノコ戦争が勃発した事を思い出しての教訓だ。
まほらの意見を聞いて三人はふんふんと頷く。
そのテーブルをギリギリ視認できる物陰のテーブルに黄泉辻と凪原はいた。
「何を話しているのか……、聞こえないっ!」
黄泉辻は耳に手を当て全力で聞き耳を立てるが、昼休みの食堂の喧騒の前にそれは蟷螂之斧と言える。
「ムリムリ、あいつじゃあるまいし聞こえねーよ。ほっとけばいいんだよ。過保護はよくないっすよ」
いつも通りの総菜パンを食べながら凪原は我関せずを貫く所存。
「凪くんっ!おかず一品奢るから様子見てきて!」
「だからほっとけって。黄泉辻も早く食べないと時間無くなるぞ。あ、移動経路に気を付けないと見つかるから注意しろよな。今日弁当じゃ無いんだろ?」
「あっ、そっか!気を付ける」
まほらは視力も聴力も異常によく、周辺視野も極めて広い。視界に入ろうものなら、『先約がある』の建前が崩れる。
「あの選挙の演説には本当に感激しちゃった!ああ言うのって、初めから全部考えているの?」
まほらは首を傾げる。
「予め考えてある事を話すなら、……それを私がする意味ってあるのかしら?」
一ノ瀬の質問の意味がよく分からず、まほらは少し困惑する。人によっては嫌味に聞こえるかもしれない。まほらが信者と同様に敵を多く作る所以だ。
「じゃあ、アドリブって事!?」
「すごっ」
閑谷と、もう一人の女子――雉峰は口々にまほらを賛美して声を上げる。
「あっ、じゃあ!わたしも質問〜!」
雉峰が手を挙げる。ハンバーグランチを食べる手は止まっている様子。
「……じゃあ、最後のマイクゴンっも、計算じゃないって事!?」
「……マイク、ゴンっ」
まほらは、復唱して少し照れくさそうにはにかむ。あまり見られない表情に三人もご満悦だ。
「計算じゃ、ないわ」
計算であんな事が出来るなら、もう少し上手く生きている。思うだけで、言葉にはしない。
「和泉さんって、少し雰囲気柔らかくなったよね」
「……そうかしら?」
「うんうん、前はもっと怖かったもん」
「……怖いって、失礼だなお前は」
閑谷は雉峰に白い目を向けて苦言を呈する。
言われてまほらも考える。確かに、以前の自分なら昼食に誘われた時点でにべもなく断っていただろう。
まほらはクスリと笑う。
「そうね」
仮面の微笑では無く、年相応の微笑み。
「もっと早く話しかければ良かったなぁ〜!」
「ね!こんな可愛い人だなんて思わなかった!」
「じゃあ今度は黄泉ちゃんも誘ってみんなで食べようよ!」
まほらの微笑みに高揚した三人をまほらは微笑ましく見守る。まるで、普通の女子の様な昼休み。
「みんなも黄泉辻さんと仲いいのね」
他者の口から聞く友人の名前のなんと新鮮な事か。
「そりゃ、ねぇ。超いい子じゃん。それに、かわいいしね。かわいいは正義!」
「……それに困ってる人が居たら絶対手伝うし。男子の気持ちもわかるなぁ」
まほらは自分が褒められているかの様にむずかゆい気持ちで一杯だ。
「黄泉辻さんなら、どうせ近くにいると思うから、今誘ったら?」
そう言って辺りを見渡す。先約がある、と言っていたが、それはどうせ方便だとまほらは最初から分かっていた。
そして案の定、すぐに黄泉辻の姿を見つける。
「ねぇ、黄泉辻さん」
背後から抑揚のない声で声をかけると、黄泉辻は目に見えるほど大きくビクッと身じろぐ。
「あ、ま、まほら、さん。チガウヨ、アタシウソツイテナイ」
「私まだ何も言ってないけど?嘘ついていない人は、自分からそうは言わないものよ?」
そう言ってラーメンのトレーを持った黄泉辻を自分たちの席まで連行する。
「こっち来て。一緒に食べましょう」
「や、でも……」
凪原は今でも一人席で待っている。だが、中々言い出しづらい。すると、まほらは照れくさそうに呟く。
「……友達の自慢したいんだから、来てくれる?」
そんな事をそんな顔で言われて、断れるはずがない。黄泉辻は嬉しさ満面で元気よく応える。
「行きますっ!」
――そして、五人は楽しい昼休みのひと時を過ごした。
遥か離れたテーブルに、凪原一人を残して。




