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主従ラブコメは12月29日に終わる。〜ままごとみたいな主従ごっこは政略結婚に勝てますか?〜  作者: 竜山三郎丸


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バレンタイン② 甘くて熱くて溶けるもの

――週末、都内某所。地上270メートルの場所にあるペントハウス・黄泉辻邸。

 今日はここで和泉まほらと黄泉辻渚はバレンタインのチョコを作る。


「それじゃあ、二人とも今日僕のことを呼ぶときはちゃんと『先生』をつけるようにね」

 三角巾で銀髪をまとめたエプロン姿の玖珂三月が笑顔で言うと、黄泉辻も笑顔で手を挙げる。

「はいっ、玖珂先生!」

「……は、い、三月……先生」

 まほらは暗く重い表情でうめくように言葉を漏らし、玖珂は眉を寄せて不満を表す。

「君が呼んだんだろ?そんなに嫌なら帰るだけなんだけど」

「ぐっ」


 ――玖珂が言う様に、今日ここに玖珂を呼んだのは他ならぬまほら自身だ。

 玖珂のケーキ作りの腕前は、鴻鵠祭の模擬店で十分に分かっている。そして、その後生徒会室で久留里緋色が『うちはガトーショコラが神でした』と言っていた事を、まほらは当然耳にしているし覚えている。本来であれば、頭を下げるなど言語道断の不倶戴天の敵と言える玖珂。けれども、今回のケーキ作りは万に一つも失敗ができない。悪魔に魂を売ってでも、玖珂に頭を下げてでも成功させなければならない。

 二年前の、自分の為にも。そう思って、彼女は玖珂に頭を下げた。

『三月、お願いがあるの。私にケーキ作りを教えて』――、と。


「三月先生、よろしくお願いします」

 いつも通りの無駄のない所作で、まほらは玖珂に頭を下げる。玖珂としても別に意地悪するつもりはない。線引きはちゃんとしなければならない。

「はい、よろしく。それじゃ、始めようか。まずは衛生管理が基本の『き』だからね?手はちゃんと洗う、髪は下ろさない。いいね?」

 二人の返事を受けて玖珂は説明を始める。


「クリスマスのケーキ食べた感じ黄泉ちゃんは一人でも普通に作れるでしょ?なに作るの?」

「まほらさんがガトーショコラだから、あたしはザッハトルテにしょうかなって」

 玖珂は顎に手を当て考える。

「スポンジは?そこから作る?」

「どっちがおいしいかな?」

「そりゃ作ったほうが絶対おいしいよ。手間かかるけどね」


 玖珂はタブレットを操作して、特製ザッハトルテのレシピを出して、黄泉辻に見せる。

「黄泉ちゃんは基本ができてるからこれ見ながら作れば平気だよ。細かいところは都度チェックするけど、ポイントは細かいところを丁寧に、と分量と温度管理は正確に。その三つを守るだけで劇的においしくなるから」

「は~い、玖珂先生っ」


 そして、次はまほらの番。

「まほは?ガトーショコラ?君が料理できるのは知ってるけど、お菓子系作った経験は?」

 まほらは気弱そうに首を横に振る。

「無いわ」

「クッキーとかも?」

 まほらは弱々しく頷いた後で、ハッと思い出して瞳を輝かせる。

「あっ、大学芋と栗きんとんならあるわ!」

「……それは菓子じゃないね」

「そう。……やっぱり、難しいかしらね。初心者には」

 しゅんとするまほらを元気づけるように玖珂はニコリと爽やかな笑顔を見せる。

「その為に僕を頼ったんだろ?任せとけ、としか言えないね」


 そして、まほらのケーキ作りが始まる。初心者とは言え、料理は人並み以上にはこなせるまほら。チョコの温度管理や薄力粉の使い方など、家庭料理の文脈から離れた工程は注視して指導をした。


 それは玖珂の想定通りであり、だからこそ玖珂は条件として久留里緋色を呼ばないことを付け加えた。クリスマス会を例に出せば、生徒会メンバー3人のうち2人を呼ぶという事は、残る一人は仲間外れに近い形となる。それでも、玖珂は久留里を呼ばないことを条件に加えた。

 彼女が来れば手も目もその分彼女に割かなければならなくなる。そうすると、断腸の思いで自身に頭を下げたまほらの思いが報われない、と思い呼ばないことにした。申し訳ないけど、後で謝ればいいやと心の中で軽く笑う。


「それにしても、あなた本当にケーキ作り得意なのね?どうして?」

 工程を進めながらまほらが問うと、玖珂は涼しい顔で即答する。

「ん?甘いものが好きだから」

 あまりにシンプルな理由にまほらも思わずクスリと笑う。

「……そんな理由で、あそこまでのケーキを?」

「そう。僕凝り性なんでね。ちょっと黄泉ちゃん見てくるから卵割って分けといて。できるだけきれいにね」

「わかったわ」


 元々料理の素養があり、手先も器用で、細かい事も苦にしない。玖珂の言う事をしっかりと守り、まほらのケーキつくりは順調に進んだ。


 ――そして、3時間後。


「完成~」

 黄泉辻が両手を挙げて喜びの声を上げ、玖珂とまほらはパチパチと拍手で応える。

 厳密にいえば、完成したものを冷蔵庫に入れ、粗熱を取り、完成。さらに厳密にいえば、ガトーショコラにおいてはここから半日程度冷蔵庫に入れておくと味が染みてしっとりとする。


 まほらは目線を机に合わせて並んだ黒いケーキ二つをキラキラと輝く瞳で眺める。

「これ、私が作ったのね」

 玖珂も嬉しそうに微笑む。

「そ。自信もってね。僕口は出したけど、手は出してないから」


「それじゃあ、早速……味見、しちゃう?」

 ケーキナイフを持った黄泉辻が悪戯そうに笑う。まほらは一瞬嬉しそうな顔をした後で、申し訳なさそうに俯く。

「あの、黄泉辻さん。……ちょっと不躾なお願いなんだけど、私のケーキの味見は黄泉辻さんがやってほしいの」

「別にいいけど……、まほらさんは食べなくていいの?」

 当たり前とも言える問い返しにまほらは言いづらそうに口ごもる。

「私は……、その……」

 仮面でも隠し切れず、顔を真っ赤にしたまほらは、身体の前で手をもじもじと触りながら呟く。

「……どんな味なのか、一緒に食べたいから」


「うわわわわ、かわいいっ!かわいすぎる!?ナニコレ!?じゃああたしも!あたしもそうする!……はっ、じゃあ味見はどうすれば!?」

「お互いのを味見しあえばいいんじゃない?」

 玖珂が提案すると、黄泉辻は『それ!』と玖珂を指さす。


 互いのケーキが切り分けられて、皿の上に乗る。まほらの皿にはザッハトルテ、黄泉辻の皿にはガトーショコラ、そして、玖珂の皿にはガトーショコラとザッハトルテ。

「あれ?僕ももらっていいの?」

「……こういうの催促しないところすっごいモテそう」

「あはは、君が言う?」


 まほらは口をとがらせながら呟く。

「あなたに借りを作るのは嫌だから。それで貸し借りゼロよ」

「むしろお釣りが必要かもね。おっと、紅茶を淹れようか。ちょっと待ってて」

 

 室内に紅茶の香りがふんわりと漂い、いよいよ試食の時。

「それじゃ」「いただきまーす」

 三人はそれぞれに、フォークを口に運ぶ。

 黄泉辻とまほらは、次の瞬間口元を手で隠して、目を大きく見開き、互いに見つめあう。そして、モグモグと何度か咀嚼して、喉を通すと同時に感嘆の声を上げる。

「おいしい……、すっごくおいしいわ!黄泉辻さん!」

「まほらさんのガトーショコラも!すごくすごい!しかもこれ、冷蔵庫においておけばもっとおいしくなるんでしょ!?ずるいよ!」

 互いにほめあった二人は、涼しい顔でケーキを切り分けて口に入れる玖珂に注目する。

 玖珂はそれぞれを一口ずつ食べ、紅茶を飲む。

「……ど、どうなのよ?」

「玖珂くん、感想は?」


 目を閉じて紅茶の香りを楽しんだ玖珂は目を開いて微笑む。

「パティシエールを呼んで。感謝の気持ちを伝えたい」

「はいっ!」

「は、はい」

 二人は揃って手を挙げる。黄泉辻は元気よく、まほらはおずおずと。


「正直言って、有名店で売っていてもおかしくない出来だと思うよ。あはは、先生がよかったのかな?」

 笑いながら軽口を叩くが、さすがにまほらもそこは否定できない。


 玖珂はケーキを食べ終わると席を立ち、皿を指さす。

「このケーキはバレンタインにもらった分にカウントしていいのかな?」

「ノーカウントよ。私があなたにチョコを渡すはずがないでしょ」

 まほらの言葉は玖珂としても想定内。

「だねぇ。じゃ、僕は帰るからあとは二人で頑張って」

 

 見送りはいらないよ、と言いそのまま玖珂は黄泉辻邸を後にした。


 「まほらさん、あーん」

 いつもの癖で黄泉辻が自分の皿のケーキをまほらに向ける。

「あ――。ちょっと、黄泉辻さん!?それ私の作ったケーキでしょ!」

 口を開けてからその事に気が付き、まほらは慌てて口を手で覆う。本番前に食べる訳にはいかない。

「あ、そっか。えへへ、失敗失敗」

 まほらは黄泉辻をほほえましく見つめる。

「……もうっ」


 準備は万端。あとはバレンタインを待つのみだ――。

 

 

 

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