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バレンタイン① 黒くて甘くて熱いもの

――二月に入って一週間が過ぎると、町の中も学園内も何やら甘い雰囲気が漂いだす。そう、2月14日はバレンタインだ。


 社会人にもなれば面倒な建前や費用の事もあり、義理チョコ廃止となる会社も多い。だが、学生たちは建前に縛られず、それぞれの想いの赴くままに全力でイベントを楽しむのだ。


 和泉まほらは自席で頬杖を突きつつ、思案する。三学期に入り、席替えで窓際の一番後ろの席になった。前方では、いつものように黄泉辻渚と凪原司が何やら会話をしているが、彼女は思案に耽る。


 ――さて、今年はどうやってチョコを渡そうか。


 クラスも違った去年は渡すタイミングが下校時間しかなく、四苦八苦の末、玖珂三月の過去の悪行から着想を得て、持ち物検査を強要した隙にカバンに混入させる事に成功した。今年はクラスも同じで、帰宅部の部室もある。勘違いでなければ距離感も去年より近づいている。


 今年はもっとスマートに、落ち着いて、自然にチョコを渡せる確信がまほらにはある。


「ねぇ、凪くん。今年はどんなチョコが食べたい?」


 ――なんですって!?

 まほらは思わず机を叩き立ち上がりたくなる衝動を必死に抑える。ここは教室で、周りにはクラスメイトがいる。

 思案は止まり、二人の会話に耳をそばだてる。

 (そ、そうよね。きっと義理チョコの話よね!?いくら黄泉辻さんが凪原くんの事を、……だとしても、こんな公衆の面前で堂々とその話はおかしいわよね!?そうよ、義理チョコの話に決まっているわ。そうでなければ友チョコ。ほかの選択肢は……うん、皆無!残念ね、凪原くん。これでQ.E.D.よ!)


 まほらの自己解決をよそに、凪原は顎に手を当てながら首をひねる。

「どんなチョコ……って、言われても。どんな種類があるのかよくわからんしなぁ。テロルチョコとか?」

 義理チョコの定番テロルチョコ。それを聞いた黄泉辻は明るく笑いながら手を横に振る。

「あはは、それじゃ義理チョコじゃん。本命チョコなんだから、もっとちゃんとしたの答えてよ。チョコクッキーとか、チョコタルトとか」

「本命すか。そりゃ光栄な事で」

 ――なんですって!?

 まほらは再び机を叩き立ち上がりたくなる衝動をなんとか堪え切る。

(今本命って言った!?照れもせず!?そして、凪原くんもなんでサラッと受け流しているの!?もしかして私がいない間に何かあったとか!?)

 まほらは一度大きく息を吸い、脳に酸素を巡らせ、その明晰な頭脳をさらに高速で回転させる。

(……いえ、それ以外違った感じはしない。なら聞き間違いの線が……?この私が?ありえないわね)

 と、ここでまほらの頭脳は正解にたどり着く。

 (あっ……、『奔命(ほんめい)』!?そうよ、『奔命』チョコよ!奔命――、命令を受けて走り回ること。あちこちを駆け回って、いそがしく用事を果たすこと。凪原くんにピッタリじゃない!決まりね、凪原くんをねぎらう為のチョコなのね!?はい、今度こそ解決。なんら問題なしっ)

 正解に思い至り、まほらは一人満足げに頷く。


「ねぇ、まほらさんも一緒にチョコ作らない?」

 一人納得している隙に黄泉辻がまほらの席にやってくる。前より物理的な距離は近まっているので、すぐに来れる。

「えっ!?チョコ……!?」

 凪原とは意外に長い付き合いのまほらだ。去年だって、事故以前だってチョコくらい渡した事はある。だが、家のキッチンでチョコを作るなんて事は彼女の家では許されておらず、今まで渡したチョコはすべて購入品である。だが、彼女にだって、手作りチョコを渡してみたい、という年相応の欲求はある。

 まほらは無言でコクリと頷き、黄泉辻は満面の笑顔でそれに応える。

「じゃあ、週末うちで作ろ?予定合う?」

 まほらは言葉を発せずにコクコクと二度頷いてそれに応えた。

「えへへ、楽しみだね」


――放課後、帰り道。

「よかったわね、凪原くん。今年も一つチョコが確定したわね」

 まほらが挑発的な笑みを向けると、凪原は照れ臭そうに頭に触れながらへらへらと笑う。

「あ、くれんの?さんきゅー」

「なっ……、なんで私があげる事になってるのよ。黄泉辻さんでしょ?奔命チョコをくれるって言ってたの聞こえてるんだから」

 少し頬を赤らめてまほらが反論するが、冬の夕方の帰り道、街頭の灯りの下ではおそらく凪原も気付かない。

「黄泉辻はまぁ、去年もくれたし。そりゃ今年もくれるだろ。ありがたいよな、おかげでチョコゼロ男にならなくて済む。こう見えて人並程度には見栄があるんで」

「……私だって、去年あげたけど」

 凪原と反対側を見て口をとがらせてまほらは呟く。

「知ってる。うまかったよ、去年の」

 それを聞いてまほらの口元が緩む。

 去年――、高校一年のバレンタインは取り寄せた高級な生チョコを贈った、三年前――中学二年の時はチョコタルトだった。二年前は、ガトーショコラを買った。あの事故の後、凪原が鴻鵠館に受かる前。当然渡せる訳もなく、賞味期限が切れる日に部屋で一人で食べた。味なんて少しもしなかった。


 そう思いだして、まほらは決めた。


「ばかね。今年のチョコはあんなもんじゃないんだから。あんまりおいしくて思わず土下座しちゃうんだからね!」

「……どんなチョコだよ」

 凪原はあきれ笑いをして、まほらはその表情をみてクスリと笑う。

「だから、楽しみにしててね。全力で期待してかまわないわ」

「ハードル上げますなぁ」

 凪原は嬉しそうに呟いた。


 二年前、会うこともできなかったバレンタインを思い出して、まほらは決めた。――今年は、ガトーショコラを作ろう。あの日、渡せなかった私の代わりに。

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