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図書室にて

『凪原くん、今日は生徒会の集まりがあるから図書室で待機していて』

 放課後、凪原司は和泉まほらからの要望で図書室へと向かう。要は帰り一緒に帰るから待っていろと言う事だ。


 中高一貫校に多いように、ここ鴻鵠館の生徒会選挙は毎年9月に行われており、その任期は9月から8月までの1年間。なので、昨年の9月にまほらが副会長に就任してから現在に至るまでの8か月の間毎回凪原は図書室で時間を潰している。おかげで年齢平均の読書量は優に超えている自信がある。


 鴻鵠館の図書室は最近の図書館と同様にPCでの検索もできるし、貸出もセルフで行い、入退室はICカードになっている学生証で管理している。20代後半の女性司書教諭も常駐している。OBや父母会からの潤沢な寄付により高水準な環境が整えられているのだ。


 鞠谷澄香27歳。司書教諭としてはまだ経験が浅いが、彼女が着任してから図書室の利用率及び貸出件数が飛躍的に伸びたのは年頃の男子生徒たちの下心と無縁ではないだろう。事実、放課後毬谷先生と過ごせる為、各クラス図書委員の倍率は高い。長めの黒髪ストレートに赤い縁の眼鏡。文学少女が大人になった、と言う雰囲気の大人の女性。



 学生証をタッチして図書室に入室する。当たり前だが、図書室はいつも静かだ。入室してすぐ凪原は違和感に気が付く。普段の図書室と違って女性比率が高すぎる。全員がそうというわけではないが、多くの女子生徒は普段男子生徒がしているように、カウンターをチラチラと盗み見ている。


 凪原が目をやると、司書教諭の毬谷先生の隣にはとても目立つアッシュシルバーの長髪をした美形の男子が座って本を読んでいた。フレームレス眼鏡を掛け、無言で本を読むそのイケメン男子は男の凪原から見ても悔しいが絵になると思える。よく見ると、隣に座る毬谷先生ですら、時折チラリと横顔を覗き見ている。


 その男子生徒の事は凪原も知っている。と言うか、校内でも屈指の有名人だ。2年D組、玖珂(くが)三月(みつき)。まほらの家と同様に有力政治家の三男だが、彼の祖父玖珂統一郎は元総理大臣と言う正に良血中の良血だ。その家柄にこのルックスとあれば有名にならない訳がない。アルバイトでモデルの仕事をしているらしい。


 カウンターに座っていると言うことは、どうやら彼は図書委員のようだ。思い返せば、最初の委員会活動を終えた翌日クラスの女子がなにやら騒いでいたな、と凪原は思い出した。


 カウンター付近の席は不純な理由の利用者で混雑している。だが、奥に入れば勉強や読書をするまともな利用者ばかりで凪原は一安心と小さく安堵の息をはく。まほらの生徒会活動が終わるまでは概ね90分程度。スマホがバイブになっている事を確認して、本日の読書を開始する。

 

 90分が少し過ぎた頃、凪原のスマホが揺れる。画面を見ると、カエルが天を仰ぎ『終わった……』と書かれたスタンプ。凪原はアミリーマートのキャラクタースタンプで『了解』と返す。彼のアカウント名がアミリーマート公式だからだろう。


 いつもの流れであれば、この後まほらが図書室に来て、その後家路をお供するとなる。さて、帰り支度と読んでいた本を戻し、何冊かの貸出手続きを行う。前述のとおり、ここ鴻鵠館の図書室はセルフ貸し出しだ。


「あ、まほ。いらっしゃい」

 静寂を友とするはずの図書室にやや嬉しそうな優しい声が響き、視線は声の方向に集中する。図書室にやってきた和泉まほら。幼い頃から家同士の繋がりの深い両家。玖珂はまほらを『まほ』と呼んでいるようだ。

 「あら、三月。お久しぶり」

「……く、玖珂君、和泉さん。図書室ではお静かに」


 司書教諭としての矜持で、二人の私語を注意する毬谷先生。

「先生!閉室時間なのでいいと思います!」

「私もそう思います!」

 玖珂が話しているところを見たいファンの少女たちが毬谷に抗議する。

「えっ!?」

 鴻鵠館の図書室利用時間はテスト期間以外は原則17時まで。今時刻は17時を少し回ったあたりだ。

「そ、そうね。もうこんな時間ね。先生締め作業しなきゃ。みんなも早く帰りなさいね~」


 ともあれ、会話は解禁された。

「目、お悪かったでしたっけ?」

 自身の目を指しながら玖珂に問うと、玖珂はさわやかに笑いながら眼鏡をクイっと上げる。

「全然?頭よさそうに見えるでしょ?僕くらいのイケメンが頭よかったら最高じゃない?あはは」

「……逆にバカっぽい理由ね」


「あ、あの……」

 玖珂のファンと思しき少女が勇気を出し声を掛けてくる。

「お二人はお知り合いなのですか?」

「お知り合い……」

 玖珂とまほらは顔を見合わせて、一拍の沈黙。

「そうね」

「冷たっ。初等部からの付き合いだろ?幼馴染みたいなものだよね。家も仲いいし」

「……幼馴染!」

 胸躍るワードにファンからは歓声が上がる。あまりに家柄が違いすぎて自分たちがどうなろうという気持ちはこれっぽっちもない。アイドルや芸能人の追っかけをしている感覚に近いのだろう。

「それに、まほは僕の兄――」

「三月」

 玖珂の言葉を若干怒りを孕んだまほらの声が遮る。

「口が軽いのは嫌いよ」

「ごめん。気を付ける」

 冗談でもなんでもない本気の忠告だ。曰く久しぶりの再会の空気が悪くなったので、玖珂は話を変えて空気の転換を図る。

「あっ、そうだ!図書室には貸出?返却?急げばまだ間に合うから早くね」

「ううん。人を待たせてるの」


 そう言ってキョロキョロと図書室を見渡し、少し離れた場所にいる凪原を見つけると不服そうに眉を寄せる。

「私を待たせるなんて随分と偉くなったものね」

「……そもそも俺が待ってたんですが」

「つべこべうるさい。帰るわよ。それじゃ、三月。お仕事頑張って」

「どーも。またね~」


 玖珂は軽薄そうに笑いながらヒラヒラと手を振りまほらを見送る。

「ふーん、彼が『凪原くん』か」

 

 ――帰り道。

「知り合い?あのイケメンさん」

 玖珂家の事も、和泉家の事も、その関係性もウィキペディアを見れば一目でわかる。両家はそういうレベルの家柄だから。ただ、現時点で高校生であるまほらや三月の事、そしてその幼少時代の事は外部生の凪原に知るすべはない。


 まほらはチラリと凪原を見る。

「あら、あなたの事だからさっきのやり取り聞こえていたんじゃないの?」

「知らねーよ。なんかしゃべってんなとは思ったけどさ」

 それを聞いてまほらは内心胸を撫でおろす。

「そう。互いに親が政治家だし、年も同じだから昔から知ってるっていうだけ。ただそれだけよ」


 その言葉には嘘はない。まだ聞かれたくなかったのは玖珂の言葉の続き。言葉はきっとこう続く。


 ――まほは僕の兄の……、婚約者だから。

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