会長のお仕事(裏)
――都内某所、撮影スタジオ。
「はーい、オッケーでーす。お疲れさまでしたァ!」
ファッション雑誌の表紙及び巻頭グラビア撮影を終えた玖珂三月はふぅと一度短く息を付くと、渡されたタオルで汗をぬぐい飲み物に口をつける。一般家庭の照明と同様に、スタジオのスポットライトにもLED化の流れが進んでいるが、すべての現場がそうなわけではない。ハロゲンライトに照らされる被写体付近は想像以上に熱を帯びる。
「お疲れ様、三月くん」
女性マネージャーの沢入が空になったペットボトルを受け取り、代わりの一本を手渡す。
「ありがと、沢入さん」
だいぶ喉が渇いていた様子で、渡された一本もすぐに開けて喉を潤す。季節は二月初旬、街はクリスマスを忘れ、バレンタインの喧騒が包む。
「テレビの仕事来てるけど、本当にやらないの?」
玖珂は首を傾げて宙を眺めつつ、左手の指を折りつつ何かを数える。
「ん~、まだかなぁ」
雑誌の表紙になれば完売になる事もあるほどの女性人気を持つ人気モデル『三月』。涼しげでありながら人懐っこい笑顔と、確かな知性を感じさせる軽妙な会話。テレビに進出しても確実に人気を得るだろうと沢入は算段を立てているが、玖珂がどうにも首を縦に振らない。
「まだ、って事はやる気はあるの?」
現役閣僚の子息だという事は所属事務所の社長と、担当マネージャーの沢入だけが知っている。
「えぇ、まぁ。なんだかんだ言ってもやっぱりテレビの影響は大きいでしょ」
人懐っこそうな笑顔で答えると、また飲み終えた空のボトルを沢入に手渡す。
「そうだなぁ。……春過ぎあたり、かな」
その返事を聞いて沢入の表情がぱあっと明るくなる。今までテレビに難色を示し続けていた玖珂が、初めて時期を明言したのだ。――これから忙しくなる。彼女は内心ガッツポーズをした。
玖珂自身が親の力に頼らずに得たカード。それを切るタイミングを、彼は慎重に探っている。
「あ~、三月じゃ~ん。今日撮影なん~?上がり?メシ行こ、メシ~」
声を掛けてきたのは、隣のスタジオで撮影をしていたグラビアアイドル・穂乃果。公称22歳。細身ながら確かな曲線を描くそのボディで人気上昇中だ。
「穂乃果さん、お疲れ。行こ行こ」
今日の仕事はもう終わり。気軽に答えて玖珂は穂乃果と二人で出口に向かう。
「ちょっと、三月くん!?……気を付けてね、本当。スキャンダルとか」
本音を言えば引き止めたい沢入であったが、仕事終えてプライベートの時間に口を挟めるほど事務所の力も強くない。頭のいい子であることはわかっているが、彼も男子高校生。目の前の誘惑にあらがえるのかは疑問だ、――と沢入は心配している。売り出し中の今恋愛スキャンダルなどは起こしてほしくない。会社の都合ではあるが。
玖珂は振り返ると、ひらひらと手を振る。
「大丈夫。そんなに馬鹿じゃないよ、――僕はね」
玖珂は思わせぶりにつぶやくと、チラリと穂乃果を見る。
「あれ?私に言ってる?バカって何よ、三月~」
穂乃果は玖珂に白い眼を向けるが、玖珂にとってはどこ吹く風。
「ていうか、witterで見たんだけど、三月生徒会長なの?ヤバくない?」
「まぁね。すごいでしょ」
そんなやり取りをしながら二人は通用口へと消えていく。彼の計画は、少しずつ進む――。




