副会長は研修中
――風紀週間。主に休みの前やイベントの前に行われる風紀委員の委員会業務であり、朝校門の前に立ち、校則遵守の啓蒙活動を行う。
「おはようございます、風紀週間にご協力下さい」
「風紀週間!ご協力下さいっす!」
朝、凪原司がのんびり登校すると、聞き慣れた声が聞きられない言葉を発していたので、思わず足を止めて二度見する。声の主は生徒会副会長・久留里緋色だ。
「あっ、センパイ!おはよっす」
久留里は散歩待ちの子犬のように凪原に駆け寄ってくる。
「あ、おはよ。転職したの?リコールくらったとか?」
久留里はケラケラと楽しそうに笑って、凪原の肩をバシバシと叩く。背が低めの久留里は少し見上げるように肩を叩く。
「あはは!何言ってんですか、そんなはずないじゃないですか!」
一瞬、すんと真顔になり凪原を見上げる。
「ないですよね?」
「ないんじゃない?知らんけど。で、何やってんの?」
久留里はふふんと得意げに、右腕につけた研修中の腕章を凪原に見せつける。
「見ての通り研修っす!書類の上だけでは実際の業務は見えませんからね、これから時間を掛けて全部の委員会を見て回ろうと思う所存っす!」
久留里の意気込みに先輩の風紀委員女子はパチパチと拍手で応える。
思い返せば和泉まほらも業務監査と称して美化委員の活動を見に来ていたな、と凪原は思い出す。
「そういえばまほらも業務監査とか言って美化委員来てたな。それと同じ感じか」
「業務監査?そんなのないっすよ」
「え?」
一瞬沈黙。だが、二人が会話をしている間も、他の風紀委員たちは呼びかけを続けている。
「ま、まぁいいか。頑張ってくれ、俺はもう行く」
「はいっす!センパイ、いってらっしゃーい!」
久留里は小さい身体で両手を大きく振り、凪原を見送る。当然登校中の生徒たちの注目は凪原に集まる。
「……やめてくれ」
――昼休み。
急ぎ足を超え、廊下を明白に走る久留里。窓越しにその姿を見つけた凪原と黄泉辻渚は、まるで動物の観察をするようにその姿を追う。
1年の校舎のある3Fから階段を駆け下り、中庭へ。ほかの生徒と合流したかと思うと、再び腕章をつけて、ホースを持ち、花壇に水やりを始める。
「緋色ちゃん園芸委員に入ったの?」
「いや、研修中らしい。全部の委員会回るんだと」
窓から久留里が仕事をしているのを眺めつつ、総菜パンの袋を開ける凪原。黄泉辻もいつもの乳酸飲料のストローを口にする。
「すごっ。じゃあ美化委員にも来てくれるかな」
「来るんじゃねぇの?」
水やりを終えた緋色は、園芸委員からなにやら指導を受けていて、熱心にメモを取る。季節は一月下旬。ほかの生徒は当然ブレザーを着用しているが、久留里はカーディガンを腕まくりしている。半袖の時以外彼女は大体腕まくりをしている。式典以外でブレザーを着ることはほぼない。
「緋色ちゃーん」
黄泉辻が四階から聞こえるくらいの大きな声で久留里を呼ぶと、見上げた久留里は黄泉辻と凪原の姿を見つけ、飛び上がり両手を広げる。
「あっ、渚センパーイ!うちにもジュース下さいっす!」
「いいよー」
黄泉辻は軽く答えてから、不安になり隣の凪原を見る。凪原は手を横に振る。ここは四階。ジュースは開封済みのパックジュース。答えは一つ。
「いや、無理無理」
「凪くんが無理だってー!」
「センパイひどいっす!」
「……俺悪い?」
――放課後。
「ここは避難時の主動線になるから、物品放置は日常的に注意しなくてはダメだ。他にも防火扉や防火シャッターがあり、そのスイッチは――」
「はいっ、……勉強になるっす」
防災委員の校内点検に帯同する久留里は、歩きながらメモを取る。
「メモばっかり見てるが、ちゃんと話は聞いてるのか?」
三年の防災委員長からの指摘に緋色はメモをしまう。
「……聞いてます。すいませんっ」
大柄な防災委員長は、やや早口で、早足に、校内を回り久留里に防災設備の名称や意義を指導していく。
「……なんかあいつ意地悪くね?」
自在ぼうきの柄に顎を載せながら、様子を遠目に眺めて凪原は隣の黄泉辻に呟く。美化委員の清掃活動中ではあるのだが、彼らの持ち場はここではない。
「大丈夫。様子見よ」
黄泉辻はニコニコと微笑み、ポンポンと凪原の腕を叩く。
そのあとも二人は気が付かれないように久留里の後を追う。
「こら、凪原。ちゃんと仕事してるのか。君の持ち場はここじゃないだろ」
「……板垣、シッ!」
「だ、大丈夫、板垣くん!あとであたしが責任持ってやらせるから!」
「……黄泉辻さんがそう言うなら、まぁ」
途中同級生の美化委員・板垣に見咎められながらも、観測は止めない。
それから1時間ほど、防災委員長による校内ツアーは続いた。
「では、最後に質問だ。建築基準法における、校内通路の最低幅員は?」
物陰から見守る凪原と黄泉辻。黄泉辻はチラリと凪原を見る。
「ふくいん?」
「幅。何メートルかって。意地の悪い言い方すんな、あいつ」
凪原は不満げな視線で二人のやり取りを見守る。久留里は眉を寄せて真剣な表情で独り言のように口を動かし、指折り数える。
「……両側に教室がある場合は、2.3メートル。それ以外は、1.8……」
防災委員長は腕を組み、久留里を見据える。
「もっと自信を持って」
「それ以外は1.8メートルです!」
「正解。学校はほかの施設より基準が厳しいんだ。それだけ危険があり、安全性を担保する必要があるということだな。だから、普段からしっかりとみていなければならないんだ。色々厳しいことを言って申し訳なかった。以上、研修を終える。お疲れ様」
久留里は深々と頭を下げる。
「ありがとうございましたっ!」
今日予定していた研修業務を終え、久留里はふぅと一息安堵の息をはく。
「おっと、安心するのはまだ早いぜ。まだ終わってねぇぞ。副会長様よぉ」
「どこのチンピラ?」
声をかけたのは自在ほうきを手に持つ凪原と、塵取りを持つ黄泉辻。二人を見て久留里の表情はパッと明るくなる。
「センパイ!えへへ、どうしたんすか、こんなところで」
「誰かさんのせいで居残りで掃除する事になっちまったんだよ」
黄泉辻は含みありげにニヨニヨと凪原の表情をのぞきみる。
「だねぇ。誰のせいだろうね」
久留里は凪原の自在ほうきを奪い取る。
「あっ、じゃあ!せっかくだからうち手伝いますよ!美化委員も研修に行くつもりでしたし!」
「あ、そう?悪いね。なんか催促したみたいで」
「凪くん?」
結局、黄泉辻が追加でほうきを持ってきて、三人で掃除をする。元々予定されていたのは南棟2階廊下の清掃だ。
「玖珂からなんか言われたのか?」
掃除をしながら凪原が問うと、久留里は眉を寄せて首をかしげる。
「いえ、何も。何でです?」
久留里の答えを聞いて凪原も首を傾げる。当然手のほうきは止まる。
「じゃないなら、なんで研修とかやってんのかなって」
「や、うち何も知りませんし。知らなくて足りないのに何もしないのって、普通に怠慢じゃないっすか?」
久留里はさも当然とばかりにそう答えると、ほうきを持ったまま力強く両手でガッツポーズ。
「うちはまほらセンパイみたいなしっかりものの副会長になるんすから。まだまだ勉強っすよ」
「お前は真面目だな」
凪原はあきれた様にふっと笑うと、すぐに眉を寄せて、憐憫の眼差しを久留里に向ける。
「……なのになんでバカなんだ?」
「ひどいっす!」
「凪くん、それはひどい!」
二人からの一斉放火に凪原は苦笑いを浮かべる。
「だって、そうだろ。そんなに真面目ならなんであんな成績なんだよ。怠慢だろ?」
黄泉辻は凪原に白い目を向けつつ、久留里の手を引き距離をとる。
「緋色ちゃん、帰ろっか。あとは凪くんがやってくれるみたい。なんか食べて帰ろ」
「はいっ!」
「あ、すいません。黄泉辻さん。失言っす。いやぁ、今日もお美しい」
「行こ行こ」
凪原は愛想笑いを浮かべつつ黄泉辻の機嫌を取り後を追う。
久留里副会長の各委員会研修、現在四つ修了――。




