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初詣

「まほらさん、年始は忙し?」

 年は明け、正月二日。黄泉辻渚は和泉まほらとメッセージアプリRhine(ライン)でビデオ通話を行っている。

「そうね。松の内はちょっと無理そう」

「幕の内?お弁当の話?」

 黄泉辻はベッドに寝転がり、足を壁に伸ばしながら聞き返し、まほらはクスリと笑う。

「7日位までは忙しそう、って言ったの。だから、初詣は先に行っていいわよ」

 黄泉辻はしょんぼりしながら「そっかぁ」と、つぶやく。

「言っておくけど、だから行かないって言うのはやめてね。あなた達はちゃんと初詣に行く、その後私ともまた行く。ほら、みんなお得でしょ?」

 指を1本、2本と立ててメリットを提示して、得意げにふふんと鼻を鳴らす。

「……うん、わかった!」


 ――翌日、一月三日。

「凪くん、あけましておめでと。初詣行こっ」

 黄泉辻はアポも無く、直接サプライズで凪原司の家を訪れる。服装は――当然着物。焦茶色に花の柄があしらわれた落ち着いた意匠の着物を身に纏い、髪型もいつもの二つ結いと違って、編み込みを加え、和風の髪飾りで留めている。

「お、おう。あけおめ」

 急な黄泉辻の訪問に驚きつつ、彼女の和装を興味深げに眺める凪原。

 黄泉辻は照れ笑いをしながら、袖をつまみ両手を広げておどけて見せる。

「似合う?それとも巫女服の方がよかった?」

「そのままバイトでもすんの?」

「しないよ!?」

 声を上げる黄泉辻を見て凪原はケラケラと笑う。

「そりゃそうだ。黄泉辻は何でも似合ってすげーよな。それって自分で着れるもんなの?」

 黄泉辻は得意げに胸を張る。

「ふふん、着付け教室通ってマスターしたんだよ」

「ほほー、そりゃすげぇ」


 そんなやり取りをしていると、祖父典善が玄関先に顔を出す。

「おーう、渚ちゃん。あけましておめでとう。今年もかわいいのぅ」

「えへへ、ありがとうございます」

「そうじゃ、お年玉をやらんとな」

 典善はそう言って黄泉辻にポチ袋を手渡す。

「わっ、いいんですか!?ありがとうございます!」

 真冬に咲いた向日葵の様な笑顔で、黄泉辻はペコリと可愛らしく頭を下げる。典善はそれを見てデレデレと目尻を下げる。

「こんな孫が欲しかったのう」

「……実の孫の横でそれ言う?つーか、いくらあげたの?」

「言うか、バカタレがぁ」

 凪原は呆れ顔で典善に耳打ちをする。

「じいちゃんよぉ、俺は親切で言ってんのよ?言っとくけど、相手はティッシュ代わりに千円札使う様な人種だぞ?恥をかかさない様にとの孫心なのに」

「なんと、千円で鼻を!?」

「かまないよ!?なに言ってんの!?」

 典善は額を拭い、ふーっと安堵の息を吐く。

「ふぅ、ビビったわい」


 余談ではあるが、ここ凪野神社入り口にあるお馴染みの長い石階段には手すりが付いた。

 まほらがしばしば来ることもあり、暗くて急だと危ないので、年越し前に手すりと灯りが増設されたのである。

 そうでなければ着物で登るのは少し難しかっただろう。


 黄泉辻が居間で典善とお茶を飲んで世間話をしているうちに、凪原は身支度を整える。

 そして、準備完了。二人は初詣に向かう為、凪原家を出る。

「よし、じゃあ出発〜!一番近い神社どこかな?」

 スマホで調べようとする黄泉辻。凪原は冷ややかな視線を送りつつ、すぐ横の本殿を指差す。

「そこかな」

 ――初詣、早くも目的完遂。

「うあぁっ!?ごめん、凪くん!当たり前過ぎてスルーしちゃった!だよね、そうだよね!?まずここで初詣しなきゃね!」

 慌てながら身振り手振りでフォローを入れる黄泉辻。

「賽銭、奮発してくれよな。そのままウチの食費になるんだから」

 凪原はヘラヘラと笑いながら軽口をたたくと、黄泉辻は真面目な顔でこくりと頷く。

「わっ、……わかった」

「冗談だよ」

 いざ賽銭箱の前につく。普段であればご縁にかけた五円を入れる凪原だが、今日は初詣。少し奮発して百円玉を投入。

 黄泉辻が中々賽銭を入れないので、チラリと横を見ると財布を片手に一万円札を取り出しながら、何やら葛藤した表情で固まっている。

「おぉい!?一万円はさすがにねーだろ!?」

 新年早々思わずでかい声を出してしまう凪原。黄泉辻は声にビクッと身じろぐと、財布と一万円を手にあわあわと弁明を始める。

「違うの!まほらさんの分もって思って考えてただけだからね!大丈夫、分かってるから!えへへ、少なかったよね。さすがにないよね」

 そう言って恥ずかしそうに財布から一万円札をもう四枚取り出す。

「待て、止まれ止まれ止まれ」

「あっ、……割り切れない方がいいんだっけ?」

「それは結婚式だろ。100円でいいから。とにかく金をしまえ」

 黄泉辻は眉を寄せて、五万円を片手に心配そうな顔で凪原を見る。

「あたしは凪くんに美味しいご飯をたくさん食べて貰いたいの……!」

「食べてる。もう食べてるから。心配すんな」

 凪原は大きくため息をついてから、自身の財布から百円玉を二枚取り出し、黄泉辻に渡す。

「ほれ、まほらの分もだろ?それでいいから」

「う、……うん!ありがと」

 そして、チャリンとお金を賽銭箱に入れ、二礼二拍手。

 手を合わせたまま、二人とも目を閉じ、しばしの無言。石階段上の神社。街の喧騒から離れた場所は、正月の空気感と相まって、静謐さを感じさせる。

 風が木々を揺らし、葉の擦れる音がさざなみのように辺りを包み、消える。


「今年も、三人にとっていい年でありますように」

 黄泉辻はそう呟くと、チラリと隣の凪原を見る。凪原も片目を開けて黄泉辻を見る。

 黄泉辻はにひっと笑い、「叶うかな?」と問いかける。

 凪原は再び目を閉じて答える。

「叶うんじゃね?知らんけど」

 ぶっきらぼうにそう答え、黄泉辻も満足げに口元を弛める。

 最後に一礼。これで二礼二拍手一礼。

「凪くんは何お願いしたの?」

 石階段に向かいながら黄泉辻は凪原に問う。聞いてみたものの、彼が正直に答えるとは思いづらい。

「……ん〜、まぁ。言いづらいんだけど、大体おんなじ、かな」

 ポケットに手を入れながら言葉を濁しつつ凪原は答える。予想外に素直な答えに黄泉辻は驚き凪原を見て顔を緩める。

「んふふふ〜、叶うよ、きっと」

 凪原は少し口元を上げて、言葉を続ける。

「宝くじ、……当たりますように、って」

「全っ然違うじゃん!何雰囲気出して溜めてんの!?」

 凪原はそのままの表情と雰囲気でまた口を開く。

「叶うかな?」

「知らないよ、そんなの!そもそも買ってんの!?」


 静謐な雰囲気は元気な合いの手に破られる。でも、きっと神様は怒ってはいないはず――。

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