12月29日、君に誓って
――クリスマスパーティーから、五日後。12月29日。
この日は和泉まほらの誕生日である。
まほらは両親に伴われ、都内某所にある邸宅に赴く。純和風な造りの和泉家とは対照的な、近代的な邸宅。ここは、玖珂家の東京別宅だ。
元々玖珂家の本宅は山口県にある。明治の昔から最も多く総理大臣を輩出している土地であり、玖珂家自体も維新の功労者の血筋を引く名家だ。
話は戻り、場所は東京別宅。まほらは、薄い桜色の着物に身を包み、両親と共に玖珂家を訪れた。
今日はまほらの17歳の誕生日。玖珂家の次男、玖珂遥次郎との結婚を1年後に控え、両家で顔を合わせ、結納が行われる。
玖珂家は三男一女、末っ子が三月。玖珂家六人と和泉家三人がレストランの様なダイニングで顔を合わせる。席の真ん中にまほらと、向かいに遥次郎が座る。その両脇には互いの両親。一番端には玖珂家末子の玖珂三月が座る。
父・玖珂俊一郎が朗らかに話し、プライム上場企業社長へと嫁いだ長女菜摘が笑顔で相槌を打つ。
なにやらまほらに話しかけ、まほらは笑顔でこれに答え、口元を手で隠し上品に笑う。心を守る様に何重にも隠して胸の奥に沈め、自動運転の様に反射だけのやり取り。
長い年月で培ってきた、完璧な仮面。
長男・玖珂鋼太郎は参議院議員。次男の遥次郎よりも細身で眼鏡をかけていて、やや神経質そうな印象を受ける。この場の主役は遥次郎。現在27歳。一年後の今日、10歳歳下の妻を娶る彼は、いつも通り快活な笑顔で、軽妙で洒脱な会話で、秋水と真尋を笑わせた。
「お義父さん、お義母さん」と呼び、「まだ早いか」と人懐っこい笑顔を見せて、また二人を笑わせた。
三月は涼しげな笑みを浮かべたままで、時折頷いたり、相槌を打つ。学校での強烈な存在感は影をひそめ、まるで背景の様に自然にそこに存在している。
途中、まほらは中座して手洗いへと向かう。鏡の前で自身の完璧な仮面を再確認し、右頬に触れる。傷は、鏡越しに見てもその存在は分からない。
「結納、おめでとう」
女性用手洗いにもかかわらず、背後から聞こえてくる男の声。鏡に映らない角度ではあるが、声の主はわかる。
玖珂三月だ。
「ありがと」
小さくため息をつき、鏡越しに玖珂の姿を探す。
「そろそろ義姉さん、って呼んだ方がいいかな?」
振り返って玖珂の姿を認めると、あきれ顔で口に手を当てる。
「やめて、吐きそう」
薄い桜色の着物に身を包み、洗面台に寄りかかり、腕を組むまほら。
「学校と違って随分とおとなしいのね。猫かぶっちゃって」
フォーマルなスーツを纏い、髪を束ねた三月も腕を組んでククっと笑う。
「君に言われたくはないねぇ。で、……どうするの?」
玖珂はまほらの心の奥を見透かすようにジッとその瞳を見つめて、言葉を続ける。
「これから一生続けるつもり?それを」
一年後、遥次郎と結婚すれば、まほらは一生仮面をつけて暮らす事になるだろう。凪原との恋愛未満の下僕契約も終わりを告げる。勿論、そんな事はまほらも百も承知だ。
「そうなるわね。でも――」
言葉を止めてまほらは想いを馳せる。凪原との出会い、事故、高等部で凪原と同じ学校になり、二年になり初めてできた友人。まるで夢の中にいたように幸せだったこの一年。
そして、結婚した後の未来。それでも三人で楽しく笑っている未来。例えば、帰宅部の部室でテーブルを囲むように、柔らかな風が吹く、陽だまりが照らすテラスのテーブルに座りお茶を楽しむまほらたち三人。
まほらはそんな未来を想像して、幸せそうに微笑む。
「考えがあるの。だから、結婚しても私はきっと幸せでいられる」
玖珂はその表情の中にある種の悲壮感を感じ取る。洞察力に優れる彼も、当たり前の事ながら人の心が読める訳ではない。――だが、それはまほらに対しては別。似た者同士でもある彼らは、互いに対する思考トレースの精度は他者のそれとは比較にならない。
「奇遇だね、実は僕にも考えがあるんだ。……で、それはきっと君の『考え』の妨げにはならない」
「あら、そう。きっとろくでもない考えなんでしょうね」
「ろくでもない、ねぇ……。確かにそうかもね、僕は――」
玖珂はチラリと手洗いの出口に目をやり、人目を気にする。――まだ、誰にも聞かれる訳にはいかない。まほら以外の誰にも。
そして、片手をポケットに入れたまま、右手を広げ宣言する。決して悪ふざけなどではない。投下する。真剣な顔で、露見すれば己の立場すら危うくする最大級の爆弾を。
「僕は兄を失脚させる。そして、代わりに僕が君の婚約者になる」
その言葉はさすがにまほらの想像を超えていた様子で、まほらは腕を組んだまま目を丸くして、無意識に口がぽかんと開く。その表情を見て、玖珂は満足げにクスリを笑う。
「僕の夢の為には地盤が必要だからね。悪いけど、利用させてもらうよ。あ、でも安心して。僕は君のこと不幸にするつもりはないから。神に誓って」
いつものような軽い調子で玖珂は笑い、その顔を見てまほらもあきれ顔でため息をつく。
「あなた神様なんて信じていないんでしょう?そんな誓い意味ないじゃない」
「あはは、そっか。じゃあ、そうだなぁ――」
玖珂は優しい顔でまほらに手を伸ばす。
「君に誓って」
まるで物語の王子の様な、まさしく彼にしか許されないような歯の浮くセリフ。まほらはクスリと笑う。
「ばかね」
まほらの微笑みに呼応する様に玖珂も口角を上げる。
「あぁ、そうだ。そう言えばまだ言ってなかったね」
わざとらしく、今思い出しました、とばかりに前置きをして玖珂はまほらを見る。
「誕生日、おめでとう」
それは、今日この場所で初めて言われた言葉。
まほらは柄にも無く、少し嬉しそうに答える。
「ありがと」
今日はまほらの誕生日。――結婚まで、あと一年。




