聖なる夜と勝者の証
――5人の勝負、まずは久留里緋色が一抜けた。
勝利の愉悦に浸ったのもつかの間、あとは場を眺めるだけの疎外感と退屈が彼女を覆う。
「センパイ早く上がって~。うちと遊ぼうよ~」
久留里は黄泉辻渚に懐いている様子で、座る黄泉辻の背中におぶさるようにして戦況を見守る。
「緋色ちゃん重い~」
「……うち重い女すか?」
黄泉辻はジッと疑いの目で凪原を見る。
「ほい、黄泉辻。パス」
そう言って凪原司は残る2枚のカードの内一枚を上に上げる。和泉まほらや玖珂三月と違い、場に出たカードのカウンティングや、カードの出入りを記憶する事は出来ないが、3を望んだ黄泉辻がまだ3を捨てていないと言う事は答えは一つ。
凪原を信じた黄泉辻はそのカードを勢いよく引く――、3!。
「上がり~!凪くんありがと~」
黄泉辻は喜びの声を上げて久留里とハイタッチをする。
凪原は目先の順位よりも場に残る事を選んだ。上がってしまってはまほらのサポートをする事が出来ない。それは決してズルではない。それが彼の戦いだ。
残り枚数は、凪原1枚――♦8、まほら2枚――♥Qとジョーカー、残る玖珂は♧8と♠Qだ。
凪原の手番。ポーカーフェイスを決め込んだまほらは二枚を両手で持ち、均等に開く。緊迫感を帯びるリビング。
凪原はじっとまほらの目をじっと見つつ、左のカードに手を伸ばす。まほらは視線も動かさず、表情にはわずかなブレもない。右も同様。黄泉辻や久留里の時のような会話は存在しない。なぜならこれは真剣勝負だから。余計な茶々を入れれば勝利自体が茶番と化す。アシストするなら全力で、だ。
――まほらの反応が嘘でなければ、ジョーカーはまほらが持っている。
(玖珂を負けさせるなら、ジョーカーを引かせないといけないよな。まほらがジョーカーを持っている以上、形勢は不利だ。ここで俺がジョーカーを引く!)
右。引こうとすると、まほらが強くカードをつまんでいて驚くほどピクリとも動かない。
「おい」
まほら無表情を決め込んで完全に無視。
負けず嫌いのまほら。となれば、これはジョーカーではないカード――!そう判断した凪原はとっさに左に切り替えて、シュパッと鮮やかにまほらの手の内からカードを奪い取る。
それは死神。ジョーカーだ。
「うげぇ」
――勝たせるはずが、負けた。結果は同じかもしれないが、この違いは大きい。
うめき声に似た凪原の声がリビングに漏れると同時に、まほらの唇はゆっくりと美しい弧を描く。正にしてやったりと言った様子で、残り1枚になったカードを大事に身体に寄せ、喜色満面喜びを隠しきれていない得意げな顔を凪原に向ける。
「ふふっ、引っ掛かったわね。凪原くん」
そして、まほらは玖珂と向き合う。まほらは♥のQ、玖珂は♧8と♠Q。二分の一でまほらの勝ち。だが、まほらはこの局面を運否天賦で乗り切る女ではない。――本来は。
――瞬間。場の空気が緊迫を帯びるよりも早く、まほらは間を置かず、玖珂のカードを一枚抜き取る。
そして、そのカードを見ると、まるで普通の少女の様に屈託なく笑った。
「やったぁ、私の勝ちね。三月」
そのカードは♠のQ。
玖珂はまほらに見惚れてしまい、何も言えず、凪原もまたその横顔に見とれてしまう。
讃美歌が微かに流れる中で、数秒して我に返った玖珂の口がようやく動く。
「どうしてそっちを?」
癖も視線も挙動も、推理できる要素は何もなかったはず。
それを聞くとまほらはむふーっと得意げな笑みを浮かべて引いたカードを玖珂に見せつける。
「ん?勘よ。二分の一の確率であなたに勝てる、そんなチャンスそうそうあるものじゃ無いもの。……少しだけ、ドキドキしちゃったわ」
まほらからすれば最大級の賛辞と言える。策を弄すれば、会話をすれば、思考を巡らせば術中に嵌る。だから二分の一が一番割のいい賭けという訳だ。
そしてカードは折よくQ。
「オールド・メイドにならなくてよかったわ」
ババ抜きの語源を引用して、まほらは満足げに笑う。
そして、残る一戦は玖珂対凪原。二者択一、ジョーカーを取らせれば凪原の勝ち、♦︎の8を取れば玖珂の勝ちだ。
まほらは黄泉辻達の隣に立ち、優しい笑顔で久留里の頭を撫でながら言い聞かせる。
「久留里さん、よく見なさい?これが本当の消化試合よ」
「……勉強になるっす」
凪原は振り返り、苦々しい顔で苦言を呈する。
「容赦ねぇな、お前」
そして、玖珂は易々と♦︎の8を引き、凪原は絶叫と共に床に突っ伏す――。
最終順位は、一位久留里、二位黄泉辻、三位まほら、四位玖珂、最下位が凪原となった。そうして、死闘は幕を下ろした。
まほらが勝ったら、玖珂は帰る――、と言う約束。
玖珂三月は勝負事に於いて約束を反故にする男では無い。
「それじゃ、皆よいクリスマスを。ババ抜き、楽しかったね」
玖珂は少し寂しそうに笑いながら、帰り支度をして玄関に向かう。
まほらは腕を組んだまま、大きくため息をつく。
「……あ、あなた黄泉辻さんの作ったケーキも食べないで帰るって言うの?それはちょっと礼儀知らずなんじゃ無いかしら?」
予期せぬ言葉に玖珂は驚き目を丸くして振り返る。
黄泉辻も、久留里も、キラキラと輝く瞳でまほらを見ていて、凪原も少しだけ嬉しそうに見えた。
「じゃあ、折角だからお呼ばれしようかな。僕のケーキより美味しいと良いけど」
「ほんと一言多いな、こいつ」
――そして、冷蔵庫から黄泉辻特製の手作りケーキが現れる。美術が得意な彼女らしく、綺麗に形どられたショートケーキに、砂糖菓子で作られた人形や、チョコレートのプレートが乗っている。
「それじゃあ、一位の緋色ちゃんにはサンタさんをつけちゃいまーっす」
切り分けられたケーキにサンタとトナカイの菓子が乗る。
「えへへ、これは嬉しいっすねぇ。勝者の特権っす」
久留里もご満悦でケーキを眺める。
「次はあたし〜。チョコプレートもーらお」
三位はまほら。まほらは自分の番を膝に手を置いてウキウキしながら待っていた。
「まほらさんは?」
まほらは遠慮がちに、照れながら蝋燭を指差す。
「わ、私はこのねじれた棒がかわいいと思うの」
「食べられないよ、それ?」
結局、クリスマスツリーと雪だるまがまほらのケーキを彩る。
「ふふっ、かわいい」
まほらは目線を机に合わせて、いろんな角度からケーキを眺める。
「玖珂くんは〜」
もうデコレーションはない。
「じゃあイチゴ貰おうかな」
「どぞ〜」
そして、最下位。凪原の番。
「もうイチゴもねーんだけど」
「仕方ないわよ、最下位だもの」
「センパイ!ローソクあるっすよ、ほら!敗者の特権っす」
「それは権利とは言わねぇ。勝手に刺すな!」
部屋の灯りを少し落とし、地上270メートル、外は夜の深い青。クリスマスソングが彩る中で、五人はケーキを食べて、笑い合った。