聖なる夜と退屈な勝者
――地上65階、都心を見下ろす黄泉辻家。
「やぁ、みんな。メリークリスマス。サンタだと思った?僕でした」
まるで最初から招かれているとばかりに当たり前の笑顔で玖珂は黄泉辻渚の家を訪れる。
黄泉辻と久留里が口々に玖珂を歓迎するが、まほらはまだ納得できない様子で、腕を組んだまま苦々しい顔で壁にもたれかかっている。
「あ、玖珂センセー。先日のカメラの件はどーも」
凪原が軽く手を上げ防犯カメラの件の礼を告げると、玖珂は面倒くさそうに眉を寄せる。
「別に君の為にやった訳じゃない。あんな出来損ないの写真をばら撒かれるのが気に入らなかっただけだよ」
「出来損ない」
まほらは不満げに言葉を繰り返し、黄泉辻は口元に手をやりクスリと笑う。
「凪くんと同じ事言ってる」
「まぁまぁ、センセー。立ち話もなんですから、中へどうぞ」
凪原が玄関から室内へと促すと、久留里は首を傾げる。
「権利あるすか?」
そして、リビングへ至る廊下。名画に並んで飾られる凪原の絵を見るなり珍しく素で驚く玖珂の姿を見て、まほらと凪原は鬼の首を取ったように笑った。
「それじゃあ改めて、メリークリスマースッ!」
黄泉辻と久留里が笑顔でクラッカーを鳴らす。本来ならまほらも鳴らしたかったところだが、招かれざる客がいるのでそうもいかない。
「黄泉ちゃん、あの絵は魔除けか何かで飾ってるの?老婆心ながら外した方がいいと思うよ」
真面目な顔で心配する玖珂に凪原と黄泉辻はケラケラと笑いながら否定する。
「案外見る目ないすね、玖珂センセーは」
「あるから言ってるんだろ?」
広いリビングではジングルベルや主は来ませりなど、クリスマスの定番曲が主張しすぎない音量でながれ、テーブルにはチキンやお菓子が所狭しと並ぶ。
シャンパンの代わりに、スパークリングのブドウジュースや、リンゴジュースが輝くグラスに注がれて泡が弾けては帰る。
「ケーキはあとで出すけど……」
黄泉辻はバツが悪そうにチラリと玖珂を見る。
「……あたしが作ったやつだから、鴻鵠祭の時のC組のケーキと比べられちゃうと、ちょっとアレかも」
「そんな事ないっす!渚センパイの手作りケーキなら、皆美味しさのあまりほっぺたこぶとり爺さんっすよ!」
「付くのか落ちるのかハッキリしてくれ」
そんなやり取りの中、まほらだけが仏頂面で頬杖を突いている。そんなまほらを横目に見て、玖珂は秘密兵器を取り出す。
「そうだ、トランプ持ってきたんだ。やらない?」
まほらの事は熟知している。彼女は友人と呼べる相手はいなかった。だから、トランプは一人用のものしかやった事はない。その単語にまほらが食いつく。
「トランプ?……大統領じゃない方の?」
「そっち持ってこられても困るだろ」
まほらはいつの間にか頬杖を止め、テーブルに腕を置き、やや身を乗り出し気味に玖珂に問いかける。
「へ、へぇ。それで何をやるつもりなのかしら?神経衰弱?ピラミッド?それともソリティア?」
全部一人でもできるやつじゃん、と全員が思ったが、みんな口には出さず微笑ましく成り行きを見守る。
玖珂は華麗な手つきでカードをシャッフルしながら、にこりと優しげな笑みをまほらに向ける。
「そうだなぁ、ここはやっぱり……ババ抜きなんてどうかな?」
玖珂の提案にまほらの目が宝石の様に輝く。
「ババ抜きっ!」
憧れたその響きについ喜びの声を上げてしまったが、相手が宿敵である事を思い出し、腕を組んでそっぽを向く。
「こ、このご時世にそぐわない女性蔑視な名称ね!老人……いえ、人抜きに改称すべきよ!」
「お気に召したみたいだから始めよーぜ」
凪原が玖珂に促すと、「おっけー」と軽い返事で玖珂はカードを配る。二、三カードを配った所でまほらから『待った』が掛かり、カードは久留里が配る事になる。きっとイカサマを警戒してのことだろう。
「ルール知ってんの?」
カードを手に揃えながら凪原が問うと、まほらはカードを片手に得意げな顔で髪を揺らす。
「ふっ、誰に向かって物を言っているのかしら?ババ抜きとは、もともとは一枚減らしたQが残ったら負けだったのよ。それが転じて売れ残りの独身女性を意味する【オールド・メイド】の名前で日本に伝わり、その際にクイーンをババと――」
「あ、由来はいいんだわ」
そんなやり取りをしているうちにカード配りのターンは終わり、各自揃ったカードを場に捨てる。
まほら7枚、凪原5枚、玖珂6枚、久留里6枚、そして黄泉辻――3枚。
「ズルいわ、不公平よ」
最多のまほらは最小の黄泉辻に不満を零す。
「ふっふっふ、勝負とは非情なんだよ、まほらさん」
カードを両手で持って不敵な笑みを浮かべる黄泉辻の手にはジョーカー。
まほらは自制を促すように短く息を吐くと、ジロリと玖珂を見すえる。
「三月、勝負よ。私が勝ったら……、あなたはすぐに帰りなさい」
「どうして争いは無くならないんすか?」
玖珂はいつもの涼しげな笑みで言葉を返す。
「いいけど、僕が勝ってもまほに帰られたら困るなぁ」
「教えてあげる。そう言うのを要らぬ心配って言うのよ」
二人は静かに火花を散らして、バトル開始――。
引く順番は時計回りに黄泉辻が凪原から引き、順にまほら、久留里、玖珂、そして黄泉辻だ。
「ふふん、すぐ上がっちゃうよ」
手札三枚の黄泉辻は、颯爽と凪原のカードを引く。
「だめかぁ~」
揃わず。瞬間、凪原が口を開く。
「黄泉辻、お前ジョーカー持ってんな?」
「えぇっ!?なななにを根拠にそんなっ」
黄泉辻の得意げな顔は一瞬で崩れてあわあわと慌てふためく。
「根拠?性格的にもう少し恐る恐る引くかなって思ったんだけど、随分余裕に引いただろ。理由は一つ、ジョーカーを自分が持っているから」
「ぐぅう」」
口惜しさを押し殺した声を漏らす黄泉辻。久留里は感心した様子でパチパチと手を叩き満面の笑顔。
「センパイすごいっす。こっち側の人かと思ってました!」
「どっち側?」
何周か後、黄泉辻は眉を寄せて悲壮な顔で呟く。
「もうこの場所やだよぅ」
玖珂と凪原に囲まれて、初期の三枚から一枚もカードが減らせない。当然ジョーカーも手元に残ったままだ。
他の四人は順当にカードを減らしていく。
「会長!うちババ欲しいっす」
玖珂からカードを引きながら笑顔で久留里はおねだりをする。
「ずっと黄泉ちゃんが持っててもかわいそうだし、そろそろ引いてあげようか」
そう言って、玖珂は黄泉辻の三枚の中からピッと一枚を引く。それは的確にジョーカーだ。
黄泉辻の安堵は目に見える程で、この場の誰もがジョーカーの移動を知る。
「凪くん!3!3だよ!」
今までのうっ憤を晴らすかのように、露骨にアシストを希望。黄泉辻のカードは残り2枚。
「へいへい、3っすね」
凪原のカードは残り2枚。そのうち1枚を高く上げる。
「ありがとう、凪くん!……って5じゃん!」
「だってもってねーもん」
凪原残り3枚。
二周後、まほらは戦慄を覚える。
「……なっ」
ポーカフェイスと言えば自身の専売特許を自負するまほらが久留里から引いたカードはなんと、ジョーカー。
続けて久留里が玖珂から引く。揃ったカードはぱさっと場に捨てられる。
「やった~、うちの勝ちっす!」
「おめでと、緋色ちゃん」
まるで想定内とばかりに涼しい顔で久留里を称賛する玖珂。まほらと同様に抜群の記憶力を誇る彼は、他者の手札の出し入れを全て見て記憶している。場に捨てられたカードもだ。ババ抜きの醍醐味は直接引いて引かれる心理戦。まほらとの間に久留里を挟んでいては面白くない、そう考えた彼はまず久留里を上がらせる事を優先した。
「やったっす~、ふふんふん~」
勝利の美酒に酔いながら、四人のババ抜きを眺める久留里は何周かしてある事に気が付く。
「……もしかして、うち終わるまで見てるだけっすか?」
「そうなるな」
「やだやだ!こんなの全然面白くないっすよ!早く終わらして下さいよ、こんな消化試合!」
「ひでぇ言いぐさだな」
久留里は子供の様に駄々をこねるが、これは決して消化試合などではない。
まほらと玖珂の真剣勝負はこれからだ――。




