聖なる夜と望まぬ鐘の音
――二学期を終え、世間の次のイベントはクリスマス。
この日は黄泉辻家で帰宅部、生徒会合同のクリスマスパーティーが行われる。
場所は都内某所、地上270メートルの高さを誇るタワーマンション。その屋上を独占するペントハウス。飾り付けが終わっていないから待ってて、と黄泉辻渚に言われた凪原司と和泉まほらは屋上庭園の散策を行う。
「なぁ、これ単純な疑問なんだけどさ。ここ地震とか起こったらどのくらい揺れんのかな?」
エレベーターホールを出て、外の景色を眺めながら凪原はあきれ顔で隣のまほらに問いかける。
「……最近の高層ビルは免震構造が多いみたいだから、揺れて衝撃を逃がすみたいよ」
「となると、もっと揺れるって事?マジで?」
凪原の家は二階建ての古びた日本家屋、まほらの家も同じく二階建ての日本家屋。高所に住んだ事がないので、いまいちイメージがし辛い。
「でもまぁ――」
凪原は上を見上げる。そこには、何一つ遮る物のない群青の空が広がっていた。十二月も終わりは近く、日暮れは早い。
「サンタさんは来やすそうだよな」
そう言って凪原が子供のような笑みを見せると、まほらはクスリと笑う。
「そうね」
そして、横目で凪原の荷物をチラチラと見ながら不満げに声を上げる。
「いっ、家が神社の凪原くんにも?サンタさんが来るのねぇ!それにしてもアレね!主人にクリスマスプレゼントを渡さない下僕なんてこの世界にいるのかしらねぇ!?」
群青の空の西の端、赤く燃える夕焼けを見るふりをして、チラチラ凪原を見つつプレゼントの催促をするまほら。
「どこの世界に主人にクリスマスプレゼント渡す下僕がいるんだよ」
「あ、そう」
あきれ顔で凪原が答えると、まほらは無表情を装いながらもしゅんとした様に見えた。次の瞬間、まほらの頭にポンと軽い衝撃。きちんと包装されたプレゼント包みだ。
「下僕じゃなくて、サンタさんから」
凪原は少し照れた様子で目をそらし、プレゼントから手を放す。体幹が異常に強く、バランス感覚に長けたまほらはプレゼントを頭に乗せたまま、視線で追ったり、凪原を見たりしながら口を小さく動かしてみるが、言葉が出ない。
「一応誕生日と込みな。……って、サンタさんが言ってたぞ」
まほらの誕生日は12月29日。去年は少しいい万年筆をプレゼントした。
「あ……、りがと」
口を尖らせ、目を逸らしながら、まほらはお礼を口にする。頭にプレゼントを乗せたまま。凪原はにっと笑う。
「どういたしまして」
サンタさんのプレゼントと言う建前は早くもどこかに行ってしまう。
「開けていい?」
庭園の片隅にあるベンチに座り、ようやくプレゼント包みを頭から降ろす。
「バレリーナとかそんな練習してるよな」
雰囲気ぶち壊しの無粋な突込みに視線で苦言を呈しながら、まほらは再度『開けていい?』と問い、凪原は『どうぞ』と答える。
時限爆弾の解体を行うかの様な精密な動きで、一つのシール跡すら残さずまほらは包みを開ける。
中には明るい茶色の革製ブックカバーと、金魚を模した涼しげな栞が入っていた。
「わぁ」
まほらの瞳が子供のように輝く。
「……お前いつも本読んでるからさ。あって困るもんじゃないかなって思って」
素直に喜んでくれた事が嬉しくて、照れくさくて凪原は風に消えそうな声で呟く。
まほらはさっそくバッグから本を一冊取り出すと、ブックカバーを付け、栞を挟んでみる。少し幅広なその栞は透明な素材に真っ赤な金魚が泳いでいる絵柄で、本に挟むと文字の中を金魚が泳ぎ尻尾を揺らすように見える。
「ふふっ、かわいい」
ベンチに座り、嬉しそうに笑うまほらを凪原は横目で見る。お前がな、と言いかけて危なく言葉を飲み込んだ。
「司くん、私栞って使うの初めて。これからたくさん使うからね」
ブックカバーを抱きしめるように手に持ち、まほらは満面の笑顔でそう言った。
休み時間の度にまほらは本を読んでいる(小説などの創作物は基本的に読まない為、読むのは実用書や知識書の類がほとんど)にもかかわらず、彼女は栞を使ったことがないと言った。
「栞使ったことないって、……あぁカバーとかで挟んでるのか」
「ううん、どこまで読んだかなんて普通覚えてるものでしょ?ふふ、司くんたら変なの」
「変なのはおめーだよ」
記憶力には絶対の自信があるまほらには栞は必要なかった。ただし、それは今日までの話。
ほどなくして、庭園の先に見えるペントハウスの扉が開き、黄泉辻が顔を見せる。
「まほらさーん、凪くーん。お待たせ、飾りつけ終わったよー」
サンタも思わず微笑む様な明るく元気な黄泉辻の声が庭園に響く。
「行こ」
――黄泉辻家
「メリークリスマースっ」「メリクリっす!」
玄関を開くと、クラッカーの音とともに黄泉辻と久留里緋色が笑顔で二人を出迎えた。
「メリクリ~。あれ、久留里もう来てたんだ」
凪原の問いに久留里は得意げに胸を張る。
「ふふん。どこの世界にセンパイより遅く来る後輩がいるんすか。早めに来て渚センパイのお手伝いしてたんすよ」
「なんか似たような事言ってるけど、副会長ってそんな引継ぎもすんの?」
久留里を指さしながらまほらにあきれ顔で問うと、指をさされた久留里は憤慨する。
「そんな意地悪言う子にはサンタさん来ないっすよ!」
「緋色ちゃん、あたしは~?」
黄泉辻が笑顔で自分を指さす。
「渚センパイには来ますね、いい子なんで」
「やった」
得意げに頷く久留里に、黄泉辻はパチパチと手を叩く。
「まぁまぁ、センパイ。立ち話も何ですから中にどうぞっす」
「権利あんの?」
――そしてリビング。
「じゃあ、全員揃ったわね?……始めましょう、パーティーを!」
ワクワクを押さえきれない様子でまほらはパーティーの開始を宣言する。まるで聖書でも持つかのように茶色のブックカバーをその手に持って。
まほらの宣言を受けて、久留里は首を傾げる。
「あれ?でもまだ、玖珂会長が来てないですよ」
まほらはにっこりと微笑む。
「三月は来れないみたいよ?残念ね」
「そっすかぁ」
久留里は残念そうに呟く。
そして、待ち望んだパーティーが始まる。例によって黄泉辻の両親は彼女の勧めによるクリスマスデートで不在だ。
無数のバルーンやモールで飾り付けられたリビング。大きなクリスマスツリー。室内を眩く照らすミラーボール。邪魔にならない音量で場を彩るクリスマスソング。
――そして、聖夜の夕暮れに鐘がなる。インターフォンと言うチャイムが。
まさかと言うか、やはりと言うか、チャイムの主は玖珂三月。涼しげな笑みを浮かべて画面の向こうに映る。
「あっ、玖珂くん」
「……そりゃ来るよな、こいつなら」
「会長来れたんですね!」
インターフォンで応答しようとする黄泉辻をまほらは制止する。
「黄泉辻さん、ダメ!話が通じる相手じゃないの、会話をすればたちまち屁理屈で丸め込まれるわ!無視よ、無視!それが唯一にして最善の一手よ!?」
それはまほらの悪手。パーティーを目の前にして勝利を焦った彼女は、黄泉辻相手に使ってはいけない言葉を使ってしまう。
黄泉辻渚は誰も無視なんてしない――。
「やっほー、玖珂くん。よくうちわかったね。どうぞ〜」
黄泉辻は笑顔でインターフォンに出て、玄関の自動ドアを開ける。
「黄泉辻さんっ!?」
黄泉辻はむっと頬を膨らませてまほらを嗜める。
「いじわるはダメっ」
まほらは壁に腕をついて頭を乗せ、己の不明を恥じる。
「……そうよね。黄泉辻さんはそういう子よね。知ってたわ、いい子ですもの」
比べるほどに自身との陰影が際立つ。
これで帰宅部と生徒会が全員揃い、クリスマスパーティーが始まる。




