食堂とオムライス
「まほらさん、凪くん。お昼一緒に食べよっ」
昼休み、お弁当バッグを掲げた黄泉辻渚は笑顔で二人に呼びかける。
「えっ」
和泉まほらは短く答えるとそのまま一度フリーズする。
「悪いな、和泉さんは悪意にすぐ反応するけど、意外と善意にも弱いんだ」
凪原司が一応フォローを入れる。それがまほらには不服だったようで眉を寄せて凪原を睨む。
「勝手な解説するのは止めて。不愉快よ」
「へぇ、すいませんね。で、黄泉辻のお誘いへの答えは?」
「……こっ、断る理由は特に見当たらないわね」
「オッケーだってさ」
「本当?やったっ」
黄泉辻は嬉しそうに小さくガッツポーズ。
「いつも別の友達と食べてるんじゃないの?」
学食へと移動の道すがら、二人の後ろを歩く凪原は黄泉辻に問う。
「うん、でもせっかく友達になったんだから今日はまほらさんと一緒に食べたいなって思って」
「あれ?俺は?」
「もちろん凪くんとも」
「へぇ、それは光栄なことで」
少しして食堂に到着。まほらは学食のオムライスに紅茶、黄泉辻は持参の弁当と毎度おなじみパックの乳酸飲料。凪原は総菜パン一つとウォーターサーバーの水。
「……凪くん、それだけ?」
「凪原くんの食事はいつもそんな感じよ」
「あんた方の家と違って裕福でないもんでね。つーか、お前知ってるくせにお茶とかせびってくんじゃないよ」
「へぇ。初耳ね」
「……漂白剤要らずの白々しさだな」
いただきます、と手を合わせながら視線もやらずに凪原の苦言をまほらは切り捨てる。
「黄泉辻は自分で作ってるんだよな?金持ちなのに偉いよな」
「あはは、何その喜びづらい褒められ方。でも褒めてくれたからおかずちょっとあげよう。はい」
ささみ大葉のチーズはさみ焼きを渡そうとしたが、相手は総菜パンのみの凪原。渡す場所も置く場所もない。
「えーっと、じゃあ、はい。おいしいよ?」
いつも女子にやるように、箸をそのまま凪原の口に運ぶ。さすがの凪原もそのまま口を開くほど無頓着ではない。
「黄泉辻、一応俺男子ね。ほとんどの男子は勘違いするから誰彼構わずは自重した方がいいと思うぞ」
「そっか。じゃあ、はい。自分で食べてね」
そう言って箸と弁当箱を凪原に渡す。ちなみに座っている場所は四人掛けテーブルにまほらと黄泉辻、まほらの正面に凪原が座っている。
(えっ!?今もしかして『あーん』ってやろうとしてた!?こんな公衆の面前で!?正気なの?この子!)
オムライスを口に運ぶ手を止めてまほらの視線は黄泉辻を見る。口は開いたままだ。
「うまいね、これ」
「ふふん、でしょう」
光景を横目で眺めつつ、無表情の奥でまほらは内心顔を引きつらせる。
――まっ、また間接キス!?もしかして私が知らないだけでそういうものなの!?それにこの子もしかして私をダシに凪原くんと一緒に食べたかっただけなんじゃないの!?絶対そうよ、きっとそうよ。おかしいと思ったのよ、私と友達になろうだなんて言うはずないもの。
無表情の仮面が崩れかけ、むっと頬を膨らませてまほらは凪原を睨む。再び総菜パンを食べようとしていた凪原はその視線に気が付く。
「和泉サンも黄泉辻弁当食べたいってさ」
「誰もそんなこと――」
「もちろん!はい、まほらさん。あ~んっ」
「えっ!?そんな……ふしだらな」
「でもないぞ」
少し頬を赤らめて躊躇うが、やがて観念して口を開ける。黄泉辻は嬉しそうにその口におかずを運ぶ。口元を手で隠して何度か咀嚼。ゴクリと飲み込むまでの間凪原と黄泉辻はドキドキと成り行きを見守る。
「どうだった?」
おいしかった?と聞かないのはそれ以外を答えづらくないようにとの黄泉辻の無意識の気遣いだろう。
「おっ……」
二人の望んだ言葉が出てきそうな期待感。胸を躍らせ次の言葉を待つ。
「大人数で箸を共有するのは衛生的にいかがなものかしらね」
口元を手で隠しながらそっぽを向き、まほらは答える。
「おいしかったって」
「やったぁ!」
まほらの回答を凪原が翻訳し、黄泉辻は喜び手を挙げる。
「恣意的な意訳はやめて。生意気よ」
「だったら素直に言えばいいのに」
「黙って」
一連のやり取りでまほらは思案する。
まほら、黄泉辻、凪原で食べ物を交換し合ったこの状況。場の温まったこの状況であれば、自分も同様の行為を行っても不自然ではないのではないか?と。具体的に言えば、凪原に『あーん』がしてみたい、と。
「衛生観念はともかくとして?施しだけ受けて?何のお返しもしないだなんてその方が問題よね」
まほらはオムライスをスプーンですくい、黄泉辻の口元へと運ぶ。
「はい、黄泉辻さん。あーんして」
思いがけぬ行動に黄泉辻は目をキラキラと輝かせる。
「あーんっ」
口にスプーンが運ばれる。まほらは左利き、右手はスプーンの下に添えられている。
「おいしいっ。まほらさんありがとう!」
「ふふ、どういたしまして」
優しい世界。そして、ここからが本番。
「さて、仲間外れもかわいそうよね。凪原くん」
名の呼び方にギクリとする凪原。もう嫌な予感しかしない。
足を組み、オムライスの乗ったスプーンを持った左手を伸ばす。右手は腕を組むように左手を支え、冷たい笑みを向ける。
「お恵みよ」
「さっきとの温度差がすごい」
黄泉辻の時は口まで運んでいたが、まほらは動こうとせず、スプーンだけを突き出している。よって、凪原は自分で食べに行かなければならない。とはいえ、こういうものは恥ずかしがるから恥ずかしいということを凪原はよく知っている。
特に何も言わず身体を前に出し、スプーン上のオムライスを一口でパクリといく。
「……なっ!?」
まほらが固まっているうちに凪原はオムライスを食べ終わる。
「さんきゅー」
「い、一応感想くらいは聞いておこうかしら?」
「あぁ、うま――」
凪原は一瞬考えてニコリと笑う。
「大人数でスプーンを共有するのは衛生的にいかがなものですかね?」
「マネしないで!」
まほらは机をダンと叩き抗議の意をあらわにする。隣では黄泉辻が楽しそうに見守っている。