闇の権能②
――南棟、2階。守衛室。無数の防犯カメラのあるこの部屋は原則生徒の立ち入りは禁止だ。
どこを映しているか知ると言う事は、どこが映っていないかを知る事だから。
「すいませんね、お仕事の邪魔しちゃって」
「いえ、坊ちゃんの頼みとあればお安いご用意です。お茶お淹れしますね」
屈強な警備員は玖珂を『坊ちゃん』と呼び、その客人たる凪原にも丁寧な対応をしてくれた。
映像の確認方法を習い、録画を確認する。一番特定しやすいのはやはり巫女のまほらだ。鴻鵠祭初日、午後3時から一時間。写真の場所ピンポイントには防犯カメラが付いていなかったので、画面の端に見切れるカメラでまほらが来るのを待つ。
当たり前の話だが、映像を一時間見るには一時間掛かる。倍速、四倍速もあるが、見逃してしまっては元も子もない。
――予め黄泉辻に連絡をしてまほらのフォローをお願いする。まほらはきっと『平気よ』と言うだろう。
凪原は画面を見る。何一つ見落とさない様に。もう何一つこぼさない様に。
時間にして僅か40分。ついに凪原は盗み撮りの犯人を見つける。
「……いたっ!」
通り過ぎる巫女装束のまほらの右後ろから、スマホを向ける男子生徒の姿。
「じゃあ、次はコイツを追っかけてクラスを特定すれば――」
「顔認証かければすぐ見つかるよ」
顔認証。顔を登録すればその人物が映ってる箇所を無数のカメラの中から自動検知する優れものだ。
「そんなのあるなら先言ってよ」
――3年E組、中嶌久郎。
黒髪で眼鏡、中肉中背。広報委員所属。伸びた前髪はぎりぎり目を隠すか隠さないかの長さ。クラスで目立たず友達も少ない彼のSNSアカウントはフォロワー5名……だった。僅か三日前までは。一言で言えば『魔が差した』。たまたま撮った巫女まほらの写真を投稿したところ、たちまち鳴り止まぬ通知の嵐。彼の過去最高イイねである7イイねは瞬時に更新され、100を超え、1000を超え、10000を優に超えた。
連なる賞賛のコメントは自らへの賛辞に思え、撮った写真を次々に投稿した。
クラスで軽く扱われても、心の中では『は?俺万バズなんだが?』と思えば腹も立たなくなった。虎の威を借る歪んだ自尊心。
「センパイ、巫女好きなん?」
南棟、4階。3年E組の教室で凪原は中嶌にへらへらと笑顔で問いかけた。
「……はっ、はぁ!?なななんなんだよ、君は急に!」
巫女好きと言う単語を聞いたクラスメイトは口々に中嶌を笑う。
「え?中嶌巫女好きなの?」「ぽいわ〜」「て言うかあの2年誰?」
凪原はバン、と中嶌の机を勢いよく叩き、声を上げる。
「男が巫女好きなのは当たり前だろうが!」
頓狂な主張にクラスは一瞬シンと静まり返り、誰かが小声で「やば」と呟く。
凪原は中嶌にニコリと笑いかける。
「ね、センパイ」
思わぬ援軍に中嶌はきょとんとした後で、少しはにかみながら「う、……うん」と同意を示す。
凪原は小声で中嶌に問いかける。
「今話題のあの巫女の写真、アレ、センパイのアカウントなんでしょ?すげぇなぁ。まさかそんな有名人がこんな身近にいるなんて。憧れちゃうなぁ、俺もなんかバズらせたいっすよ」
――自尊心と自己顕示欲をくすぐる一手。
「ま、まぁ?そんな難しいことじゃ無いけどね」
普段から褒められることも、認められることも無い中嶌にとって、その言葉は甘美に響く。
中嶌は眼鏡を指でクイっと上げながら、得意げに語り出す。本当は誰かに話したくてしょうがない。自慢したくてしょうがない。
「まぁ?俺ってちょっと人と違うって言うか、目の付け所が違うって言うかさ。元々写真には自信あったし?奇跡の一枚とか言われてるけど、俺からしてみたら心外って言うか、必然って言うか」
「へぇ、他のもあるんすか?」
凪原が釣り針を垂らすと、中嶌は容易に食い付く。
「もちろん、例えばこれとか――」
中嶌がスマホのカメラロールを指で進めると、幾つかの隠し撮り写真が出てくる。
「へー」
写真を眺めて凪原の作り笑いが消える。
「クソだせぇっすね。ただの盗撮じゃねーか」
凪原はヒョイと彼のスマホを取る。
「あっ、何をするんだ!返せ!」
スマホを取り返そうと手を伸ばす中嶌の胸ぐらをグッと引き、短く告げる。
「来い」
短く発された言葉に滲む感情に、中嶌はこれから己の身にふりかかるだろう処遇が頭をよぎる。――教師への報告?停学?そうなると、大学への進学は!?まさか逮捕って事は……。みんなやってる事だし。
「な、なんで僕だけ。みんなやってるだろ!?人の写真なんて勝手に撮って勝手にアップしてるだろ!?なんで僕だけとやかく言われなきゃいけないんだよ!」
身体的拘束はされていない。だが、証拠の詰まったスマホを握られてはついていく他ない。
中嶌の一方的な言い分に凪原は答えず、無言で足を進める。
――帰宅部、部室。
自身の豪華な椅子に座り、足を組み頬杖をつくまほら。その視線の先には正座する中嶌。黄泉辻はまほらの隣でむっと口を結んでいる。
「罪人を連行しました、女王陛下。沙汰を」
中嶌の横に立つ凪原が笑顔でまほらに促す。
頬杖をついたままのまほらは呆れ顔で視線を凪原に向ける。
「呆れた。どこに行ったかと思ったら、そんな事やってたの?余計なおせっかいがお好きなのねぇ」
とは言いつつも、当然まほらは凪原が自分の為に動いてくれているだろう事は分かっていた。
「そうっすね。あんなブサイクな写真広げられるの心外なんで」
「ブサイク!?ぶぶぶブサイクって言った!?今ぁ!」
まほらは椅子から身を乗り出して声を上げると、不安そうに黄泉辻に縋る。
「黄泉辻さん!聞いた、今の!?ブサイクって言った!」
黄泉辻はまほらの頭をよしよしと撫でる。
「まほらさんは綺麗だよ〜、よしよし」
自尊心ゲージを回復したまほらは再び背もたれに深く寄りかかり、中嶌を睥睨する。
「消しなさい、全部。今」
おそらくそれは三人とも予想していた裁き。
だが、続く言葉は予想を超えるものだった。
「じゃないと消されるわよ、あなた」
「は?」
三人の短い声が重なる。まほらは冗談を言っている様子ではない。
「ま、まほらさん?消されるって……?」
冗談だよね?とでも言いたそうに黄泉辻が苦笑いでまほらに問う。写真は撮られた。投稿はされた。けれど、下着や裸なわけではない。何もそこまで――、と黄泉辻は思う。
だが、重ねてまほらは冗談など言っていない。
「凪原くん、この事は当然三月も知ってるんでしょ?」
「あぁ、忙しい――とは言ってたけど」
それを聞いてまほらは大きくため息をつく。
「ほら。彼の忙しい、なんて容易に想像がつくわ。きっと今頃裏で手回しに忙しいのよ。……大好きな私の事なんだから」
自信か、信頼か、まほらはクスリと笑う。
「ほら、早く消しなさい。これはあなたの為に言ってるの。日本に住めなくなるわよ」
「えっ……、えっ?本当に……?」
冴えない学生生活でやっと訪れた万バズのチャンス。消せ、と言われてすぐ消せるものではない。
凪原から渡されたスマホを震える手で持ち、しばしの葛藤。慣れない正座で足は痺れ出す。
意を決して、中嶌はスマホのロックを解除する。――そして目を疑う。
スマホの画面は初期画面。出荷された時のまま。
「え?」
一瞬困惑。ホーム画面、カメラロール、アプリ、凪原が手にした時点ではそれらは確かに入っていた。
試しに凪原が自身のスマホで彼のアカウントを探す。そのアカウントは既に存在していなかった。
消えていた。
中嶌は背筋にゾクリと冷たい何かを感じる。――消されるわよ?まほらの言葉が急に現実味を帯びる。
「ごっ……ごめんなさい!すいません!もう、しませんから!許して下さい!」
中嶌は正座のまま手と頭を床に付け、まほらに懇願する。
「なんで撮ったの?」
まほらは土下座する中嶌を見下ろし、短く問う。
「それは……」
「巫女服好きだからだろ?」
「凪くん、しっ!」
凪原の茶々入れを人差し指を口に当てた黄泉辻が制する。
ごにょごにょと言い淀みながら、中嶌は言葉を絞り出す。
「きれい、……だったから」
まほらは安心させるように優しく微笑むと、立ち上がり今度は得意げな顔で髪をなびかせる。
「それなら、きちんと正面から撮りたいと言いなさい。そして、今度は自分の名前で投稿しなさい。やましくないのならできるでしょう?勿論、ちゃんと相手に許可を取って、ね」
「……許してくれるんですか?」
想定と違う沙汰に、中嶌は驚き顔を上げる。まほらは顎に指を当て、不思議そうに首を傾げる。
「許す?私は何もされていないから、許す理由もないわね」
「……和泉さん」
中嶌が感動の涙で目を潤ませている隣で、凪原はスマホを操作しながら驚きの声を上げる。
「witterだけじゃなくてインストのアカウントもtictak も消えてんぞ。……つーか、元画像すら出なくなってんのはどうなってんの?」
まほらは呆れ顔で急ぎ玖珂に電話を掛ける。
「三月。片付いたから余計な事はもうやめなさい。戸籍?だからもういいって言ってるでしょ」
何やら電話の向こうから不穏な単語が出てきて、凪原たちは背筋を寒くする。
――余談ではあるが、以降広報委員発行の広報紙『鴻鵠館便り』には、和泉まほらの特集が多く組まれることとなった。




