鴻鵠祭⑤ みんなで作った宝物
――鴻鵠祭・初日終了時点の投票状況。
《鳳凰賞(最多得票賞)》の暫定順位:
1位:2年C組 156票
2位:3年E組 74票
3位:3年A組 54票
投票のタイミングは、初日に投じる者もいれば、全ての模擬店を巡ってから決める者もいる。
そのため、最終結果の予想は難しいが――少なくとも現時点では、玖珂三月率いる2年C組が他を圧倒していた。
だが、初日は生徒限定。招待客の投票がある二日目はさらに大きく票が動く。
《朱雀賞(来場者満足度賞)》について:
これは単なる得票数ではなく、**来場者数に対する得票率(満足度)**で競う新設の賞。
ただし、公正性を保つために《最低得票数》が設定されており、70票以上の投票がない場合は、審査対象から除外される。また、同率の場合は入場者の多い方が上位を得る。
つまり、組織票ではなく――訪れた人たちにどれだけ感動や満足を与えたかが問われる賞なのだ。以上、広報委員会発行の、鴻鵠祭広報誌より抜粋。
――鴻鵠祭、二日目。最終日のこの日は、生徒だけで無く家族や他校の友人など、招待客も数多く来場する。
「パパ、ママ!いらっしゃい、来てくれてありがとう」
初回の訪問者は黄泉辻渚の両親だ。和泉まほらにより黄泉辻の両親は凪ノ泉神社へと案内され、おかめのお面を被った黄泉辻は子供のように喜んだ。この時ばかりは、演出は意味を成さず、彼女の笑顔が空間を染めていた。
「ほぉ〜、……こりゃ、驚いたな」
「すごいわね、渚」
両親は感心したように辺りを見渡す。暗闇をゆらめく灯りが仄かに照らすこの神域では、現実と虚構の境界も曖昧になる。
「えへへ、あたしだけじゃないよ。三人で頑張ったんだから」
えへん、と胸を張る渚に父・黄泉辻不動は今にも泣きそうにうんうん、と頷く。
「そうか、そうか。三人で頑張ったのか」
妻から渡されたハンカチで目元を拭う。
「まぁまぁ、旦那。湿っぽいのはその辺にして、まずは一杯」
縁日の傍で、まるで背景のように座っていたひょっとこ――、凪原司は不動にラムネを一本差し出す。
「あぁ、ありが――」
瞬間、不動は真顔でぐりんと首を回し、目を見開いて凪原を見る。
「男がいるとは聞いてない」
不動は娘を溺愛している。過去に何か困難に直面していた娘の力になれなかった負目もある。だから、彼は娘を守る為なら全力を尽くす。
「面を取りたまえ。ひょっとこくん。まずは渚の好きなところを百個挙げてもらおうか?話はそれからだ」
ベンチから立ち上がる不動はかなり大柄な体格で、凪原を見おろして全力で威圧感を隠さない。
「ちょっと、パパ!恥ずかしいでしょ!ママも止めてよ!」
母・ミアはおっとりとした優しげな口調で、にこにこと柔和そうな笑みを浮かべ、頬に手を当てる。
「あら、ママも聞きたいわぁ」
凪原はひょっとこのお面を被ったまま、二人の提案に乗る。
「そうっすねぇ、まずは、苗字がカッコいいところと……」
黄泉辻の両親は、「はいはい!」と手拍子に乗せて合いの手を入れる。
「明るいところと――」
「はいはい!」
「やめてって言ってるでしょ!?もうっ!人の嫌がることはしない!いい!?」
真っ赤な顔で黄泉辻は怒る。恥ずかしさのあまり、目には涙が滲んでいる。
「はい」「はい」
――あっという間の二十分。二人は神域を出て、鳥居の外に戻る。
帰りは狐のお面を外したまほらがお見送りだ。
他の訪問者の時と違い、黄泉辻も一緒に両親を見送る。
まほらはその光景を見守る。その瞳はどこか羨ましそうに見えた。
やがて、神域を出た来訪者たちの口から口へと噂は広がり、次第に「予約が取れない」模擬店の一つとなっていった。
「おーう、来たぞい、司」
夕方近く、凪原の祖父典善の来訪。この時ばかりは凪原が鳥居の前で祖父を迎え入れる。
「おー、爺ちゃん。来たんか。あれ?一人?」
「いんや?まほらちゃんと渚ちゃんを指名で」
「……そういう店じゃねーんだわ」
「ケチくさいこと言わんとサッサと案内せい。ほれ、折角二人に差し入れ持ってきたんじゃから」
入場チケット代わりの飲食物。典善はケーキの箱を自慢げに掲げる。それは超人気店C組のケーキだ。
「あれ?一つ少なくない?」
「……なんでお前に買ってこにゃならんのじゃ。自分で買って食え、バカたれが」
凪原は呆れ顔で鳥居の先に声をかける。
「はーい、黄泉の旅、片道旅行。一名様ご案内でーっす」
「……縁起でもない事抜かすな!」
軽口を叩き合い、典善は凪ノ泉神社へ。
「わぁ、C組のケーキですか!?おいしそ〜」
提灯の灯りが揺らす神域で、典善はまほらと黄泉辻にケーキを振る舞う。
「超人気のケーキなんじゃろ?たんと食べとくれ」
「ありがとうございます、典善さん」
まほらの言葉に典善はジロリと睨む。
「なんか他人行儀じゃのう。さみしいのぅ」
それを聞いたまほらは照れながら再度お礼を呟く。
「あ、……ありがと。典善さん」
典善も黄泉辻もご満悦の笑顔。ケーキは二つ、共にシンプルなショートケーキと、ミルクレープ。まほらはミルクレープを選び、黄泉辻がショートケーキ。
「はい、まほらさん。あ〜んっ」
まほらは言われるままに口を開ける。
「あー……んっ、――んんっ!?」
口を手で隠し、その味に感嘆する。
「な……なに?この滑らかな舌触り。クリームが違うの!?それにこのコク」
目を閉じて、静かに、ゆっくりと、ワインのテイスティングでもするかのように、まほらは一見シンプルなショートケーキに隠された秘密を読み解こうとする。
(嘘でしょ……?軽さとコク、ふんわりとしてしっとりと、それでいて舌の上で溶けるような。相反する要素がなんでこんなに複雑に絡み合って、かつ見事に調和しているの?特別な隠し味があるわけじゃない。じゃあ何が!?)
「ん〜、おいひ〜」
真剣な面持ちで目を瞑り咀嚼するまほらの隣で、黄泉辻は頰を押さえて幸せそうに味の感想を口にする。
「おぉ、そりゃよかった」
黄泉辻の食べっぷりを見て目を細め、そして、隣のまほらを見て眉を寄せる。
「まほらちゃんは一体どうしたんじゃ?」
「うん、たまによくあるよ」
まほらの探究は続く。
(このケーキを作ったのはC組。もしかしなくても三月が一枚噛んでいるに違いない。この一口食べただけで忘れられなくなるような中毒性の正体は……、中毒性!?)
その言葉が閃きの鍵になる。
まほらはハッと目を開き、真剣な面持ちで黄泉辻の肩に両手を置く。
「黄泉辻さん、これはダメ!このケーキ……、例のアブナイお薬が入っているわ!」
「流石にそれはなくない!?」
そして、続けてまほらはミルクレープを食べてみるも、ショートケーキのクリームとはまた配合が違う様子で、右に左に首を傾げながら味の秘密を解き明かそうと頭を悩ませた。
「典善さん、今日は本当に来てくれてありがとう」
「ほっほ、お安い御用じゃ。ワシこそ二人に会えて若返った気分じゃよ。二人ともいつでも遠慮なくうちにも遊びに来ておくれ。そんじゃの、残りの文化祭も楽しんでな」
薄もやの中、鳥居の向こうに消える典善の後ろ姿を、まほらは見送った。
口元に微笑みを浮かべながら、胸の穴が開いた様な気持ちを見ないふりして手を振った。
「うおっ、三途の川から帰ってきやがった」
「やかましいわ、仕事せい!」
そんなまほらの感傷は、僅か数秒後にかき消された――。
――時刻は6時。
ガラン、ガラン、と鐘の音が学園中に響き渡り、二日間に渡る鴻鵠祭は終わりを告げた。
二日間での合計来場人数は65人だった。この数は、朱雀賞の審査対象外である。
それでも、不思議と三人は満ち足りた顔で鴻鵠祭の終わりを受け入れた。きっかけであるとはいえ、求めたのは数字ではない。それは三人が知っている。
「お疲れ」
凪原が最初にねぎらいの言葉をかけると、黄泉辻も笑顔で「お疲れ様!」と答えた。――五人足りなくて、自分のせいだと泣いた生徒会選挙の時の彼女はもういなかった。
「……お疲れ様、二人とも」
愁いを帯びたまほらの微笑みはそれとは別の理由だった。
(お母さま、やっぱり無理よね。来てくれるはずがないわ。……でも大丈夫!典善さんが来てくれたんだから。さみしいだなんて思ったら、失礼だわ)
「あのっ……!」
うつむくまほらが視線を上げると、そこには母・真尋がいた。
「……お母さま、どうして?」
季節は冬にもかかわらず、額に汗を滴らせる真尋はロングコートの襟をはだけながら申し訳なさそうにほほ笑んだ。
「どうしてって、チケットくれたでしょう?奥様とのお食事を早めに切り上げて飛んできたんだけど……、間に合いませんでしたね」
まほらは子供のように勢いよく首を横に振り、驚いた顔をしながら、それでも瞳を星空の様に輝かせた。
「だっ、大丈夫です。私たち、頑張って作ったの……、見てもらえますか?」
真尋はニッコリと微笑む。
「もちろん。お願いしますね」
――鴻鵠祭は終わり、これから後夜祭が始まる。投票はもう締め切られ、集計されている途中だ。
熱気と、寂寥と、高揚が立ち込める校舎の一角、南棟四階の一番奥はそんな空気とは無縁の別世界の時が流れる。
「お母さま、見て。金魚よ!ふふっ」
巫女装束に身を包んだままのまほらは、まるで子供のように母の手を引き、自分たちの作り上げた宝物を自慢するように紹介した。
「これ、ポイって言うの。知ってました?でも、紙が貼ってないから取れないの」
「あらあら……」
今度は背景の出店に向かい両手を広げる。
「この絵!すごいでしょう?私の友達が手を加えたのよ!すっごい絵が上手なの、私よりよ?一番の友達なんだから」
祭囃子と、喧騒と、揺れる灯りが揺らす影。母と子の初めての縁日の体験。
ビニールプールに手を入れて、ラムネを二本取り出す。
「ラムネは飲んだことありますか?シュワっとして、ほんの少し甘酸っぱいんですよ。こうやって――」
まほらはビー玉を押し、母のラムネを開ける。瓶の底に落ちたビー玉がカランと乾いた音を立てるが、沸き立つ炭酸の音にすぐかき消される。
真尋は瓶を両手で持つと、コクコクと上品に数口飲む。
「はぁ、おいしいですね。ふふ、走ってきたから喉が乾いていたみたい」
「ふふっ、よかったぁ」
本当は、もう一人の事も自慢したかった。だが、それは出来ない。真尋は、あの事故を起こした凪原を恨んでいることを知っているから。本当は、三人で一緒に作ったと、声を大にして自慢したかった。
「頑張って、作ったんだよ……、みんなで」
まほらはそう言って笑うと、目から涙が零れ落ちた。
――こうして、二日間に渡る鴻鵠祭は幕を閉じ、あとは後夜祭を残すのみとなった。




