鴻鵠祭③ お化け屋敷にて
「凪くん、どうする?ま、まほらさんの言うように一緒に回る?」
黄泉辻渚としてもやや勇気のいる誘い。イヤミともアシストとも取れる和泉まほらの言葉を使って、凪原司に声を掛ける。①『ダメかぁ』、②『だよねぇ』、③『そっかそっか』、④『あはは、知ってた』、⑤『冗談だよ、本気にした?』。自身の防衛本能が無意識に、断られた際の返答を瞬時に複数個用意する。
「そうだなぁ。気分転換に行っとくか」
黄泉辻は申し訳なさそうに笑いながら答える。
「冗談だよ、本気にした?」
自動防御の選んだ返答は⑤。
「え」
困惑する凪原。黄泉辻は大慌てで否定する。
「うあぁあっ、違う違う!うそうそ!あたしじゃなくて頭と口が勝手に!」
「それ別個体なん?」
「あははは!気にしないで!ほら、行こ行こ。時間は限られてるよ!」
赤い顔の黄泉辻に背中を押され、二人は文化祭へと向かう。
「何処行く?」
「んー、お化け屋敷」
「あはは、うちのクラスじゃん」
マップを開いて黄泉辻は笑う。
「あとで交代行くけど、先に一回行っとこっか」
凪原を見上げ、にひっと口を上げる黄泉辻。
部室と彼らの2年A組は同じ南棟4階に位置する。
「2名お願いしまーすっ。みっちゃん、お疲れ様」
凪原を連れた黄泉辻は指を2本立てて元気にA組を訪れる。
「おー、黄泉ちゃん。デート?」
黄泉辻はチラリと凪原を見て問う。
「デート?」
「違げぇ」
間を置かず凪原が否定すると、黄泉辻は笑顔でみっちゃんと呼んだクラスメイトに報告し、みっちゃんは納得したふりをして頷いてみせる。
「違うって」
「そっかぁ、違うかぁ」
2年A組の模擬店は、『右の本格派!直球お化け屋敷』。名前はともかく、中身は奇をてらわない王道お化け屋敷がコンセプトだ。彼らはそれぞれに大道具、小道具で準備に参加していたが、完成後の姿を知るのはこれが初めてだ。
「それじゃ、二名様ごあんな~い」
凪原と黄泉辻はみっちゃんに背中を押され、巨大な幽霊を象った入口へと案内される。
みっちゃんは黄泉辻にパチリと目で合図をしたが、心当たりのない黄泉辻は頭にクエスチョンが浮かぶ。
入口で暗幕を上げて微笑むみっちゃんは、トランシーバーを取り出して、中のスタッフに情報共有。
「各配置者に告ぐ。黄泉ちゃんが来たよ。あの子、お化けは得意だけどゾンビだけは苦手。繰り返す、ゾンビだけは苦手。登場順は指示の通り。以上、各自の幸運を祈る」
トランシーバーで連絡を入れ終えると、みっちゃんは神妙な面持ちでお化け屋敷の中に向かって親指を立てる。
「黄泉ちゃん、……頑張れ」
余計なお世話かもしれない。けれど、彼女は去年から続いて黄泉辻と同じクラスだ。そして、1年の時にC組で起こった事件も当然知っている。黄泉辻の凪原に対する態度で、彼女が凪原をどう思っているのかは分かっている。それは多くの他の生徒も同様だったようで、事実あの事件以降黄泉辻に告白する男子はパタリといなくなった。
友人の淡い恋心を静かに応援するつもりだった。だが、今年に入って和泉まほらと言う強力すぎるライバルが出現してしまった。黄泉辻とまほらは友人だ。だから、優しい黄泉辻は遠慮してしまうだろう。
無理にくっつけようだとかそこまで露骨な事をするつもりはない。だから、みっちゃんはただゾンビを増やした。それが自分に出来る最大のアシストだと信じて――。
――入口を覆う暗幕を過ぎると、内部は薄暗い。置かれたランタンを一つ手に取り、それを頼りに一周する。謎解きも何もないシンプルなものだ。
『――戦に敗れ、無念を抱いたまま朽ちた落武者。信仰を嘲笑われ、炎に焼かれた聖職者。人知れず施された禁忌の実験、その果てに蠢く者。彼らが眠るこの場所は、忘却の底に沈んだ恐怖の懐石御前。いま、あなたはその蓋を――開けてしまった』
スピーカーから流れる舞台設定。
「比喩下手くない?」
「ちょっ……、凪くん!しっ!」
思わずスピーカーにツッコミを入れる凪原、黄泉辻は慌てて言葉を止める。
「黄泉辻は怖いの平気なん?」
ランタンの灯りを揺らして歩きながら、凪原は黄泉辻に問う。目の前には大きく目の腫れたお岩さん風和風の幽霊。
「ふふん、こう見えてホラー映画とか結構好きだからね。パパとよく見るし。全然平気だよ」
その言葉に違わず、幽霊のオブジェを見ても黄泉辻の余裕の笑みは崩れない。
「ばぉああぁ……!」
矢が刺さり、血糊の付いた落武者が物陰から声をあげて現れる。
「うぉっ、ビクったぁ!」
言葉通りビクッと身じろぐ凪原はを見て、黄泉辻はクスクスと笑い、手を差し出す。
「あはは、もし怖かったら手を繋いであげてもいいんだよ〜?凪くん」
「……いや、怖くねーし。ビクッただけだし」
新鮮な反応に黄泉辻は口元が緩む。
「んふふ〜、そかそか」
――楽しい!まほらさん、ありがとう!
黄泉辻は、鼻歌まじりに落武者や黒髪の幽霊の登場を喜ぶが、対照的に凪原は意外にも毎回声をあげて驚いた。
「おねーさんがランタン持ったげよっか?なぎくん♪」
まるで保育士のお姉さんが子供にするように、黄泉辻は優しく凪原に手を伸ばす。
「あのな、繰り返すけど怖くはねーのよ?折角頑張って作ったんだからフリでも驚くのが礼儀だろうよ」
「んふー、そっかぁ。凪くんは優しいねぇ。いい子いい子」
精神的優位から、黄泉辻は凪原の頭を撫でる。
――暗がりの奥に潜む影。彼のもつトランシーバーがジジッと音を立て、司令部からの指示が飛ぶ。
みっちゃんと黄泉辻は仲がいい。黄泉辻が、ホラー好きなのも知っている。ゆるいスタートからの、ゾンビ連打でギャップ狙い。みっちゃんの、恋のアシストはここからが本番だ――。
「うあぁあああ……」
暗がりの向こうからゆっくりと聞こえる呻き声に黄泉辻の背筋は凍りつく。
ゆっくりと近づいてくる。
――瞬間、黄泉辻の顔から余裕は消え去る。
「ひいぃぃいっ」
黄泉辻は悲鳴をあげ、咄嗟に凪原の手にしがみつく。
「あれ?黄泉辻さん?」
「うぅううぅぁぁ」
「ぎゃーっ!ききき来た!たっ、助けて凪くん!」
力の限り凪原の腕にしがみつく黄泉辻。
「え、っと。何かのネタ振り?はい、ざんねーん平気でしたーとか」
「そんなわけないじゃん!ほんとなの!あたしゾンビだけはダメなのぉ!」
ゾンビはまた一匹、一匹、ゆっくりとだが確実に黄泉辻へと近づいてくる。
「ホラー映画好きって言ってたじゃん」
「ホラー映画とゾンビ映画は別ジャンルでしょうがぁ!うぅぅ」
黄泉辻はゾンビから身を隠すように、身体を寄せてギュッと目を瞑り震えている。そして凪原とて一般的な高校生の男子。
「あ、あのー、黄泉辻?言いづらいんだけど、……お胸が少々」
流石に照れ臭く、暗闇の中、凪原の顔も熱を帯びる。
「そんなの今いいから!助けてぇ……」
本気で怖がる黄泉辻を見て、面白がれる凪原では無い。
「りょーかい。そのまま目ぇ瞑ってろ。はーい、通るぞー、どいたどいた」
凪原は、ゾンビ達を掻き分け、出口に向かう。
「平気か?」
道中声をかける。ゾンビ達は呻き声を上げながら、ゆっくりと二人を追う。
「まだ声が聞こえるよぉ」
「あ、それ俺の呻き声」
「凪くんがゾンビになっちゃったよぉ……!」
「わり、違った」
ゾンビ達は設定に忠実なようで、走らず、足も遅い。
「よかったぁ。凪くんがゾンビになっちゃったら……、あたしもゾンビになるぅ」
今にも泣きそうな声で黄泉辻は呟いた。
(……やれやれ、一体ゾンビにどんなトラウマがあるんだよ)と、頭の中では冷静ぶってみたものの、そこは高校生男子。右腕の感触が脳の半分以上を支配する。
やがて、暗闇の先に光が見える。
「黄泉辻!ゴールだ!もう安心だぞ!」
「凪くん、ダメぇ。それはフラグだよ……」
黄泉辻は凪原の言葉を疑い、目を固く閉ざして腕にしがみつく。
凪原は光の漏れるカーテンを開く。そこは出口だった。
「ふはーっ、黄泉辻!外出たぞ!」
お化け屋敷の外に出た凪原の前には案内係のみっちゃんがいた。みっちゃんはチラリとコアラのように凪原にしがみつく黄泉辻を確認。ここで囃し立てるのは愚の骨頂。逆効果。
「はーい、お疲れ様でした。お出口はこちらでーす」
そう言って凪原に向けて左手をあげてハイタッチを求める。
なんのこっちゃ、と内心首を傾げつつも凪原が左手を上げるとみっちゃんは力の限り手のひらを合わせ、パンと大きな音が鳴る。
――ナイスっ!
彼女は心の中で大きく叫び、腕を上げて飛び上がった。




