鴻鵠祭② 舞台裏
凪原たち帰宅部の模擬店「凪ノ泉神社」。ともあれ、記念すべき初回を完了した。
「お疲れー」「お疲れ様〜」「お疲れ様」
口々にそう言ってラムネの瓶を開け、喉を潤す。
「いやー、改めて一回やってみたけど――」
凪原はタイムテーブル表に目をやる。一回20分、10分休憩して、また20分。凪原は絶望した様なゲンナリした顔で呟く。
「この回数無理だな」
「ね。て言うか三人いないと絶対無理」
まほらとしては明らかに最初から分かりきっていた事ではある。だが、この鴻鵠祭は凪原達の主体で行いたいと言われた以上、口出しは最小限に控えていた。
凪原は少し考える。理想と現実。可能と不能の境界線。
「回数減らそう。少なくとも、三人揃っていない時間帯は止める」
黄泉辻は少しホッとした様な表情を見せ、まほらは凪原に問い掛ける。
「本当にいいの?」
凪原は頷く。迷いのない、確信に満ちた顔で。
「あぁ、無理はするけど、無茶はしない。無茶して取り返しのつかない事になるのもうゴメンだからな。それに――」
一転表情を変えて、軽薄な笑顔を見せる。
「よく考えたらこのタイムテーブルだと、お前ら鴻鵠祭回れないだろ」
「確かに」
この帰宅部の模擬店を作る事しか考えていなかったので、鴻鵠祭を楽しむと言う発想自体が抜け落ちていた。
「言っておくけど、下方修正じゃないからな?『百人の百票』は理念だから。全員を楽しませる。それには俺たちだって当然含まれる……てのは詭弁?」
「ううん、いいと思うわ。とりあえず反省点の洗い出しをしましょうか」
「もう少し休ませてぇ」
帰宅部の部室の壁面には、縁日の様子が描かれた大きなグラフィックシートが貼られていた。トリックアートのように奥行きを感じさせるそれは、黄泉辻が光の加減を細かく調整して、本物に見えるよう仕上げたものだ。行き交う人はプロジェクター、動く金魚は最新のタッチプロジェクター。掬えはしないが、ポイが触れるとリアルに暴れて落ちる動きをする。
靄はドライアイスとスモーク発生装置を併用しており、音響は一つの音源を使うのではなく、無数に設置されたスピーカー類から複数の音源を立体的に流す事で臨場感を増していた。
そして、最後、振り返ると何もない廊下の種明かしは、縁日の光景と同様に、元の廊下の風景を張り付けたボードで通路を塞いでいるだけだ。元々誰もいない、誰も来ない通路。触れなければ判らない。すべてが狂気に満ちたクオリティー。
まほらは巫女服の懐から篠笛を取り出し、優し気なメロディーラインで黄泉辻の休憩に彩りを添える。聞こえた笛の音は音源だけでなく、部室の外でまほらがリアルタイムでも吹いていたのだ。
「つーか、笛本当に吹いてたのかよ……。お前本当なんでもできるのな」
「あら、そう?凪原くんも意外と太鼓お上手じゃない」
珍しくまほらから褒められて少し凪原も得意げに胸を張る。
「まぁね。ガキの頃祭りでよく叩いてたんだよ」
「へぇ」
まほらはラムネの瓶に口をつけ、のどを潤す。想像の中で、少年時代の凪原が太鼓を叩く。思えば、昔の凪原はもっと無邪気でまっすぐだった。歪めてしまったのは自分なのだと思うと、チクリと少し胸が痛んだ。
「あっ、まつりちゃん宣伝してくれてる」
そういって黄泉辻はスマホを二人に差し出す。
『帰宅部がやってる凪ノ泉神社って模擬店マジヤバイ!知ってた!?エモいって、えもいわれぬものなんだよ!とにかくエモ!予約制らしーから行くなら早めに!』
クラスRhineやSNSで興奮気味に呟いていて、チラシの写真も載っている。すぐに『帰宅部って?』『えもいわれぬって何よ』等返信がつき、『お祭りじゃん』『行ってみた~い』と好意的な意見が続いた。
「おい、まほら。エモの伝道師がえもいわれぬが語源と公式発表してんだけど、何言ったの?」
まほらはクスリと笑う。
「さぁ?覚えてないわね」
「嘘つけ。お前の記憶力は知ってんだよ」
ピロンと凪原のスマホに通知が入り、予約管理アプリが新たな予約の入った事を知らせる。
「お、次の回予約入ったぞ」
「頑張るかぁ〜!」
「ふふ、元気ね」
そして二組目、三組目の予約客が凪ノ泉神社を訪れる。カップルと、女子三人組。訪れたみんなは、まつりと同じ様に声をあげて感嘆し、幼い日の憧憬に目を輝かせた。
二度は訪れられぬ神域。写真撮影も禁止。来場者達はその目と思い出だけにこの光景を刻む事となる。
持ち帰ったラムネの瓶とスーパーボールだけが、この神社を訪れた証拠となる。
「あの狐、まほらさんだったんだ〜」「綺麗すぎてビビったよね」「おかめは黄泉ちゃんでしょ?」
まほらは、口々に感想を言い合って満足げに神社を去る生徒達の後ろ姿を満足げに見送った。
――短い昼休憩を挟んでから、更に三組を招き入れる。
そして時刻は昼の3時。現在6組14名が、この神域を訪れた。
まほらは生徒会の業務で少し抜ける時間となり、神社は一時休業だ。
「ごめんなさい、生徒会の見回り行ってくるわね」
「うん、頑張ってね」
「いってら」
凪原は惣菜パンを咥えながら、入場者の管理と予約のチェックを行なっている。
「せっかくだから、今のうちにあなた達も回って来たら?お二人で」
部屋を出る際に、まほらは思い出した様に一度部室を覗いてそう告げると、そのまま足早に生徒会室に向かった。――巫女衣装のまま、と言う事を忘れたまま。
「あ、服そのまま――、まいっか」
凪原は伝えるのをあきらめて再びパンをほおばった。




