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鴻鵠祭① えもいわれぬもの

――時刻は朝、9時50分。鴻鵠祭開始10分前。

 帰宅部部室前にいる凪原司達三人は神妙な面持ちで輪になって集まる。凪原は法被、まほらは巫女の服、黄泉辻は浴衣。三人とも祭りをイメージした和風の出で立ちだ。

「えーっと、じゃあちょっと恥ずいけど、掛け声とかやっちゃうか」

 そう言って凪原が右手を前に出すと、まほらはじっと不満げなまなざしを凪原と黄泉辻に送る。

「あら?昨日のあなた達より恥ずかしい事ってそうそう無いと思うけど?」

 嫌味を言いながら、まほらは黄泉辻が手を重ねるのを待つ。

「うあぁ……、まほらさん、やめてぇ……」

 黄泉辻が右手を重ね、次いでまほらが手を伸ばす。


「それじゃあ、凪原くん。一言」

「よし、キャッチフレーズは百人の百票!来た人全員が忘れられないような、最高の祭りにしようぜ、うーっ」

「おーっ!」

「おぉー」

 昨日黄泉辻たちがやっていたように、重ねた手はそのまま天を衝く。


 少しして、チャイムが鳴り、館内放送が流れる。

「それでは、ただいまより、第73回私立鴻鵠館学園高等部、『鴻鵠祭』を開始します』

 いつものチャイムと違う、鐘の音が鳴り、いよいよ文化祭・初日が幕を開ける――。


 ――渡瀬まつりは、友人である二文字(ふたもじ)京子(きょうこ)と帰宅部の部室を目指す。


 まつりの手にはぐるぐるフランクフルト、二文字は焼きそばを手に4Fを目指す。

「凪ノ泉神社、だって。確定でエモじゃん」

「まつり、本当に一発目そこでいいの?人気ありそうなところ先回ったほうがよくない?C組のケーキとか、写真マジエグいよ」

 二文字の提案をまつりは笑い飛ばす。

「ニモ(二文字の苗字から由来のあだ名だろう)、それは(いき)じゃないねぇ」

「別に私粋じゃなくていいけどね。いっちゃ悪いけど、どうせ学祭クオリティだよ」

「人が頑張ったやつばかにすんなし」

「だって去年のD組の迷路とかしょぼかったじゃん」

「まーだいうか」

 

 二人は南棟の4Fに到着。チラシに書いてある帰宅部の部室を目指す。角を曲がると、ひんやりとした冷気を感じ、朝10時にもかかわらず薄暗い廊下には薄靄(うすもや)が立ち込める。

「え、すご」

 そして、予約の無い客を拒む古びた立て看板。『禁足地。許可ナク立入ヲ禁ズ』と達筆で書かれた看板はどこかおどろおどろしい雰囲気を感じる。

「あれ?お化け屋敷、じゃないよね……?」

 靄は次第に濃くなり、さらに二人が進むと、薄暗く、靄がかった廊下に、二人が来るのを待っていた様にゆっくりと仄かな明かりが灯り、彼女たちの目の前に朱の鳥居が突如姿を現す。

「エモっ」

 二文字は鳥居に触れ、その質感に驚く。

「本物じゃん。え?なにこれ」

 振り返ると、来た道は靄で見えづらい。

 シャン、と一度鈴の音がなる――。


「ようこそおこしくださいました」

 抑揚の無い声と共に、巫女服のまほらが何処からともなく姿を現す。顔には狐面、左手には神楽鈴を持ち、一つも無駄のない所作で来客を持て成す。

「本日は、凪ノ泉神社・例大祭にお越しいただき、ありがとうございます。ここから先は神域でございますので、供物を手にお進みください」

 シャン、と一度まほらは神楽鈴を鳴らす。日本舞踊の様な流れる様な動きで、二人に加護を与える様に、二度、三度と鈴を鳴らす。

「それでは、お気をつけて。お二人が、無事帰ってこられる事をお祈り申し上げます」


 まほらは見ほれる所作で一礼をする。人外である、と言われても納得の美しさ。まつりと二文字は、まほらの美しさに呑まれながら、先に進む。辺りは暗く、靄がかり、足元をゆらゆらとほのかな明かりが照らす。廊下の先に明かりが見え、何やら楽し気な祭囃子が聞こえてくる。


 提灯で導くその先に進む。そこには、神社の境内。夏のお祭りが広がっていた――。

 ゆらゆらと揺れる提灯の明かりに照らされた、教室とは思えない奥行のある神社。視線の先には出店が続き、奥には本殿まで見える。

「噓でしょ、本当に教室かよ。ここ」

 二文字は目を丸くして辺りを見渡す。中はまるで夏の夜の様に蒸し暑く、ざわめきや話し声は様々な方向から聞こえ、ほのかにソースの香りが郷愁を刺激する。人が行きかい、笑い声が聞こえる。

「やば。にゃぎはら頭おかしいな、いい意味で」


 二文字が先に進もうとすると、凪原の声がそれを制止する。

「おぉっと嬢ちゃん。そっちに行くと戻ってこれなくなるよ」

 法被姿の凪原はひょっとこのお面を被り、いくつかのビニールプールの前にしゃがみ込んでいた。

「らっしゃいらっしゃい。金魚にヨーヨー、スーパーボール掬いはいかが?」

 薄オレンジの浴衣に身を包んだ黄泉辻が覗くプールにはゆらゆらと何匹かの金魚が泳いでいる。

「おっちゃーん、この金魚取れないよー」

 黄泉辻の顔はおかめのお面だ。金魚掬いをする為にポイを持っているが、最初から紙の貼っていないポイなのでとれるはずはない。

「あはは、かわいいな」

 まつりはおかめ姿の黄泉辻を見てご満悦。

「蒸し暑……、あ、ラムネあるんだ」

 つぶやく二文字の瞳はなんだか少し童心に返ったように見える。

「嬢ちゃんたち美人だからサービスでぃ。うちのかかぁには内緒だぜ」

 凪原はそう言って冷えたラムネを二本差しだす。

「わ、冷たっ」


 二人は傍らに置かれたベンチを見つけ、本物かどうか手で確かめてから座る。ふた替わりのビー玉を押してラムネを開けると、蒸し暑い夏の夜に喉を潤す。

「子供の時このビー玉取ろうとしたよね」

「あはは、あるある。パパに『瓶割って!』ってお願いしたわ」


 ラムネを片手にぐるぐるフランクを食べながら、祭りの光景を眺める。行き交う人、人が多くいる場所特有のどよめきと、どこかからかすかに聞こえてくる虫の音。祭囃子の笛の音も聞こえる。しばらくすると、それに加えて身体に響く和太鼓の音も加わる。

 まつりは試しに目を閉じてみる。そこは完全に夏の夜だった。

「……エモすぎでしょ、これ」

 

 おもむろに凪原は立ち上がると、太鼓の音に合わせて和太鼓を叩く。どうやら、本物の和太鼓を持ち込んでいた様子で、音に合わせて器用に叩く。不思議と、聞こえる笛の音もそれにあっている様に聞こえる。


「おっちゃん、あたしも!あたしも叩きたい!」

 黄泉辻は太鼓をたたく凪原の周りをちょろちょろするが、凪原は取り合わない。コントのようなやり取りにまつりと二文字はクスクスと笑う。


 まつりたちはスーパーボール掬いに興じる。高校生になった今では理解できないが、子供のころはどうしても取りたかったスーパーボール。この日は少し理解ができた。

「あ、取れた!まつり、これキレイくない?」

「おー、でかいね。いいなー」


 となりの黄泉辻はまったく取れず、凪原に不満を漏らす。

「おっちゃん、これ取れないよ。インチキー?」

「しっ……!」


 そんなやり取りをしているうちに、気が付けば境内に靄がかかり始める。靄は次第に濃くなり、遠くで狼の遠吠えが聞こえる。それを聞いて凪原は慌てだす。――これが帰還の合図だ。

「まずい!……嬢ちゃんたち、帰れなくなるぞ!おい、お前!」

 凪原から指示を出された黄泉辻はまつりたちを促す。

「うん、お姉ちゃんたち、こっち!」

 黄泉辻に手を引かれ、二人は境内を抜ける。

 そして、靄がかった廊下の先に微かに照らされた鳥居を指さす。

「まっすぐ行けば帰れるよ。あたしは、ここまでだから」


 黄泉辻のなんとなく物悲しい物言い。靄の中、黄泉辻は手を振り、二人を見送る。


 鈴の音が聞こえ、二人は鳥居へと戻りつく。

「あら、ご無事で。よくお戻りになられました」


 鳥居で二人を出迎えるまほらはお面をつけていなかった。

 絵巻物から抜け出た様な、作り物の様に美しい笑顔。

 シャン、と鈴を進行方向に鳴らし、二人の帰る道を示す。

「お帰りはあちらでございます。此度の体験が、お二方にとって得も言われぬものでありましたら幸甚でございます。それでは、お気をつけて。進みましたら角を曲がるまでは決して振り返ってはなりませんよ」

 まほらは深く一礼をする。


 まるで狐につままれたような感覚。しばらく進み、言いつけ通り角を曲がってから振り返ると、そこにはいつもの廊下が広がっていた。

「……えもいわれぬ」

 まつりはそう呟いてぶるりと身震いした――。


 

 

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