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マッサージ

 本日の四限目は体育。男女別でバスケットボールを行っている。

 和泉まほらは、今日も壁際の椅子に座り、体育の授業を見学していた。正確には、中等部の途中から彼女はすべての体育を見学している。

 当然理由は明かされず、一部の生徒の興味を誘い、また一部の生徒は不平感を抱く。

「和泉さん今日も見学だね」

「去年からずっとだよね。何だろうね。怪我とかかな?」

 パスの練習をしながら女子生徒のやり取り。

「運動音痴で恥ずかしいとか?あはは」


 明るい髪のこの女子はまほらの事が気に入らない様子。有力者の子女が多く通う学校、この少女もプライム上場企業令嬢である。まほらの家柄の事はもちろん知っているが、簡単に腹を見せるような安いプライドは持っていない。そして、それはまほらも同様で、加えて彼女は耳もいい。

 制服姿のまほらは大きくため息をついて立ち上がると、手近にあったバスケットボールを一つ手に取る。

「運動音痴ね。確かに」

 そう呟き、スナップを効かせてボールを指の上で回転させたかと思うと、新体操の様にボールを体に伝わせて転がし、再度指の上へと戻す。その時点ですでに体育館中の視線はまほらに集まっていた。

 ダム、と一度ドリブルの音が体育館に響く。音は2度、3度と聞こえ、体育館に不均等に散らばる生徒たちの間を稲妻の様に縫って切り裂く。

「凪原くん」

 短くそう呼ぶと、ノールックで凪原司にパスを出す。

「うお、急に投げんな」

 パスは糸を引くように正確に凪原の胸元に届き、捕球した凪原はそのまままほらにパスを返す。ゴール前。一歩、二歩と歩くとその勢いのまま飛び上がり、弓の様にしなやかなレイアップシュートを決める。

 ゴールネットの音に続いて、ボールが床を鳴らす。

 凪原の拍手を皮切りに多くのファンが拍手や、歓声や、嬌声をあげる。

 その喧騒を受けてまほらは得意げに髪を手で靡かせる。

「私を運動音痴っていう事は、当然あなたはダンクくらいできるのよね?ふふ、羨ましいわ」

 挑発的な笑みを浮かべ、強烈な皮肉を吐く。無意識に右手は右頬に触れ、何かを気にしているように感じられる。

 

「こら、余計な事言わんで黙って見学してろ」

 二人に凪原が割って入る。

「先に喧嘩売ってきたのはあの子よ」

 まほらは不服そうに明るい髪の少女を指差す。凪原は指を下げさせつつ申し訳無さそうに少女に頭を下げる。

「すいませんね、基本的に悪意を向けなきゃ害はないんで」


 少女も初等部からの進学組だ。外部生の凪原の態度が気に障る。

「……なにそれ。男のくせにヘラヘラペコペコして。なっさけな」


 凪原を侮辱したその言葉がまほらの逆鱗に触れる。

「は?」

 先刻までの挑発的な表情など児戯とばかりの冷酷な表情。凪原も瞬時にそれを察する。

「先生!和泉さん足を捻ったみたいなので保健室に連れて行きます!」

 凪原はトラブルになる前にまほらの手を掴み急ぎ体育館から連れ出す。

「ちょっと、凪原くん。足なんか捻って無いわ。こら、ねぇ。生意気よ。下僕のくせに」

 文句を言いながらも手を引かれる事に満更でも無い様子で怒りはそのままクールダウン。二人はそのまま体育館を後にする。

 

――保健室。

  

「ありゃ、先生いねーや」

 ガラリと扉を開けて凪原が呟く。

「今日は上級救命講習を受けるから午後から不在って書いてあるわよ」

 扉の横のホワイトボードを指さすまほら。

「あ、そうなんだ。ま、いっか。よく考えたら別に足捻ってないし」

「そうね」

 そう答えながらもまほらは保健室に入り、扉を閉めるとベッドに腰かける。そして上履きを脱いで足を組み、腕を組む。長い脚に黒いタイツ。


「凪原くん」

「……なんでございましょうかねぇ」

 その声の響きに凪原は嫌な予感でひきつった笑顔を見せる。


「運動したら疲れちゃったわ。足でも揉んでもらおうかしら」

 すらりと長い足を凪原に向けて伸ばし、挑発的な笑みを浮かべる。

「えっ!?いいの!?」

 てっきり照れてどぎまぎするかと思いきや、少し食い気味に手を伸ばしてきたので思わず足を引っ込める。

「ちょ、ちょっと!膝から上触ったら命は無いからね!?絶対よ!?私に二言はないんだから!」

「なーんだ」

 わざとらしく残念そうに凪原は答える。

「つべこべ言ってないで早くマッサージしなさいよ。疲れたって言ってるでしょ」

「……まほらと違って俺はフルタイムで体育の授業を受けてたんですがね」

「そう言うのをつべこべって言うのよ」

「つべこべ」

「つべこべうるさい」

「へいへい、それじゃ失礼して……」

 凪原はゆっくりと手を伸ばす。わざとらしいくらいゆっくりと。無表情を装いながらまほらは心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。もしかすると、触れれば伝わってしまうかもしれないほど。

 

 そして、凪原の手はまほらの足に触れる。

「あっ――」

 次の瞬間保健室に響き渡る声。

「痛ったぁ!痛い痛いってば!こら!いーたーいっ!」

 足の裏を親指でマッサージする凪原。

「足ばっか組んでるからじゃねーの?よくないっていうぞ?」

「それはそれ!痛いって言ってるでしょ!」

「はいはい、お子様お子様」

 まほらの苦言を気にも留めず足裏マッサージを続ける凪原。


 少しマッサージを続けていると、次第に痛みにも慣れてきた様子で、反対の足に移る頃には単純にマッサージを心地よく感じる余裕が出てきた。

「ふふ、なかなか上手じゃない」

「まぁね。よくじーちゃんにしてるんで」

「それはご立派ね。足のマッサージがお上手みたいだから今日からあなたを『フットマン』とでも呼んであげようかしら」

「従僕じゃねーか」

 凪原が即座に返すと、まほらは満足そうにクスクスと笑う。

「あら、そうなの?博識ね」

「……白々しい」


「ありがと。もういいわ。お疲れ様」

 何だかんだと両足で15分はマッサージをした事になる。

「へいへい、毎度」

 手が疲れたとばかりにゆらゆらと手首を揺らす。一瞬自身の手を見て凪原の動きが止まる。何かを考えている。その様子をまほらも見ている。


 次の瞬間、凪原の手が自身の顔に近づくように見えたその刹那、瞬時に無数の可能性を思案したまほらの頭脳は反射的に凪原の手を掴む。

「ななな何するつもり!?ねぇ!?」

 ほぼ、間違いなく凪原の次の行動はまほらの予測するそれであった。

「い、いや。別に何も」

「嘘よ!絶対臭い嗅ごうとしてたでしょ!?洗って!すぐ!そうだ、ここは保健室よね!アルコール消毒とか!塩素消毒とか!」

「塩素はまずくね?」

「うるさい!チェックするから動かないでよね!」


 そう言って恐る恐る凪原の手の匂いを嗅ぐ。犬のように何度かスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、時折首を傾げる。そして、ふーっと一度大きく息を吐くと、得意げに勝ち誇ったような笑みを見せる。

「ほら、やっぱり平気じゃない」

「安全地帯に入るとすぐこれだ」

「でもすぐ手は洗って」

「イエス、ユアマジェスティ」

「うるさい」


 

 

 

 

 

 

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