文化祭準備期間⑦ 役割分担
帰宅部の部室は北棟の4F最奥、ほとんど人の来ない場所にある。これは前生徒会副会長である和泉まほらが前会長を誘導して確保した静寂の特等席だ。周りは放課後使われていない教室ばかりなので、角を曲がったところから最奥の部室までの廊下も、今回の文化祭で自由に使える場所となる。
「いやぁ、まじでまほら様々だよ。廊下を使えるのかなりデカいぞ。一応使っていいか生徒会にも聞いてみるか」
校舎の図面を拡大コピーしたものを机に広げて、凪原司がまほらを称賛すると、まほらは腕を組んだまま得意げに凪原を見下ろす。
「ふふん、賞賛の言葉が足りないんですけど?あと、生徒会的には問題ないわ書類だけ出しておいて」
「あ、生徒会ここにいたわ」
黄泉辻は部室の端にスペースを作り、美術部から借りてきた画材を使って一心不乱に制作に入る。企画・設計・演出・資材調達が凪原、美術全般・小道具全般は黄泉辻。全体工程管理及びサポートがまほらと言う布陣だ。実務担当の黄泉辻の制作するものは山ほどあるので、時間はいくらあっても足りない。
そして、『100人中100人の心に残る、とにかくすごいものづくり』を標榜している以上、彼らの発想と労働力だけではどうにもならないものも当然ある。黄泉辻が父のツテで借りてくれる資機材を引いてもやはり最低限以上のお金はかかる。
帰宅部の年間部費は千円。何の活動実績もないし、存在していること自体が悪ふざけか奇跡でしかないので、そこに文句は言えない。黄泉辻の家は超が付く資産家であり、それには及ばないもののまほらの家だって当然そうだ。だが、それを凪原があてにする訳もないし、訳にもいかない。
凪原が決めたのは「自分で働いた分だけOK。お年玉や小遣いは禁止」という、ルールだった。曰く、『お前らいくら持ってるかわかったもんじゃねーから』――とのことらしい。
彼自身このルールは自身のみの適用を想定したルールである。まほらや黄泉辻がバイトをする訳がないのだから。
「あっ、そうだ。凪くん、自分で働いたお金は出していいんだよね?」
端の作業スペースから出てきた黄泉辻は絵の具がついた頬を拭いながら、手を拭き自身のカバンを探る。
「まぁ、自分で働いた分なら……って、お前バイトとかしてないだろ?」
凪原は下校後毎日夜10時までバイトをしている。スキマアプリで探せば意外と時間の都合が合うものはあるのだ。
黄泉辻はかわいらしくも高級そうな財布から一万円札を五枚取り出して、笑顔で凪原に差し出す。
「はい、コレ。頑張ったんだよ、えへへ」
「何を頑張ったらこうなるんだよ!?」
まほらは凪原の隣で耳を抑えて迷惑そうな顔で凪原をにらむ。
「ちょっと、すぐ隣で大きな声出さないでよ」
まほらからすると特に驚きはないだろうが、凪原にとって5万円は超大金。一日4時間働いて約5000円。それが十日で50000円。正直言ってかなりキツイ。少なくとも彼にとって笑顔で差し出す金額ではない。
「……一応聞くけど何の仕事してもらったんだ?小遣いとかから出してないよな?それはズルだぞ?」
「うん、肩もみしてもらったの」
太陽のような屈託のない笑顔の黄泉辻。凪原は恐る恐る言葉を続ける。
「誰に?」
「パパに」
「まさかのパパ活!?」
思わぬ言葉に黄泉辻は困り顔で声を上げる。
「違うよぉ!?うちのパパの事に決まってるじゃん!」
凪原は胸を押さえ、文字通り胸を撫でおろす。
「だよなぁ、焦ったぜぇ……」
黄泉辻はむっと不満げに頬を膨らませて凪原を睨む。
「へぇ、凪くんにはあたしがパパ活とかする様に見えてるんだぁ。へぇ」
「いや、それは違う。完全な誤解だな、うん」
まほらはクエスチョンマークを浮かべて首をかしげる。
「何かの隠語を指しているのかしら?パパが?肩もみが?」
「ま、まほらさん。その辺は深堀りしなくても……。してもいい事ないと思う……」
「あら、そう」
黄泉辻は苦笑いでまほらの探求心を静止すると、五万円を片手にキッと凪原を向き直す。
「とにかく凪くん!まほらさんが混乱するからその話は終わり!さぁ!このお金を受け取って!あたし……このお金で凪くんを一番にしたいの……」
「あいにくホストクラブじゃねーんだわ」
凪原は苦々しい顔をしながら、少し考える。お金は足りないが、正直言ってまほらと黄泉辻に出させるつもりはない。そして、しばらく悩んだ後で、意を決し、まるでババ抜きの様にピッと一枚だけ取る。
「じゃあ、深く感謝して丁重に使わせていただく。残りは却下。パパに感謝しつつ自分で使え!」
「……むぅ、わかった。でも凪くんも無理しないで。あっ、疲れてたら肩もんであげよっか!」
「……やだよ、五万取られんだろ?」
「取らないよ!?」
そして黄泉辻は作業スペースに戻る。その後ろをまほらもついていく。
「黄泉辻さん。私もこっち手伝うわ」
「えっ、本当!?えへへ、一緒に描けるのなんか嬉しいね」
「そうね。ところで、黄泉辻さん。私も美術5なんだけど」
「出た、負けず嫌い!」
上着を脱いで、袖をまくり、美術班は二人。効率は二乗。
「俺もそっち手伝う?」
「いや、凪くんはいい」
冗談交じりの凪原の提案を、黄泉辻は手のひらを向けてきっぱりと拒絶。彼の絵心を黄泉辻はよく知っている。凪原の絵は好き。――でも、それとこれとは別問題。
文化祭まで、残り八日。三人で、百人の心に届ける、とんでもなくすごいもの。だんだん輪郭が見えてきた気がした。




