文化祭準備期間⑥ チケットの行方
文化祭まで残り十日。
――凪原家、夕飯後のひととき。
「そうそう。じーちゃん、いらない鳥居ない?」
「あるわけないじゃろバカ孫がぁ」
学校の片隅、帰宅部の部室に神社のお祭りを出現させようという荒唐無稽な模擬店。神社と言えば鳥居が必須。ダンボールで作るのではどうにも感じが出ない。ならば本物を、と凪原司は祖父典善に聞いてみたところ、冒頭のやりとり。
「ふむ、文化祭でのう」
「廊下に収まるくらいのサイズ。知り合いで誰かいらないの持ってない?ほら、凪原典善70年の力でさ」
「人をウイスキーみたいに呼ぶのをやめい。まぁ、探してはみてやるわい。他にいるもんは?」
凪原はスマホの画面を見せ、幾つか指差す。
「いいの?……例えばこういうのとか、これとか。お金はないんだけど」
「お前が金ないのはワシがよく知っとるわ。気にするな、ツテくらいあるわ」
「じゃあお礼にチケットやるから、冥土の土産に見に来なよ」
その言葉を聞いて、典善は目を見開く。
「メイド……!?まさか渚ちゃんが……!」
「色々ちげーわ」
――黄泉辻家。
「パパ、テレビ局の人とかからスピーカーとか沢山借りられない?あと、なんか煙出すやつと、プロジェクターみたいなやつ。だめ?」
黄泉辻渚は父である黄泉辻不動の肩をマッサージしながらお願いをする。父は大手不動産デベロッパー黄泉辻トラストの社長。時価総額は数千億は下らない。そんな父は溺愛する娘に肩を揉まれて夢心地だ。
「別に借りなくても買えばいいだろ。文化祭で使うの?」
「そう!そうなんだけど……、予算とかあるから、買うのはなんかダメかなって。二人に悪いし、なんか違くない?」
実際問題あまり力の強くない黄泉辻のマッサージはさほど効かない。だが、そういう問題ではない。
一時期娘の元気がなかった事は、不動も薄々気がついていた。だが、その時大きな案件が重なりすぎて、娘のために動くことが出来なかった。今でもその事が悔やみきれない。自分は、娘より仕事を取ってしまったのだと。
だから黄泉辻不動は決めている。娘から頼られたなら、何をおいても力になると。
そして、娘は高校に上がって少ししてから前と同じくらい――いや、前より明るく学校に行く様になった事を覚えている。きっと、いい友達ができたのだろうと不動は内心安堵する。
「あ〜渚はマッサージが本当うまいなぁ。時給5万円は取れるなぁ」
「えへへ、でしょ?あっ、あとね!音源?いっぱい欲しいの。あの……、こんな雰囲気の!」
スマホの画面を父の前にずいっと差し出す。
「ほぉー、なかなか凝ったのやるんだなぁ。流石うちの娘!」
「パパばっかりマッサージしてもらってずるいなぁ〜。ママ寂しいなぁ〜」
ソファに座る母・ミアがクスクス笑いながら不満を漏らすので、黄泉辻は今度は母のマッサージを始める。
「鴻鵠祭、絶対見に来てね。三人ですごいの作ってるんだから!」
優しい両親に愛されて、黄泉辻は育った。
――和泉家。
テーブルで夕食を囲む和泉家の三人。まほらと、その両親。食卓では基本会話はない。静寂が支配する食卓ではナイフとフォークの音が響いて耳に障る。だから、まほらは完璧なテーブルマナーを身につけざるを得なかった。
時折、父から質問がある以外とくに会話はない。家には料理人がいるので、母は料理を作らない。資産で言えば黄泉辻家の方が遥かに多い。でも、権力とはお金とイコールではない。
「まほら」
食事が終わりかけた頃、父秋水が口を開いた。
「御影森さんから聞いたんだが――」
ゲーム会社大手のMikagee社長御影森篤良。彼の子息も鴻鵠館高等部に通っている。
その名前を聞いた時点でまほらにはもう話題はわかりきっている。
「生徒会長選挙、負けたんだってな。……しかも、玖珂の三男相手に」
まほらはティーカップを置いて頭を下げる。
「……申し訳ありません、お父様」
「全く。現職が負けるようなものだぞ、情けない。一年間生徒会で何を遊んでいたんだ?」
「仰る通りです。返す言葉もございません」
「し、秋水さん。でも、僅差だったといいますし。ほら!まほらは中間考査も学年一位でしたよ」
秋水の顔色を窺いながらも母・真尋がフォローを入れる。だが、それは火に油。
「はっ、テスト?どうせ玖珂のは真面目にやってないのだろ?戦っていない相手に勝ってそんなに嬉しいか?」
使用人が淹れた食後のコーヒーを一口含み、短く一度息を吐く。そして、自分を納得させる様に一度頷く。
「……少し言いすぎたな。よくやった、まほら」
俯きながら、まほらは嬉しそうに口元を緩める。
「ありがとうございます」
食事を終えると、タイミングを伺いまほらは母に声をかける。
「お母さま。今度、学園祭……鴻鵠祭があるんです。私も頑張って手伝っているから、お忙しいのはわかっているんですけど、もしよかったら――」
まほらは少し震える手でチケットを二枚差し出す。去年は伝えもしなかった。チケットは細かく破ってゴミ箱に捨てた。でも、今年は――、初めてできた友人たちと一緒に頑張って作ったものを見てほしい。ありったけの勇気を振り絞り母に告げた。
「あら、本当?ふふふ、じゃあ――」
母はチケットを受け取ると、日付を見て申し訳なさそうに眉を寄せる。
「ごめんなさい、この日は安次嶺幹事長の奥様と観劇に行く約束があるの。もう少し早く言ってくれていれば……」
まほらは仮面をしっかりと被り、ニコリと微笑む。
「そうでしたか。先約があるのならしかたありませんね。チケットは一応お渡しするので、不要なら処分して下さい。それでは」
まほらは母に一礼をして、その場を離れる。
三人はそれぞれに、鴻鵠祭への準備を進める。




