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文化祭準備期間④ 三人で作る積み木の家

 鴻鵠祭に新たな賞が誕生した。名を「朱雀賞」。

主旨は「数より心」。少人数でも、強く心を打った店舗に贈られる。それは生徒会と広報委員によって、全校に大々的に知らされた――。

 その趣旨からは和泉まほらが演説で語った様な理念が感じられ、生徒たちは「さすが和泉さん、有言実行!」と口々に彼女への賞賛を口にしたが、本当の発案者がいる事を知るものは、わずかしかいない。

 


「神社で祭りをやろう」

 帰宅部の部室で企画会議。凪原はホワイトボードに『神社で祭り!』と大きく書くと、確信に満ちた声と表情でまほらと黄泉辻渚に言い放つ。

 それが、彼の考えた「とにかくとんでもなく超すごいもの」。

「お祭り……」

 黄泉辻は宙を眺めて想像を広げる。

 そして凪原に向かい親指を立てる。

「エモそう!」

 感覚でなんとなくビジョンを共有できている二人とは違い、まほらは懐疑的な眼差しで二人を眺める。

「お祭りって、ここで……?食べ物はどうするの?金魚は?本当にそれでえも言われぬ感じが出るのかしら?」

 まほらの心配こそ、凪原の思うツボだ。

「それはなぁ……」

 と、言いかけてまほらの言葉の違和感に気がつく。

「今なんて言った?」

「え?お祭りって、ここで?食べ物はどうするの?金魚は?本当にそれでえも言われぬ感じが――」

 凪原と黄泉辻は間違い探しよろしく同時にまほらを指差す。

「それ!」

 急に二人から指差されて、まほらはビクッと驚きの声を出す。

「どれぇ!?」

「あのね、まほらさん。……エモいは、きっとそれじゃないと思う」

「違うの!?」

「……つーかえも言われぬってなんだよ」

 と、思いスマホで調べて凪原は呆れ笑い。

  ――えも言われぬ、言葉では言い表せないほどである。筆舌に尽くしがたい事。

「はは、なんだこれ。結構合ってねぇ?」

 検索結果を黄泉辻に見せると、口を隠してくすりと笑う。

「本当だ。合ってるね、さすがまほらさん!」

「じゃあ、これから俺たちのエモいは『えも言われぬ』で行こう」

「はーいっ!」

 黄泉辻は元気に手を挙げて返事をして、まほらは照れ臭いやら恥ずかしいやら、口をつぐんだまま口角を上げていた。


 凪原も黄泉辻も基本思考は直感型の感覚派だ。なので、基本的に理屈に基づいた思考と行動を旨とするまほらは、二人が主導の企画会議の様子を眺めていても、『なんでそうなるの?』となる事が多い。数学でいえば、式を抜いて答えだけ書かれている様な感覚。クエスチョンマークだけが積み上げられていく。


「ねぇ、二人とも。企画会議はふぁみれすでやったらいいとおもうんだけど」

 疎外感もあり、まほらは自身の豪華な椅子を回しながら提案するが、二人とも聞く耳を持ってくれない。

「これは……?」

「出来る。でも金魚が無理だな。あんまり金は掛けられないんだけど、それでも結構必要になるよなぁ」

「パパの仕事先とかから借りられそうなの結構ありそうだけど」

「マジで?助かる」


 まったくまほらの提案を聞いていない二人にまほらの堪忍袋の緒が切れる。

「へぇ、そう。そうやって二人仲良く私を無視するのね」

「無視してねーよ。もう少し固まったらプレゼンするから待ってろ」

 そんな言葉ではまほらの孤独は癒やせはしない。

「何が固まるの?二人の仲が?雨降って地固まるみたいな?雨降ってないのに?」

「はい、無視ー」

「ほーら、無視してるじゃない!」

 まほらは鬼の首を取ったように凪原を指差し糾弾する。

「凪くん、ちゃんとまほらさんに説明しなよ」

 黄泉辻はヒソヒソと凪原に耳打ちすると、今度はそれがまほらに見咎められる。

「あっ、内緒話よ!いやらしい!」

「いっ!?いやらしくは……ないよ?」


 凪原は大きくため息をついてぱんぱんと手を叩く。

「よし、しゃーない。今考えてる俺のイメージを共有するぞ。まほら、黄泉辻座ってくれ」

 まほらはやれやれとばかりに深く息を吐いて髪を手で靡かせる。

「しょうがないわね。退屈しのぎに聞いてあげるわ。始めて?」

 黄泉辻はまほらの隣に座り、パチパチと拍手をする。

 凪原はシャッと勢いよく部室のカーテンを閉め、電気を消す。冬の夕方過ぎ、外はもう暗くなり始めていて、廊下から漏れ入る灯りだけでは室内を照らしきれない。

「よし、じゃあ二人とも目瞑って」

 黄泉辻はスッと目を瞑り、まほらは横目に黄泉辻を見て、凪原との距離を確認してから恐る恐る目を閉じる。

 薄暗い部室。目を閉じれば真っ暗闇だ。


「じゃあそのまま聞いてくれ」

 暗闇の中で、凪原の声が響く。カーテンは音を吸い、不思議と凪原との距離が曖昧に響く。耳のいいまほらでさえそうなのだから、他者は尚更だろう。

「俺は、ここに神社を作りたい。そして祭り……縁日をするんだ。焼きそば、かき氷、りんご飴……あとは?」

「わ……、わたあめ?」

 まほらが声を上げ、凪原は頷く。

「わたあめいいよな。他は?黄泉辻」

「んー、金魚すくいとかは?」

「金魚すくいは厳しいな、やりたいけどな。かわりにスーパーボール掬いにするか」

「うん、いいね。綺麗だもんね」

 黄泉辻は満足げに笑い、凪原のプレゼンは続く。

「でかい鳥居、夏の空気、聞こえる虫の音、腹に響く太鼓の音、いつの間にか異世界に迷い込んだみたいな不思議な空間。それをここに作りたいんだ」

 目を閉じたまま話を聞いていたまほらは、まるっきりあの日のお祭りと同じ光景が蘇る。例えでなく、きっと死ぬまで忘れない彼女の原風景。もしかしたら、死んでも忘れない。忘れたくないとすら思う。だが、まほらは目を開いて現実に戻る。過去にはもう戻れないから。

 

「そうなったら素敵ね。……でも、現実にはここは狭い部室だし、今言った食べ物の類は全部申請済みよ。だから、それは無理よ。いくら理想を掲げても、そんなの絵に描いた餅に過ぎないわ」

 批判したいわけではない。あまり期待してしまうと、叶わなかった時のにショックだからか。予防線を張る様に自身の心を守る言葉だ。

 この言葉が凪原にはツボだったらしい。

「いいな、絵に描いた餅。お前今日冴えてるじゃん」

 凪原は何やらメモをする。

「で、最後。これが大事。一般来場は無し!完全予約制!数は――、ちょっと計算してないからわからんけど、二日で100!この100人の票を必ず貰えるものを作ろう!俺たち3人でな」


 積んだ積み木の数々は、ようやく家の形を成してきた。

 

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