文化祭準備期間③ 100人の100票
鴻鵠館高等部文化祭、「鴻鵠祭」。有力者の子女が多く通うこの学園の文化祭は、セキュリティの面から一般入場は行われておらず、通し番号の付いた入場チケットが必要になる。
そして、チケットの半券は投票券となっていて、一番良かった店舗を書いて出口で投票を行い、もっとも票が多い店舗は【鳳凰賞】を授与され、名誉の他各種商品が授けられる事になる。
コンコンコン、と生徒会室の扉がノックされる。
室内には会長である玖珂三月と、副会長の久留里緋色、そして庶務の和泉まほらの三人がいる。
――久留里は小柄で健康的な小麦色の肌を持ち、ぱっちりとした金茶色の瞳が印象的な少女だ。赤茶がかった髪は地毛で、少し外にはねた無造作なボブヘアー、前髪の片方をピンで留めているのは目にかかるのを防ぐためか。制服のシャツの袖を捲っているのは、動きやすさを重視してのことだろう。活発な彼女の性格をそのまま映したようだった。
本来、会計や書記と言った役職もあるのだが、玖珂とまほらの事務処理能力が高すぎて必要が無いため募集をしていない。
会長席の玖珂はカタカタとキーボードを叩いている。とにかくタイピングが速い。
「あっ、うち出るっす」
久留里がドアに向かおうとすると、まほらがそれを静止する。
「いえ、私が出ますよ。副会長はお仕事の続きを」
「いやいや!うちが副会長になれたのは和泉センパイのおかげなんですから!」
それを聞いてまほらは冷たく微笑む。
「あら、そう。知らないうちに随分軽くなったのね、副会長の役職って」
蛇に睨まれた蛙。久留里はすごすごと自席に戻る。
「……じ、じゃあお願いします」
ぽんぽんと久留里の肩を叩き、今度は優しく微笑む。
「胸を張りなさい。あなたが勝ち取ったものよ?」
久留里の顔にぱあっと明るさが戻る。
「わかりました!じゃあ……、よろしくです!」
まほらは満足げに頷く。年齢は関係ない。副会長は副会長。自身の役職を軽く見せる事は許さない。
「はい、喜んで」
久留里は昨年のまほらに続いての一年生副会長。二年連続で一年が副会長になったのは、鴻鵠館始まって以来の珍事の様だ。13人が立候補した副会長選。二年の立候補者に票が分散したことと、まほらの演説の影響で同じ一年生副会長候補の彼女に票が流れたのでは無いか?と広報委員は分析した。13人の候補者の中で141票を集めたのは誇れる結果だろう。支持率は24%。
「緋色ちゃん、もっと庶務こき使っていいんだよ?それが彼女の仕事なんだから」
久留里の方を見て軽口を叩く玖珂。キーボードを打つ手は止まらない。
「あら?副会長以下の支持率なのに随分上から話されるんですねぇ、玖珂会長は」
「ん?負け犬がなんか吠えてるけど、緋色ちゃん聞こえる?」
「……誰が負け犬よ」
「君しかいないじゃん、ここには。わんわん」
「なんですって?」
玖珂はいつもの薄笑いでまほらを煽る。
常に一触即発状態。すでにノックのことなど頭にない様子。それでも仕事は円滑に進む不思議。
「何でこの状態で仕事が回るんだろう……べ、勉強になるっす」
再びコンコン、とノックの音。
「はっ、はーい!今行きま―す」
跳ねる様に緋色は入り口のドアに向かい、扉を開ける。
「お待たせしましたっす!……ちょっとバタついてて、ははは。なんのご用っすか?」
扉の向こうには凪原司の姿。
「あ、ども。ちょっと鳳凰賞について陳情に参った次第でして」
久留里は凪原を応接机に案内する。
「それじゃ、そこにお座りください。今お茶お出しするんで」
「ご丁寧にどうも」
「いえ!全然っす」
ようやく張り詰めた空気から解放されて久留里も上機嫌。軽い足取りで鼻歌まじりにお茶を淹れに向かう。
「えーっと、ティーポットっと」
ティーポットに手を伸ばそうとすると、急に後ろから白い手が伸びてきて久留里の腕を掴む。
「ひぃっ!」
腕の主はまほらだ。
「副会長?彼へのお茶は私が淹れますよ?」
顔は笑っているが雰囲気は笑っていない。
「うあっ、お願いしまっす。か、会長、お客様っすよー」
玖珂は応接机の凪原を見つけると、仕事を中断して嬉しそうに歩み寄る。
「おや、凪原くんじゃないか。どうかしたかい?あ、まほがちゃんと仕事してるか見にきたとか?」
「和泉さんがちゃんと仕事するのは知ってるよ。別に心配してない」
澄ました顔で、淹れたお茶を凪原に差し出しながら、内心まほらはうんうんと頷く。
(本当は心配で見にきてくれたんでしょ?司くんはアレね、つんでれっていうやつね!)
澄まし顔の奥でまほらは得意げに鼻息を荒くする。
「で、目的はそれじゃなくて」
「それじゃないのぉ!?」
予想のはずれたまほらは、凪原の後ろで大声を出し、凪原と久留里は驚きびくっとみじろいだ。
「庶務ちゃん話の邪魔だよ。あっちいって」
「……ぐっ」
玖珂は犬を追い払う様にしっしっと手を振る。
「で、緋色ちゃんは座る。仕事でしょ?」
「はいっす」
玖珂は真面目な顔で、少し前のめりにソファに座ると、膝の前で手を組む。
「じゃあ、話を聞こうか」
雰囲気は演説の時の雰囲気だ。隣に座る久留里は思わず口を開けて玖珂の顔を見上げている。
「うい。鳳凰賞の発表って、毎年票数と上位の発表だけだよな?」
「そ、そうっす。上位三組のみの発表と表彰っすね」
今年が初参加の久留里は資料を見ながら凪原の問いに答える。凪原は一度頷くと、人差し指を立てて1を表す。
「今年は一つ賞を追加して貰えないかな、と」
「わかった、いいよ」
玖珂は内容も聞かず、こくりと一度頷き笑顔で即答。凪原も、久留里も、遠巻きに見守るまほらも口々に驚きの声をあげる。
「か、会長。本当にいいんですか?内容も聞かないで受けちゃって」
久留里は不安そうに玖珂を見上げる。
「うん。まぁ、いつもそんな事する訳じゃないんだけど、相手が彼だし?何か考えがあるんだろうから、……黙って乗った方が面白くない?」
薄笑みを浮かべる玖珂を見上げ、久留里はごくりと唾を飲む。
「べ、勉強になるっす……」
「多分だけど、これ参考にしちゃいけないやつだと思うぞ?」
玖珂は凪原に手を向け、続きを促す。
「はい、賞を増やす事はもう決めたから。どんな賞を増やしたいの?頑張ったで賞?」
玖珂の軽口には構わずに、凪原は口を開く。
「当たり前の事なんだけどさ、今の鳳凰賞はたくさん人が来た店舗が有利だろ?」
「まぁ、だろうね。それで?」
「て事は、極端な話、どれだけ不満だった人が多くても、来場者さえ多ければ、相対的に沢山の票を集められて、鳳凰賞を獲れるかもしれないんだよな?」
玖珂は足を組み、頬杖を突きながら手を横に振る。
「話が長い。回りくどいから結果から言ってくれる?」
「一番満足度の高い店舗に賞をくれ。一票の価値は同じかもしれないけど、俺は1000人からの100票より、100人の100票が欲しい」
「名前は?」
まほらは無言で玖珂に書類を一枚差出し、玖珂はサラサラと書類に記入を進める。
凪原が反応しないので、チラリと上目に見てもう一度問う。
「名前は?賞の名前」
まほらも、玖珂も、久留里も凪原を見る。凪原は一呼吸置いて、満を持して口を開く。
「朱雀賞。鳳凰よりは小さいかもしれない。けど、もっと赤くて熱い賞だ」
玖珂はまたまほらから何かを受け取り、ダン!と音を立ててそれを机にたたきつける。――正確には、机の上の書類に会長印を叩きつける様に押した。
「採用」
玖珂は一枚の書類を凪原の前に差し出す。その書類は『鳳凰祭企画・計画変更届』。生徒会長の印が押印された正式な文書だ。
「でも君は欲がないなぁ。僕なら、……1000人から1000票取りに行くけどね」
凪原はヘラヘラと気のない笑みを浮かべてソファを立つ。
「ま、それは好きにしてくれよ。とにかく、俺たちは――」
凪原は玖珂を指差して宣戦布告。
「100人が100人、10年後も思い出せる様なのを作る。何かとんでもなくすっげぇやつだ!」
はたから聞くと馬鹿っぽい言葉に響くだろう。だが、玖珂は不思議と皮肉をいう気持ちにはならなかった。
「……僕にも招待状くれるんだろうね?」
凪原はニッと笑う。
「もちろん」
いつのまにか凪原の後ろに移動していたまほらは腕を組んで得意げに、むふーっと鼻息荒く、今にも満面の笑みが溢れそうなのを必死に堪えて玖珂たちを見下ろしている。
初めて見るまほらの表情に久留里は驚く。
(えっ、かわっ。まほらセンパイあんな顔するんだっ!?)
凪原は、可能性の積み木を一つずつ積んで、空に浮かぶ月へと手を伸ばす。




