文化祭準備期間② 闇と神社とお祭りと
凪原司たちのクラスの出し物は定番の一つ『お化け屋敷』。人気の出し物ではあるが、クラスの文化祭実行委員である渡瀬まつりが爆速で提出したため、希望通りの結果となった。
コンセプトは『ド直球のお化け屋敷』に決まり、奇をてらわない本格お化け屋敷を標ぼうして小道具大道具の制作に入ることになる。凪原は大道具、黄泉辻渚は小道具、和泉まほらは全体工程管理に決まった。
時は放課後、凪原はトンテンカンテン槌を鳴らして、壁に使う木の板を作成している。
「ちわ~、なかよし教です~。あなたはなかよしを信じますか~?」
この頓狂な呼びかけはなかよし教の教祖を自称する渡瀬まつりである。凪原は顔を上げずに答える。
「あ、うち神社なんで宗派違うっすね」
「まじ?神社?エモくない!?」
まつりは凪原の横にしゃがみ込み、感嘆の声を上げる。思わぬ反応に凪原の手が止まり、隣のまつりを見る。
「エモいか?何の変哲もない古くて小さい神社だぞ?」
「古いのいいじゃ~ん。どこ?家近い?今度お参り行くわぁ」
話しながら空いているトンカチを手に取り凪原の作業をさりげなく手伝う。
「ここから徒歩40分。結構遠いよ。つーか、本当何にもないし」
「凪原の鞄についてるお守りも凪原神社の?」
意外に目ざとく人を見ていて、凪原も少し驚く。
「残念。凪原じゃなくて凪野神社っつーんだ」
「へー。なんかうけんね。まぎらわし」
まつりはケラケラと笑う。
「渡瀬さんはさー」
「ん?別にまつりでいいけど。渡瀬とか言っても返事しないよ?」
普段話さない人と話す事で、何かアイディアを得られないか?との考えもあったが、単純な興味もあり凪原は会話を続ける。
「思い出してみたらまつりさんは体育祭の時も委員やってなかったっけ?」
「お、知ってんねぇ」
まつりは嬉しそうに笑い、トンカチもリズミカルに木の板を打つ。
体育祭委員、文化祭実行委員、名前はまつり。
「もしかしなくてもお祭り好き?」
まつりは『バレたか』とばかりに照れ臭そうに頭をかく。
「あはは、そうそう。実は、あーしお祭り好きなんすよ」
「実はも何もバレバレでしょ。名前もまつりだし」
「おっと、残念。名前の由来は違うんだな~」
中々予想外の言葉に凪原もつい食いついてしまう。
「嘘。なんだろ?」
まつりは得意げに指で宙に漢字を書く。
「花でジャスミンってあんじゃん?あれ漢字で茉莉花って書くんだよね。んで、最初漢字にしようと思ったみたいなんだけど、ママが『字多くね?』っていって『まつり』になったんよね。ウケるっしょ?」
返事をする前にまつりはニッと笑う。
「でも、この名前のおかげでお祭り大好きだけどね。エモいじゃん、お祭りって。凪原の神社はお祭りやってないの?」
「いや、マジでうちそういうのじゃないんだよ。一度見ればわかるから」
話をしていると、遠くのほうから『まつり~、これどうやんの~』と呼ぶ声がする。
「おっと、行かなきゃ。そんじゃ、あんま無理しないでキリのいいとこで。まだ時間あっからさ」
はいはい、今行く~と大きな声で返事をしながらまつりは廊下の向こうに走って言った。
神社はエモい。祭りはエモい。今まで考えたことのない感想に凪原は一人感心する。(まほらと黄泉辻ならなんて言うかな?あとで聞いてみるか)
最終下校時刻。文化祭が始まるまでの間、部活に入っていない生徒も多くはこの時間まで残る事になるのだろう。みんながまとめて帰宅するため、この時間にしては生徒の数が多い。黄泉辻は今日は小道具班の友達と先に帰ったようだった。試しにメッセージアプリRhineで『神社とか祭りってエモい?』と聞いてみる。
凪原が送ったメッセージは即座に既読になり、『エモいよね。わかる。お祭りまた行きたいな~。凪くんの神社でお祭りやったら?あたしたこ焼き得意だよ』と返信が返ってくるので、『たこ焼きはもう埋まってるよ』と返信を送る。
さて、帰るかと凪原が下駄箱を後にするとスマホが揺れる。メッセージの主はまほら。
「部活よ。出たらすぐ角を曲がりなさい』
謎のメッセージに加えて『急げ!』の文字と泳ぐウミガメのスタンプが送られてくる。
暗号のようなメッセージを凪原は思案する。
(部活って言ったって、最終下校は過ぎてるよなぁ。出たら角)
と、校門を出て大通りに向かう角を曲がるとそこにはまほらの姿。
「久しぶりに典善さんに会いたいからついでに乗せて行ってあげる」
要するに、タクシーに乗って凪原の家に行く、と言うわけだ。
なるほど、帰宅部にとって帰宅は部活か、と当たり前の新たな発見に一人納得。
そして、例のごとくアプリでタクシーを呼んで、それに凪原とまほらは同乗する。三人の時と違い、二人とも後部座席だ。
ドアが閉まり、タクシーは走り出す。季節は秋から冬に差し掛かろうかという季節。この時間になるともう外は暗い。夕日が西の端の空でわずかな抵抗を見せ、それ以外は空は暗く染まっている。
以前二人でタクシーに乗った時は、膝枕をした。まほら曰く、昔の約束。
チラリと凪原がまほらを見ると、まほらはクスリと挑発的に笑う。
「もしかして、膝枕でもしてほしいの?」
「してほしいって言ったらしてくれんの?」
挑発には挑発で返す凪原。
まほらは凪原の目を見る。
「付き合ってないんでしょ?」
「そりゃね」
まほらが左手を少し動かすと、凪原の右手に触れる。触れるだけで二人とも手は動かさない。
鴻鵠館から約10分。タクシーは石階段の下に到着する。以前は夏。今は晩秋。街頭も少ない街はずれ。鬱蒼と茂る木々のアーチは黒一色の影絵のように見える。
「転ぶなよ」
「ありがと」
凪原はまほらの手を取り、階段を上る。全部で九十九段の長い階段。上る途中で振り返ると、道路の付近に明かりが見えるだけで、階段自体は深い闇。
「ふふ、お化け屋敷の参考になりそうね」
「化け物はいねーけど、バケモンみたいな爺はいるぜ?」
「あ、典善さんに言ってやろ」
「やめてくれ」
軽口を二人で笑いあううちに階段の上に着く。最上段に座ってみると、真っ暗な先に街の明かりが見える。高台にあり、そこからさらに階段を上るので、街の明かりは星の光のように輝いて見える。
「文化祭の件、いいアイディアは浮かんだ?」
「ん~、薄ぼんやり靄の向こうに何か見える気がするんだよなぁ」
階段の上に座る二人、まほらの右に凪原が座る。まほらの右手は、凪原の左手と重なる。
「あ、そうそう。今日まつりさんと話したんだけどさ」
「……まつりさん」
話の腰を折って凪原にジト目を送るまほら。
「へぇ、ほかの女性の事も名前で呼ぶんだ?」
「違う。だって、苗字で呼ぶと返事しないっていうから」
「あ、そう。せっかくだから?黄泉辻さんのことも渚って呼んだらぁ?」
嫉妬交じりのすねた声で皮肉を言う。
「何言ってんだよ、渚より黄泉辻の方がかっこいいだろうが」
「……カッコいいとかじゃないんですけど。はいはい、その話終わり。まつりさんがなに?」
「神社と祭りがエモいって言ってたんだけど、みんなそう思うもんなのかな?」
「んー、みんなかどうかはわからないけど、少なくとも私は……あの時のお祭りの事は一生忘れられない。音だって、匂いだって、今でも鮮明に思い出せるわ」
まさにそれを試すようにまほらは微笑み目を閉じ、凪原はついドキリとしてしまう。
「司くんは違う?」
まほらは目を開けて、凪原の顔を覗き見る。
「覚えてるに決まってんだろ。俺のほうがはるかに鮮明に4Kで思い出せるわ」
「へぇ、じゃあやってみなよ。はい、目瞑って思いだしてみて。4Kで」
いわれるままに目を瞑る。あの日の提灯の明かり、太鼓の音、人込みに湿度。ソースの香り。そして、まほら。嘘偽りなく今でも昨日のように瑞々しく思い出せる。
――あの事故が無かったら、今頃俺たちはどうなっていたのだろう?考えないと言えば嘘になる。
そんな事を考えていると、不意に唇に何か柔らかい感触。
「なっ……」
驚き目を開くと、まほらが唇に指を触れていた。
目が合っても、少しの間まほらは指を動かさず、風が木々の葉を揺らす音だけが流れる。
「何か……?」
凪原の口が動くのと同時にまほらは指を引く。そして首を傾げながら、つい衝動的に行なってしまった行動の言い訳を探す。
「あ、あー。蚊、だね。うん」
「この季節に蚊ねぇ」
凪原も苦笑する。もちろんそれが嘘なことは知っている。
何となく、パズルのピースが埋まってきたような感覚にとらわれる。夢のような体験、お祭り、神社。忘れられない何か。――あとは実現できるかどうか。




