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文化祭準備期間① 祭りの種

 鴻鵠館の文化祭、『鴻鵠祭』は、11月下旬に二日間掛けて行われる。文化祭まであと一か月。生徒会と文化祭実行委員は既に準備に動き出しているが、クラス・部活は概ね今週から動き始めている。

 食べ物関係は防火・防災・衛生上の縛りがあるので、綿密な計画書の提出が必要になる。そして、同じメニューは基本的に先に提出したところが優先であり、後から提出したクラスは許可が下りづらい。


 各クラス・団体の届け出はほぼ出そろい、これから予算の承認や、開催の許可及び関係役所への届出などが始まる。


 今日は帰宅部部室にて帰宅部としての出店計画の企画会議である。

 「ねぇ、凪原くん。ほかのクラスの出店計画ほぼ出揃っちゃったけど大丈夫かしら?後出しで同じ企画は通りづらいわよ?」

 まほらの手書きメモによると、飲食系はやはり人気で、わたあめ、クレープ、焼きそば、たこ焼き、ケバブ、お好み焼き、チョコバナナ、りんご飴はすでに提出済みのようだ。

「人気どころは大体埋まっちゃってるね」

「黄泉辻さん残念ね、コスプレ喫茶は3-Eに取られちゃってるわね」

 一番豪華な椅子に足を組んでふんぞり返るまほらは意地悪そうにクスクスと笑う。

「どうあってもあたしをコスプレ好きにしたいと!?」

 凪原はまほらの話を聞きながらノートを前に頭を抱える。

「とは言っても飲食系はやる気ねーけどな。そもそも人数が少ないし、黄泉辻は茶道部の方でもあるんだろ?」

「うん、茶道体験。あとクラスの出店の手伝いもしなきゃだよ」


  凪原たち2-Aはお化け屋敷。ちなみに、玖珂三月のいる2ーCは本格手作りケーキらしい。

「う~む、俺たち三人でできて、あんまりお金かからなくて、みんなの心に焼き付く何かとんでもなく超すごいもの……」

 凪原の独白を聞いてまほらは口元を抑える。

「凪原くん、すっごいバカみたいな事言ってるの気づいてる?」

「……はいはい、わかってますって」


 気分転換に立ち上がる。考えていればアイディアが沸くとは限らない。何でもいい、何か些細なことからでもアイディアを探す。

「一応聞いてみるけど、まほらは何かアイディアあるか?」

 ついうっかりのまほら呼び。凪原は気が付いていないが、まほらと黄泉辻はしっかりと聞いた。顔を赤くした両者は互いに口を丸く開け、黄泉辻はぎこちない動きで首を動かしてまほらの顔を見る。

 二人の反応の理由が理解できず、凪原は怪訝な顔で首をひねる。

「なんだ、その顔」


「なななな何だはこっちのセリフよ、凪原くん!しゅっ、主人を呼び捨てにするなんて、どういうつもりなの……かしらねぇ」

 いつもより罵声にキレがない。凪原は何言ってんだ、こいつ?といった顔をした後で、ようやくまほらの言葉を理解した。

「え」

 黄泉辻を見ると、黄泉辻が照れた顔でニコニコと微笑んでいる。

「……言ってた?」

「うん、結構たまに言ってるよね」

 黄泉辻は正直に告げる。

「マジすか」

 急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にする凪原。

「えへへ、別に隠さなくてもいいのに」

「いやっ、違う。それは間違っているぞ、黄泉辻。隠している訳じゃなくて、たまたま間違っただけなんだ。お前だって絶対あるだろ?先生をママって言っちゃうやつ。それと同じなんだよ」


 まほらは口をつぐんで凪原に弁明を任せることにした。口を閉じて口角をあげたまま事の成り行きを見守る。

「ふーん」

 珍しく少しすねた様な声で黄泉辻は言葉を続ける。

「別にいいけどさ。隠したいならもう言わない。ごめんね」

 そして、すぐにいつも通りの笑顔に戻る。黄泉辻は人の輪を大事にする。空気を読む事が得意。人に合わせる事も得意。

 

「わり、みんないないときはまほらって呼んでんだ。だから癖で出ちまった。ははは、屁みたいなもんだな」

 凪原はまほらを指さしておもむろに真実を告げる。そして下世話な例えをして一人ケラケラと笑う。

「その例えはひどくない!?」

 思わずまほらも声を上げる。黄泉辻は嬉しさがこらえられず、つい口が緩む。

「だと思った。前から聞いてみたかったんだよね、たまに言ってるからさ。あはは」

 おそらくは凪原の祖父典善と再会した後からだろう。思わぬ黄泉辻の言葉にまほらの顔は真っ赤だ。

「そっ……そんなに呼ばれてた!?うそ、全然気が付かなかったぁ」

「気体だからだよ」

「そのたとえやめて!」


 二人のやり取りを楽しそうに黄泉辻は眺める。

「ついでに一つだけ聞いちゃおっかな。二人は付き合ってたりは――」

『してない』

 二人の声がぴったりと重なって否定する。

 それがまた面白くて黄泉辻は笑う。

「そっか。まだかぁ」

 黄泉辻はチラリと凪原を見る。凪原は嫌そうに手を横に振る。

「まだとかじゃねーから。拡大解釈すんな」

 

 まほらは大きくため息をついて首を横に振る。

「ねぇ、黄泉辻さん。ちょっと座って」

 まほらは足を組み、腕を組んで黄泉辻を睨む。だが、顔が赤い。

「あなた言って良い事と悪い事の区別がつかないの?今のそれは明らかにラインを超えたわよ。それはダメ。それは人を傷つけるいじりよ?」

「えっ!?あっ……、ごめんなさい!」


 なんとか言いくるめられてまほらはふぅと胸を撫で下ろす。

「わかればいいの。気を付けてね」

 (……へぇ、そう見えるんだ)

 

「はいはい、くだらない話は終わり。アイディア出し、アイディア出し。まほら!罰として何か出せ!」

 もう開き直ってのまほら呼び。この三人なら問題ないという凪原の信頼の現れだ。ここで照れるのも負けた気がする。まほらは全力で仮面をかぶり直し、それに答える。


「そうね。予算は?」

「少ない。つーか、帰宅部の部費千円って舐めてんの?」

 まほらはいつも通り頬杖をついて言葉を続ける。

「予算なし。やって良い事の範囲は?事の善悪や遵法精神に拘らなければいくつかアイディアはあるけど」

「そこは最低限こだわってくれ」


「はぁ、本当ああ言えばこういう」

 わざとらしく大きくため息をついて、まほらはピンとひらめく。

 

「そうだ。ふぁみれす!ふふふ、この間は本当に楽しかったわね。まるで夢の中にいるみたいで。お祭りみたいだったわ!決定ね!ふぁみれすにしましょう!ドリンクバーを作って、メニューもたくさん――」

「却下。今回はお前に決定権はない」


 と、言って凪原は考える。実現可能かは別として、あの日のファミレスはまほらの心に深く残った。

 今はまだ形にならない、イメージの種がそっと植えられた気がした。


 鴻鵠祭開催まで、あと一か月。


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