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繋がるRhine(ライン)

 和泉まほらの生まれた和泉家は代々政治家を輩出する名家である。父、和泉秋水は現役の閣僚であり、祖父岳山は与党幹事長を務めた。総理大臣こそ輩出していないものの、親戚筋を含めれば、政治家や上場企業社長など枚挙にいとまがなく、正に華麗なる一族を名乗るに相応しい家柄だ。


 スマホで調べてもそれらの情報は容易に出てくる。凪原司は画面に映るそれらを眺めて無意識に眉を寄せる。

 

「ねぇ、凪くん一つ聞いていい?」

 2年A組。黄泉辻渚はいつものパック飲料を飲みながら凪原に問い掛ける。

「いつも世話になってるからな。一つと言わず、二つくらいはいいぞ」

「あはは、けちくさっ」

 離れた席からまほらの視線を感じつつも会話を続ける。

「何だよ。じゃあ三つまでいいよ」

「えっとさ。凪くんのRhine(ライン)アカウント名とアイコンってさ」

 ストローを咥えながらスマホを操作して、Rhineの画面を開く。画面に映るのは大手コンビニ「アミリーマート公式」と書かれたアカウントとアイコン。

「何でこれなの?」

 どうやらそれが凪原のアカウントらしい。

「ねぇ、なんで?アミリーマート公式さん。何かお得な情報くれるの?」

「来週からアミチキ増量っすよ」

 凪原が答えると黄泉辻はケラケラと笑う。

「本当にくれたし」

「いや、嘘だけど」

「嘘かい」


 凪原は首を傾げて思案する。友達の少ない彼のアカウントを知るのは家族以外ではまほらと黄泉辻だけだ。

「んー、まぁ。特に理由は無いけどな。強いて言えばアミマ派なだけ」

「それはかなり熱狂的だねぇ。でもなりすましとかで怒られないように注意してね」

「まぁRhineだけだし。他のSNSで外向きに発信したりはしないからその辺は大丈夫だと思うよ」

「そっかそっか」

 そんな話をしていると、凪原のスマホが短く振動する。メッセージ一件あり。送信主は和泉まほら。悟りを開いたような目をしたスンとした瞳のウーパルーパーのスタンプが送られてくる。

「なにそれ、かわいっ」

 画面を見ていた黄泉辻が喜びの声を上げる。凪原がチラリとまほらの方を見ると、まほらはこれ見よがしにあさっての方向を向いている。


「他のスタンプもあるのかな?」

 ワクワクした様子の黄泉辻の声。直後再び凪原のスマホが震え、今度は口と目を大きく開いたアロワナのスタンプ。目は血走っている。

「あははっ、あたしも買おうかなコレ」


「黄泉辻、多分だけどこのスタンプの意味はな」

 思ったより耳のいいまほらに聞こえないように凪原はヒソヒソと黄泉辻に耳打ちをする。

「ふんふん……。あっ、そっか!」

 凪原の耳打ちを受けて、黄泉辻は勢いよく席を立つ。


 そっぽを向くように凪原たちから目を背けるまほら。

「まほらさん」

 その後ろから黄泉辻の声。

「Rhine交換しよ?」

 その言葉を聞いたまほらは一瞬ピクッとみじろぎした後で、油の切れたブリキ人形の様に振り返る。

「ま、まぁ?あなたがどうしても交換したいと平身低頭懇願するなら私としてもやぶさかでは無いけど?」

「なんでやねん」

 思わず凪原がお寒いツッコミを呟くが、黄泉辻は全く意に介さず満面の笑顔で何度も頷く。

「うん!お願い!どうしても交換して欲しいの!」

 あまりに真っ直ぐな言葉に流石のまほらもやや照れくさそうにスマホを差し出す。

「……やり方よく分からないから」

「ありがとう!じゃああたしがQRコード出すから……」


 黄泉辻のアドバイスもあり、すぐに二人のRhine交換は完了する。取り敢えずスタンプを一往復させて開通のご挨拶。

 まほらはスマホを手に少し嬉しそうに微笑んだ。


「あっ、ねぇ!三人でグループ作らない?」

 黄泉辻は正に名案とばかりにスマホを掲げる。きっと二人も賛同してくれるだろう、との提案だ。

「ごめんなさい。それは無理」

 だが、まほらはいつもの無表情よりさらに冷たく無感情にそう告げた。黄泉辻をもってしても「何で?」と聞き返せない様な重い空気を纏って。

「うぁ……」

 黄泉辻は助け舟を求める様に凪原を見る。凪原は特にショックを受けるでも無くいつも通りヘラヘラと笑う。

「和泉サンはアミマ派では無いんだよ。黄泉辻は気にせず送ったらいいと思うよ。俺は俺で孤独にアミマのお得情報を送るからさ」

「……そっか。オーソン派なのかなぁ」

 一人納得して、寂しそうな視線をまほらに向ける黄泉辻はきっとアミリーマート派なのであろう。


 ――その夜、都内某所。

 都内には不釣り合いな程広大な土地に緑が広がる和風の邸宅。門の横には警察官の詰め所があり、警戒杖を持った警察官が辺りを警戒している。現役閣僚和泉秋水の居宅である。


「お嬢様」

 和泉家の使用人と思しき壮年の男性が手を差し出し、まほらは無言でスマホを差し出す。

 父に課された使用人によるスマホチェックだ。華麗なる一族和泉家の一人娘として、悪しき交友関係を持たぬ様にと不定期に義務付けられている。

「この黄泉辻渚と言う方は?」


「女の子よ。クラスメイト。大手不動産デベロッパー「黄泉辻トラスト」社長・黄泉辻不動の息女」

 無表情にまほらが答えると使用人は満足そうに微笑む。

「おぉ、それは。良き友人を持ちましたな。きっと秋水様もお喜びになることでしょう」


 一応の配慮として内容を詳しく見る様な事はせず、アミリーマート公式や、いくつかある企業アカウントは監視の外の様だ。

 和泉まほらは今日も一人胸を撫で下ろす。


 一年半後、18歳の誕生日にまほらは婚約者と結婚をする。だから、せめてそれまでは――、この関係を終わらせたくないと願う。

 

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