トライアングル
「ねぇ、凪原くん?私抜きでやる何かすごいことってなぁに?あ、もしかしてクーデター(笑)?私に(笑)?」
放課後、生徒会の仕事を早く終えた和泉まほらは、帰宅部の部室で凪原司への尋問を行っている。豪勢な椅子に座り、頬杖をついて足を組み、凪原を問い詰める。
「いやいや、話をよく聞いてくださいよ和泉サン。」
――発端を語るには、少しだけ時を遡る。
(今日は早くてよかったわ!それにしても選挙以降あんまり部室には行けなかったし、たまにはみんなで……、あっ!そうよ!選挙の打ち上げ!まだやってないわ!ふふふ、そうよね。二人ともいっぱい助けてくれたんだし、みんなで楽しく美味しいものでも食べちゃったり――)
生徒会室から帰宅部部室に向かうまほら。長々と長文早口の思考から、待ち遠しさが滲み出る。そして、彼女の優秀な頭脳に稲妻のように名案が閃いた。
(ハッ……!放課後、三人でふぁみれす……!行っちゃう!?)
校内にもかかわらず、舞い降りた名案に頬が緩んでしまう。ウキウキと早足で、弾むような足取りでまほらは部室へと急いだ。
幼少時から、扉とは音を立てずに開けるのが美しいと叩き込まれているまほらは、まるで茶道の様に、両手を添えて帰宅部のドアを開ける。
中には凪原と黄泉辻がいて、ホワイトボードを出して何やら意見を出し合っている。周辺視に優れるまほらはホワイトボードに「文化祭」の文字を見つける。
(文化祭!そっか、クラスとは別に部活の出し物もあったはず!ふふっ、また三人で――)
「――まほら抜きでな」
「なんですって?」
浮かれ気分のまほらは一瞬ですんと無表情になる。
真剣な表情で語る凪原は、その瞬間ようやくまほらの存在に気がつき、冒頭に至る――。
「もちろん聞いた上での疑問だけど。それとも私の読解力に疑問が?国語百点全教科学年一位の私に二十一位の凪原くんが?あはは、面白い冗談ねぇ」
いつもより執拗な凪原への尋問。それは一度は手放しかけた赤い鎖への寂しさの裏返し、かもしれない。
結果、土壇場で玖珂三月が要求を変えただけで本来彼は本気でまほらから凪原を奪う気でいたに違いない。圧倒的大差での勝利ならともかく、あの僅差でそれをするのは彼の矜持が許さなかった、と言うことだろう。――つまり、玖珂自身はアレを勝利とは認めていない。
黄泉辻はあわあわと両手を動かしながら凪原の弁護とまほらへの仲裁に割ってはいる。
「うぁ、あ、あのまほらさん。誤解だよ。凪くんは悪くないんだよ」
まほらは腕を組みながら、子供のように頬を膨らませて、フットレストをぼふっぼふっと軽く蹴る。
「もうっ、黄泉辻さんまで凪原くんの味方するの?」
凪原に対するよりも当然態度は軟化している印象。内心ホッとしながら黄泉辻は弁明の言葉を続ける。
「味方とかじゃなくて、本当にただ帰宅部で文化祭何やるか決めてただけだよ」
「じゃあなんで私抜きって言うのよ!おかしいじゃない!これは明白ないじめよ、いじめ!さぁて、何委員に糾弾させようかしら。生徒会の権力を甘く見ないことね」
黄泉辻に対しては、プンプンと年相応の怒りをぶつける。
「庶務そんな力あるん?」
凪原が冷ややかな視線を送ると、まほらはキッと凪原を睨む。
「まぁ、まぁ!まほらさん、はい乳酸菌!」
再び仲裁に入る黄泉辻はパックの乳酸飲料をまほらに献上する。
「あら、ありがと」
パックにストローが刺さっている事からおそらくは黄泉辻の飲みかけだろう。まほらは一瞬ドキリと躊躇をしつつも、できる限り平静を装いパックを受け取りストローを口に含む。
乳酸菌でほっと一息。まほらは落ち着きを取り戻す。――。
「なるほどね。つまり、私の力じゃなくて、あなたたち二人の力で何かすごい事をしたい、と言う事ね」
大事そうに乳酸飲料のパックを両手で持ちながらまほらは一応納得した雰囲気で頷く。凪原と黄泉辻は互いに強く頷いて激しく同意を示す。
「そう、そうなんだ」
「えへへ、誤解だって言ったでしょ?」
「でも私が仲間外れの事実には変わりないじゃない!」
パックジュースを両手で持ち足をばたつかせ、駄々をこねるその姿はまるで子供の様だ。
「仲間外れじゃねーよ。もちろん一緒にやってほしいし、手助けはしてほしい。でも、主体は俺と黄泉辻に任せて欲しいって事」
まほらはストローに口をつけながら、懐疑的な視線で凪原を見上げる。
「……普通に三人でやる、じゃあダメなの?」
凪原は申し訳なさそうに頷く。
「悪い。一歩引いてほしいんだ。でも一緒にやりたい」
いじめでも、いじわるでも、軽口でも悪ふざけでもない事はもうわかっている。ただ、理屈と感情の出どころがわからない。わからない事は不安だ。
「……随分細かい事にこだわるのね。なんで?」
「玖珂三月に勝ちたい、から」
凪原はぼかさず真っすぐまほらに告げる。
月とスッポン。そのスッポンが月に触れようと手を伸ばす荒唐無稽な絵空事。もしかすると、玖珂が総理大臣になるよりハードルの高い行為かもしれない。
家柄、能力、人脈。そのどれを取っても玖珂のそれは高校生のそれではない。何をもって勝ちとするのか、などと野暮な質問をまほらはしない。勝ちたい、と思うその気持ちだけが重要であり真実だから。
だが、どんな条件だとしても、彼に勝つと言う事の困難さはまほらがよく知っている。
「……ばかね」
まほらは小さくため息をつくと、椅子から立ち上がり凪原の前に立つ。
「大変よ?」
優しく微笑み、手に持つパック飲料を凪原に渡す。
凪原はパック飲料を受け取り、ニッと笑う。
「頑張る」
無理。できるはずない。近づくな。そのどれもまほらは言わなかった。それが凪原は嬉しかった。素直に言えないまほらが凪原に贈れる最大限の背中を押す言葉。
雨の日、ここで弱音を吐いた凪原はもういない。黄泉辻は隣で嬉しそうにその表情を眺める。
「それで?黄泉辻さんは?」
「あたし!?……あたしは――」
黄泉辻は口ごもる。『あたしは負けたまま』、と黄泉辻は凪原に語った。何に?選挙に?玖珂に?それはまだ、誰にも一度も言葉にした事のない気持ち。
それを察してか、まほらはクスリと意地の悪そうな笑みで黄泉辻を煽る。黄泉辻が凪原に行った児戯とは違う、本物の煽りだ。
「またお手伝い?」
完璧な表情と声の調子。たった一言で黄泉辻の心に灯がともる。
「怒らないで聞いてくれる?」
黄泉辻はまほらの目をじっと見る。
「えぇ、もちろん。友達だもの。あなたが何を言っても受け入れるわ」
ニコリと優し気に微笑む。
そして、黄泉辻は口を開く。
「あたしは、まほらさんに負けたくない」
まほらは驚き目を見張る。
そして、次の瞬間真顔で黄泉辻を指さし凪原に指示を飛ばす。
「凪原くん。クーデターよ。鎮圧しなさい」
「……友達に使う単語じゃねーんだよ」
凪原のツッコミを受け、まほらは挑発的な笑みを見せて黄泉辻の右頬に触れる。
「ばかね。そういう時はね、……勝ちたい、って言うのよ」
まほらから黄泉辻へのエール。黄泉辻は力強くコクリと頷く。
「わかった。あたしはまほらさんに……勝ちたい」
まほらはふっと口元を上げ、満足気に呟くと、長い髪を手でなびかせた。
「百年早いわね」
「なんなんだ、お前」




