生徒会選挙編⑤ 会長演説・和泉まほら
――選挙当日。
演説時間は一人五分。副会長選から行い、休憩を挟んでいよいよ会長選挙となる。
順番は選挙管理委員会用意によるくじ引きで決まり、全ての演説を終えた後で投票が行われ、即日開票の流れだ。
この日をもって旧生徒会は引退し、新たな生徒会長と副会長の下、生徒会執行部が始動することとなる。
場所は体育館。凪原司と黄泉辻渚はクラスの席に座っている。支援者である彼らに出来ることはもう無い。隣の席で、互いに心臓の鼓動を高鳴らせ、緊張に足を震わせる。
「……うぇ、凪くん。吐きそう」
黄泉辻は緊張のあまり、顔面蒼白で口を抑える。
「今のうちトイレいっとけよ」
「そーする〜……」
角度的に凪原からは舞台袖が見え、まっすぐな姿勢で座る和泉まほらの姿が見えた。視力も良く目敏いまほらは黄泉辻が席から離れたことを心配し、眉を顰めて凪原にアイコンタクトをとる。凪原は小さく手を横に振り、心配するなと伝えたが伝わったかはわからない。
副会長候補達の演説は終わり、間も無く会長候補の演説が始まる。ただの生徒会長を決める選挙では無い。まほらの価値を証明し、大切なものを守る為の戦いだ。
舞台袖では選管や教師達が慌ただしく動いている様子だ。それもそのはず、もう一人の候補者、玖珂三月はこの段に及んで未だ姿を現さない。演説自体はいわばアピールタイムである為。演説を行わなくても選挙自体に影響はないが、ただの一言も、なんの意思表示もしないまま選挙を終えることになる。万が一にでもそれで当選などしようものなら前代未聞の出来事である。
自信からか、諦めからか、それとも興味を失ったのか?なぜ彼が現れないのかをおそらくこの場の全ての人々は疑問に思っている。だが、まほらの言葉を借りれば「奇人の考えを理解しようとしても無駄」なのだろう。
まほらはそんな事はもう全く気にしていない。凪原も、黄泉辻も、全力で協力してくれた。――あとは私の仕事だ。
ブッ、とマイクのスイッチが入る音がして、続いてキィンと短くマイクのハウリング音が鳴る。
「それでは、第74回私立鴻鵠館高等部、生徒会長選挙演説を開始します」
選管のアナウンスが、会長選演説の幕を開ける。
「2年A組和泉まほらさん。時間は5分です。皆さん、ご清聴をよろしくお願いします」
紹介を受けて、スコールの様な拍手を全身に浴びながらまほらは席を立ち、壇上中央の司会台に向かう。
誰もが見惚れる美しい所作で一礼をすると一度目を閉じて三つ数える。そして、ゆっくりと目を開くとマイクに向かって口を開く。
「皆さん、おはようございます。ただいまご紹介に預かりました和泉まほらです。選挙の話をする前に、少しだけ私の事をお話しさせてください」
まほらは言葉を続ける。
「……初等部からここ鴻鵠館で過ごした多くの人はご存知だと思いますが、私の父は政治家です。祖父も、叔父も政治家です。そんな家で私は女として生まれ、育ち、私は優秀である事でしか自らの価値を証明する事が出来ず、その為に犠牲を払い、努力をしてきました。今まで友達と呼べる人はいませんでした。それが間違っていたとは思いません」
まほらは紙も何も持たずに、滔々と語る。それが用意された文章なのかどうかは、彼女にしかわからない。
「私は昨年、副会長に立候補し、私に期待してくださった多くの方のおかげで幸運にも当選する事が出来ました。そして、この一年間会長をサポートしながら、通学カバンの自由化や、国際留学手続きの簡略化など、多くの新しい施策を実施し、少なからずここ鴻鵠館の学生生活を豊かにできたと自負しています。政治家が、国と国民の為に努める仕事だとするのなら、生徒会役員とは、学園と皆さんの為に努める仕事だと思っています」
まほらは目を閉じて一拍呼吸をする。再び瞼を開いて、凪原を見る。凪原もまほらを見ていた。足りない勇気を埋める最後の一ピース。僅かに、まほらの口角が上がる。
「ですが、私は去年自らの価値を証明する為に生徒会に立候補し、当選しました。結果がどうであれ、それは私欲を満たす為に政治家になった人間と、何が違うのでしょうか。この場を借りて、皆さんに深くお詫びいたします」
顔を上げると、まほらは困り顔で言葉を続ける。
「正直、申し上げますと今回の選挙も動機は同じでした。あとはちょっとした個人的事情もあり、負けられない選挙であると自らを追い込みました。……実は、そんな私にも最近友達ができまして、彼女たちが私の為に頑張ってくれている姿を見て、思ったんです。私には何ができるのか?私には何を返せるのか」
一瞬、考えて言葉を選ぶ。
「私は、私に期待してくれた人を裏切らない政治がしたい。裏切らない生徒会長になりたい。そう思いました。政策とか、公約とかの話は友達が作ってくれた選挙ビラに書いてあります。とってもかわいいイラストが描いてあるので、ぜひ見てください。だから!私が今話すのは理念の話です!政治にはきっと、理念が一番大事なんです。もう一人の候補が何を思ってこの場に立たないのか、私にはわかりません。でも、私はこうしてここにいます。私は、……期待してくれた皆さんを絶対に裏切りません。どうか、全力で私に期待してください!」
まほらの体内時計は五分を示す。
「以上、ご清聴ありがとうございました」
最後、熱を帯びた語りに少し息が乱れる。頭を下げると、ついうっかりマイクに頭がぶつかってしまう。
「あいたっ」
反射的に顔を上げて、視線の先の凪原へ照れ笑いをする。それは仮面が外れた等身大の笑顔。初等部からともに過ごした多くの人々が初めて見る彼女の笑顔だった。
「……あはは」
打ったおでこを触り照れ笑いのまほらを見る群衆はいったんシンと静まり返る。そして一拍おいて巻き起こる大歓声。怒涛の様な歓声と拍手の嵐に混ざって生徒たちは高揚した様子で口々に感想を漏らす。
「和泉さんなんか変わったね」「実はドジキャラとか萌えるわ」「どうせ演技だって」「クッソかわいくね?」「推せる」「はい、勝ち確」「期待してる」「……成ったな」
凪原と、黄泉辻は手が真っ赤になるほど拍手を繰り返し、凪原の隣で、黄泉辻は一目もはばからず涙を流しながら一生懸命拍手をした。
「まほらさ~ん……、よかったよぉ」
「……つーか、あれもしかして全部アドリブだったりする?」
改めて考えてまほらの演説の異常さに気づき、凪原は拍手をしながら背筋が寒くなる。
票のお願いもしない。公約も政策も語らない。本来なら選挙演説としては失格のものなのかもしれない。
凪原は後ろを振り返り、いまだ高揚した様子で拍手を送る皆の顔を見て、まほらが間違っていない事を確信した。人は、公約や政策に投票するのではない。『人』に、投票するのだと――。
選挙編も佳境です。
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