生徒会選挙編③ 進む選挙期間
選挙期間は既に始まっている。和泉まほら達は取り急ぎ公約を記した選挙ビラの作成を行う。
公約のテーマは《自らに由る生徒自治》。ありふれたテーマかもしれないが、単純に自由と言う訳では無い。
自分の責任で、自分で決めた事を、生徒達自身で決める。綺麗事の様な絵空事。
ビラは、単純な公約の羅列にならないように、黄泉辻の描いたイラストを用いて明るくポップな仕上がりになっている。
「あれ?任期の廃止と永続専制君主制の施行じゃないの?」
ビラを眺めながら凪原が軽口をたたくと、まほらは不思議そうな顔で首を傾げる。
「あら?この下僕さんはそんなに新しい飼い主のところに行きたいのね?飼い犬に手を噛まれるとはこの事だわ」
そんなふざけた公約を掲げれば勝てる選挙も勝てはしない。
「凪くん、ふざけてる場合じゃないよ~」
微笑みむ黄泉辻からも釘を刺される。
「あ、すいませんでした」
選挙管理委員会の多くは玖珂三月を恐れており、もし彼が何か不正を働いたとしても取り締まる力は持たないだろう。相手は何をやってくるかわからない。
黄泉辻は政策ビラを持って各部活動を回り、支援のお願いに頭を下げる。凪原は委員会の担当だ。全校生徒587人。過半数は294人。支持率100%である必要はない。それだけ集めればこの選挙は勝ちだ。
凪原は各委員会にお伺いを立てるも、中々色よい返事は得られなかった。やはりどこも玖珂による嫌がらせや報復があるのでは?と考えている。リスクを考えると明確にまほらへの投票を表明はできない。無記名投票だろうと、その気になれば特定する方法はいくらでもある。
「風紀委員は皆和泉さんに入れるよ」
「え、まじすか」
いくつもの委員会を回り、風紀委員を訪れると、3年の風紀委員長は胸を張りそう言った。
「てっきり君が副会長になるものだと思ったけどね。でも風紀委員は全力で和泉さんの応援をさせてもらう」
あまりの熱意に凪原は困惑する。
「え、っと。和泉サンの熱狂的なファンって事っすかね?じゃあサインとか貰って……って、それは違うか」
風紀委員長は困惑する凪原を見て声を出して笑う。
「いや、本当は君に入れたい票なんだよ。だから君が支援する和泉さんに入れるんだ」
凪原は相手が何を言っているのかいまいち理解できない。
「すいません。……なんで俺が?って言ったら鈍感系みたいで感じ悪いっすか?」
委員長はクスリと笑う。
「裸の王様。覚えてないかな?風紀週間の時、君に助けられたんだけど」
さすがにそこまで言われれば凪原も思い出す。風紀週間。玖珂に声を上げたのがこの風紀委員長だった。
「あ、あ~。それならセンパイの方がすごくないっすか?普通あの空気であんなの言えませんぜ」
「それは正にこっちのセリフなんだけどな。とにかく、風紀委員全30人は全員和泉まほらに投票する。これは広報委員にもすでに匂わせてある。彼女らの票読みに計算されるだろう」
おそらく、まほら派を表明するリスクなどとっくに飲み込んでの意思表示。これにとやかく言うのは野暮と言う他無い。
「ありがとうございます!」
凪原は頭を下げて、声を上げた。
いい気持ちで委員会回りを続けるが、他は全て撃沈の結果だ。恐怖とは、もっとも効率的に低コストに人を従えるすべなのかもしれない。
黄泉辻と凪原がそれぞれ部活と委員会回りを行っている間、まほらは帰宅部の部室で椅子に座り外を眺めていた。自分には何ができるのだろう?と。
「ふ~、お疲れ~。とりあえず風紀委員さんは皆入れてくれるって。美化委員は半分くらい。あとは微妙だな~」
凪原が部室に戻ってくると、折よく黄泉辻も戻りつく。
「ただいまぁ。テニス部とラグビー部の皆は入れてくれそうだよ。また明日お願いしに行ってみるね」
「お疲れ様、二人とも。お茶淹れるわね」
まほらはそう言って席を立つと、二人にお茶を淹れ始める。九月は中頃。気温は未だ夏日を超える。外回りをしてきた二人へは氷をたくさん入れたアイスティー。
「まじか」
「凪くん、しっ……!黙って見てて!」
二人とも息をひそめてまほらがお茶を淹れ終わるのを待つ。暴君の気まぐれが終わらない様に。
「さ、黄泉辻さん。召し上がれ」
黄泉辻は胸の辺りにほわっとしたものを感じながら、まほらの注いだグラスを持つ。
「えへへ。ありがとう、まほらさん」
続けて今度は凪原の番。柄にもなく緊張の面持ちでティーポットから流れる褐色の美しい曲線を見つめる。そして、氷入りのグラスにアイスティーが満ちる。
「凪原くんも、め――」
まほらは一瞬言葉に詰まる。『めしあがれ』たった五文字のあと四文字。
次の瞬間、すんと氷の表情に変わる。やはりどうにも照れくさい。
「恵みよ」
「『お』ぐらいつけろや!……ったく、茶化さないで損したぜ」
期待からの落差で凪原はあきれ顔。
「態度悪ぅ」
黄泉辻は凪原にジト目を向けるが、凪原はすぐにいつも通りへらへらと笑う。
「いや、冗談。さんきゅー、和泉さん。あ~、冷たくてうまい」
うまい、の一言でまほらははにかみながら右頬に手を当てる。
「と、当然よ。私が淹れたんだもの」
「じゃあご主人の分は俺が淹れて差し上げましょうかね」
そう言ってひょいとまほらからティーポットを取り、氷の入ったグラスに紅茶を注ぐ。熱い紅茶が、氷を溶かし、グラスの中でアイスティーが出来上がる。
「ほい。召し上がれ」
「……」
まほらは無言のまま、両手でグラスを受け取ると、ぺこりと小さく頭を下げた。
(……何でそんな簡単に言えるのよ)
仮面の調整は、まだ難しい。




