生徒会選挙編① 出馬
九月十二日。生徒会長及び副会長選挙の立候補が始まる。期間は一週間。その後、二週間の選挙活動期間を経て、全校生徒への公開演説後、投票に至る。投票は即日開票され、下校までに新生徒会長が発表される流れとなる。
和泉まほらは一番に立候補の表明を行った。そして、それは多くの生徒の予想通りでもあった。和泉家令嬢として、満を持しての生徒会長立候補。対立候補に立つにも中々に勇気がいる。
まほらの生徒会長選挙は始まった。己の価値を、家に、父に示す為の戦いだ。
「凪原くん、あなたも副会長に立候補したら?こき使ってあげるから、ふふっ」
立候補の書類を提出すると、まほらは本気か冗談かそう言って笑う。
「絶っ対しねぇ」
「あら、残念ね」
まほらはクスリと笑う。少し歩く間に後ろを凪原は呟く。
「そしたらお前の手伝いできないだろ」
まほらはハッとして振り向く。そして学内にも関わらずキラキラと輝く瞳を凪原に向ける。心なしか口元がにやけている。
「……っ〜!」
何かを言いたいが言葉が出てこなかったのか、ペシペシと右頬を軽く二度叩くと、すんとした無表情に戻る。
「生意気ね」
冷たい物言いだが、勿論凪原は悪い気などしない。
「頑張ろうぜ」
「頑張るのは私よ」
凪原の言葉を背に受けて、まほらはつっけんどんにそう答えた。
翌日、翌々日と過ぎても、生徒会長の立候補者は一人も現れなかった。対して副会長は十三人。これはかなり異常な多さだ。まほらと戦うのを避けて副会長選に回った者や、まほらと近くで働きたい者など、きっと様々な思惑があるのだろう。とにかく、この数はここ半世紀で一番多い数らしい。
「立候補者が一人だとどうなるの?」
掲示された立候補者名簿を見上げて黄泉辻が問う。
「信任投票ね。全生徒で信任する、しないを投票するの。その場合、50パーセント以上の信任を得れば当選ね」
「へぇ〜」
黄泉辻への説明を終えるとまほらは小さくため息をついて凪原を振り返る。
「それも張り合いが無いわよね。凪原くん、出番よ」
「出ねーよ」
言われなくともその出番とは会長に立候補せよ、との命令だ。
「あら、そう。残念ね」
まほらは楽しそうに笑う。
結局、最終日まで立候補者は現れず、信任投票は現実味を帯びてきた。
――そして翌日。
締め切られた立候補者名簿を見て、まほらは驚き目を見張る。
生徒会長選挙立候補者、二名。2年A組、和泉まほら。2年C組、玖珂三月――。
「……三月!?」
バン、と大きな音を立てて教室のドアが開く。いや、叩きつけられるの方が近いだろう。そのくらいの勢いで2年C組のドアが開いた。
教室中の視線はドアを開けたまほらに集中する。
「三月、あなたどういうつもり?」
教室で普通の高校生の様に友人と談笑していた玖珂はまほらの姿を認めると、嬉しそうに歩み寄ってくる。
「あはは、びっくりした?折角まほが生徒会長になる記念すべき選挙なのに、信任投票なんて味気ないだろ?だから僕が当て馬になってあげようかなって。……君の事を愛してるからさ」
公衆の面前で、一切の照れも無い本気の愛の告白だ。
クラスはシンと静まり返るが、やがてさざ波の様にどよめきが広がる。
「ね、ねぇ聞いた?」「三月くん、愛してるって!」「私も言われた〜い」。王子然とした端正なルックスから紡がれる愛のささやきにクラスの女子が沸き立つ。
「……何が狙い?」
教室のざわめきをよそに、まほらは腕を組み無表情で三月に問う。三月はいつも通りの余裕に満ちた薄笑みを浮かべている。
「狙い、かぁ。まぁ、強いて言うなら?……玖珂家を破って選挙に勝ったとなれば、秋水さんも喜ぶんじゃ無いかな、と思ってね」
玖珂家と和泉家。両家は盟友であり、ライバルでもある。
「とは言え?選挙に絶対は無いってのは、僕らもよく知ってるだろ?もしかしたら罷り間違って当て馬が勝っちゃうこともあるかもしれないよね?」
「ありえないわね」
まほらの言葉を気にかけず、玖珂の言葉は続く。
「もしそうなったら、記念に愛する君の持ち物を一つだけ欲しいんだけど、良いかな?」
連呼される薄っぺらい愛の言葉に、まほらは仮面の奥でぎりっと歯を軋り、苛立ちを覚える。
「好きにしなさいよ。そんな事ありえないから」
その言葉を聞いて、玖珂はニッと冷たく笑う。
「言ったね?」
玖珂はパンと大きく手のひらを叩き衆目を集めると、机から降りて大きく左手を周囲の人らへ向けて広げる。
「ここにいる全員が証人だ。もし僕が君に勝ったら君の持ち物を一つ貰う。まさか政治家が選挙前に前言を翻すなんて事はないよね?」
恐らく、最初からこの流れが狙いだったのだと、まほらは時遅くここでようやく思い至る。――私の持ち物?大切な物を思い浮かべる。水族館でお土産に買った絵葉書?幼い頃母に買ってもらったぬいぐるみ?カバンにさげた交通安全のお守り?部屋で泳ぐ金魚?金魚の入っていた小さな袋?一緒にお祭りで掬ったスーパーボール?……去年のクリスマスに貰った万年筆?まほらのもつ大切な物など両手で数える間にすぐ数え切れてしまう。
「何を貰おうかなぁ……。そうだな、例えば君の――」
少し考えた振りをした後で、玖珂は嗜虐的な冷たい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「下僕とか?」
当たり前の話だが、まほらは凪原を物だと思った事などただの一度もない。だから、そんな可能性は微塵も頭には浮かばなかった。
――それはダメ。受ける理由がない?人は物じゃない?なんと答えれば切り抜けられるか。考えもなしに挑発に乗ってしまった己の愚かさを嘆く。謝る?どうなる?想像もできない。そんな己に、誰が何の価値を見出そうか。
今にも溢れそうな涙は仮面で蓋をする。
答えは一つしかない。それが玖珂の詰み筋だとしても。
まほらは感情を深く、深く沈めて憐れむ様に微笑む。
「無邪気な想像ね、好きにするといいわ。……私に勝てるのならね」
もう後戻りはできない。負けなければいい。勝って己の価値を証明するだけだ。




