夏の終わりは選挙の始まり
夏休みが終わり、九月。二学期が始まり一週間ほど経つ。8月は終わったが、まだまだ日差しも強く気温も高い。多くの学生はまだ休み明けの気怠さと戦いながら、今日も学園の門をくぐる。
「凪くん、今日部活は?」
黄泉辻渚が隣の席の凪原司に問い掛ける。凪原の部活は帰宅部。だが、彼らには部室がある。帰るのが活動なら、居残るのもまた活動——そんな不思議な部だ。
なので、凪原は少し考えて返事をする。
「んー、部室かな」
「だね。一学期の活動報告と、二学期の活動予定の提出今週までだもんね」
「え、まじで?」
初耳とばかりに凪原は気の抜けた声を上げた。
「黄泉辻はよくそんな事知ってんなぁ」
凪原の言葉を受けて、黄泉辻は待ってましたとばかりに胸を張る。
「ふふん、だってねぇ……。この度あたし、黄泉辻渚は茶道部の部長に就任したのですから!」
「おぉ、そりゃおめでとう」
凪原はパチパチと拍手で称賛を送り、黄泉辻は得意げな顔で人差し指を立てる。
「茶道部はもう提出したから、よかったら書くの手伝ってあげようか?部長さん」
帰宅部の部長は凪原。なので部長呼び。
「まじすか、部長。助かります」
そう言って凪原は頭を下げる。黄泉辻は茶道部の部長だ。
「あはは、会社の人みたい。名刺交換でもする?つまらないものですが……」
そう言って黄泉辻はエア名刺を凪原に差し出す。
「なんか違くね?」
放課後、帰宅部部室――。
「私は生徒会副会長よ」
生徒会の仕事を終えて部室に来た和泉まほらは、髪を手でなびかせて凪原に挑発的な視線を送る。
「いや、知ってるけど」
黄泉辻に教わりながら活動報告書を作成していた凪原は突然の宣言にぽかんとしながら答える。だが、それはまほらの求める答えではない。
「あら、随分黄泉辻さんの時と反応が違うのね。私は称賛や賛辞に値しないと?」
どうやら、教室での二人のやりとりを聞いていた事で、妙な対抗心を燃やしての名乗りのようだ。
「だって、和泉さん副会長になったの一年前じゃないですか。今更すごいもおめでとうも無いでしょうに」
「まほらさんはすごいよ!一年生で副会長になっちゃうんだもん」
黄泉辻はまほらにパチパチと賞賛の拍手を送る。まほらは腕を組んで得意げにほほ笑む。
彼らの通う鴻鵠館高等部の生徒会選挙は毎年九月下旬に行われ、任期は一年だ。その為、被選挙権は一年と二年に限られるが、三年にも投票権はある。生徒会長と副会長のみ選挙で選ばれ、その他の役職は生徒会長の信任によって任命される。
一年は生徒会長には立候補ができず、副会長しか立候補ができないが、実際には一年で副会長に立候補する人間はあまり多くない。そんな中まほらは一年で立候補して、候補者四人の中から見事副会長に当選したのだ。
黄泉辻の称賛を受けて満足気ではあるが、腕を組みながらチラリと凪原に視線を送る。意図は明白だ。
「俺は去年ちゃんと褒め称えましたぜ?」
そんな道理は専制君主には通じない。
「忘れたわ。いいから称賛しなさい」
珍しくちゃんと仕事をしていた凪原は立ち上がり、ぱちぱちと拍手をする。
「おめでとう、後世に残る偉大な独裁者の誕生だ」
「ありがと、誉め言葉として受け取っておくわ」
「皮肉だよ」
それを聞くとまほらは少し顔を逸らして不満げに口を尖らせる。
「……たまには素直に褒めなさいよ」
凪原はチラリとまほらを横目に見ると少し口角を上げて悪戯好きな少年の笑顔を見せた。
閑話休題。
「そんな偉大なる専制君主様はもちろん今年は生徒会長に立候補するんだよな?」
上座に置かれた豪華な椅子に座り、まほらは頷く。
「そうね。出ないと父がうるさいのよ」
軽い言葉でまほらは言うが、うるさい程度では済まないし当然出るだけでは済まない。出るからには勝たなければならない。たかが生徒会選挙とは言え選挙は選挙。自分は票が取れる人間だとアピールする事で、万に一つでも婚約が覆る可能性もある。
「まぁ、去年と違って今年は強い味方がいるからなぁ。な?黄泉辻」
黄泉辻の名を呼び視線を向けると、全く予想をしていなかった黄泉辻は自分を指さし驚きの声を上げる。
「あたし!?全然強い味方じゃなくない!?むしろよわよわだよねぇ!?」
慌てふためく黄泉辻を見て、凪原はケラケラと軽く笑う。
「またまたぁ、ご謙遜を。ガチ恋製造機様のお力を持ってすれば男子票全部貰ったようなもんでしょうよ。あ、握手会でもやる?」
「やんないよ!?」
まほらは、腕組みをしながら首を横に振る。
「私はそうは思わないわね。凪原くん、黄泉辻さんの可愛らしい外見だけで票が取れると本気で思っているのなら、浅慮、浅薄、蒙昧と言うほかないわ」
選挙の厳しさを知る和泉家長女であり、生徒会副会長の重い言葉に凪原と黄泉辻は息を呑む。
まほらは腕を組み、真面目な顔で凪原を諭す。
「彼女の魅力は強く気高く慈愛に満ちたその内面でしょう?票はそこに集まるのよ」
予想外の激しい称賛の嵐に黄泉辻は頬を赤らめ、ひきつった笑顔でまほらを静止。
「うぁあ……、まほらさん、やめてぇ。でもありがとうぅ」
凪原も真面目な顔でまほらに乗って握り拳で力強く頷く。
「そうか。黄泉辻の魅力はその可愛らしい外見だけじゃなかったんだな……!くそっ、さらに内面まで美しいとは!」
「凪くんは絶対思ってないでしょ!?」
真っ赤な顔で声を上げる黄泉辻を見て凪原は真面目な顔で答える。
「いや、思ってるけど?改めて言葉にすると……、な」
「えっ……!?ほほほ本当?あ、あり……」
もじもじしながらお礼を言おうとすると、凪原の顔は真面目な顔から一転へにゃっと覇気のない弛んだ薄笑いへと変化する。
「あーっ!絶対思ってない顔!もうっ」
「へぇ、凪原くん。あなた誰にでも簡単にそんな事言えるのねぇ。素晴らしいわ。結婚詐欺師の才能があるんじゃない?」
腕を組みながらまほらはプイっとそっぽを向く。
(私にも言えばいいじゃない……)
思えど口には出せぬモヤモヤは、リズミカルに床を打つ彼女のつま先が表していた。




