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主従ラブコメは12月29日に終わる。〜ままごとみたいな主従ごっこは政略結婚に勝てますか?〜  作者: 竜山三郎丸


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水族館②

 タクシーに乗り約30分。三人は目的地である水族館の入る巨大なビルのふもとへと至る。

「到着~。お疲れさまでしたっ」

 黄泉辻がタクシーアプリで配車を行った為、その場での支払いは発生しない。

 

「割り勘な。おいくら万円?」

 凪原が財布を取り出すと、まほらが割って入る。

「黄泉辻さん。二人で割るとおいくら?」

「えーっと、待ってね。4200円だね。あとでいいよ」

 アプリを確認しながら黄泉辻は答える。

 凪原は全く蚊帳の外。

「ちょっとちょっと、無視っすか?虫取りってこういうことですか?」

「あら?お上手ね。面白いわ」

「全然面白くねーよ。いくら?」

「ん?凪原くんは払わなくてもいいわよ?」

 はぁ?と凪原が不満を口にすると、まほらは意地悪そうに口元を上げる。

「荷物に運賃はかからないでしょ?」

「……ついに荷物扱いっすか」


 凪原が口を尖らせてぼやくと、まほらは帽子のつばの下でにっこりと笑う。それは仮面のない、屈託な笑顔。

「ごめん、うそ」

 思わず瞬きを忘れてしまうほどにその笑顔に見入ってしまい、凪原は不覚にも一瞬見とれて言葉を失う。その表情がお気に召した様子で、まほらは無邪気な笑顔で人差し指を二本立てる。

「代わりにお昼ご馳走してくれる?私と黄泉辻さんに。凪原くんはタクシーをおごってもらえて嬉しい。私と黄泉辻さんはご飯をご馳走してもらって嬉しい。ふふっ、不思議だね。皆嬉しくなっちゃうね」


「ま、まぁ。そう言うことなら」


 気が付くと、黄泉辻は人込みの少し先にいて、振り返り二人に大きく手を振る。

「まほらさーん、凪くーん。迷子になっちゃだめだよー」

「多数決で言えばあいつが迷子だけどな」


 三人は合流し、エレベーターで目的階に向かう。いよいよ水族館だ。

「黄泉辻さんは水族館来た事あるのかしら?」

「うん、割と色んなところ行ってるよ」

「……そ、そう」

 明るく黄泉辻が返事をすると、どこにダメージを受けたのか、まほらのトーンが下がる。その様子を見て凪原に一つの仮定が生まれる。

「もしかして、和泉サンも水族館お初っすか?」

 凪原の指摘にまほらはびくっと身じろぎ、恨みがましく凪原にジト目を向ける。

「わ、悪い?」

「や、全然。俺も初めて。すげーわくわくするよな」

 まほらは無言でコクリと頷く。

「いいな~、あたしもわくわくした~い」


 疎外感を感じて嘆きの声を上げる黄泉辻。

「ちなみに黄泉辻はここ何回目くらい?」

 凪原が問うと、黄泉辻は得意げに年間パスポートを指に挟んでピッと格好よく見せつける。

「ふふん、伊達に年パス持ってないよ?二十回は来てるかな」

「うお、まさかのガチ勢」


「じゃあ、行こっか。楽しみだね」


 そして、三人はゲートをくぐる。薄暗い水族館。目の前に広がる巨大な水槽。そして、そこを自由闊達に泳ぎ回る色鮮やかで個性的な数々の魚、魚の群れ。映し出すのは幻想的な淡い光。まるで海底にいるような没入感。

「うわぁ」「きれい~」

 まほらと黄泉辻は子供のように口を開けて水槽を見上げる。そして、それは凪原も同様だ。

「海じゃん」

 

 人の流れの中で、三人はしばらくの間そのまま水槽を眺めていた。一番最初に金縛りが解けたのは来館20回の黄泉辻。黄泉辻は水槽から目を離すとまほらと凪原を見る。二人とも、まるで子供の用に目を輝かせて、口元を緩ませて水槽を見つめている。その光景を見ていると、黄泉辻も自然に嬉しくなってしまう。

 二人に気が付かれないようにスマホを向けてパシャリと写真を撮る。フラッシュなど絶対に焚かない。魚が驚いてしまうから。

「……なぁ、黄泉辻。20回来てるお前に聞きたいんだけど」

 金縛りから解けた凪原が真面目に不安そうな顔で黄泉辻に問いかける。

「うん、何でも聞いて。イルカショーの時間?各水槽の餌やりの時間?飼育員さんの名前?」

 凪原は言いづらそうに、黄泉辻に耳打ちする。

「これもしかして帰りに玉手箱渡されるやつだろ?」

「……ぶっ。竜宮城じゃないよ!?」

 まったく想定外の質問につい笑いが堪えきれず噴き出してしまう。


「あら、やだ。つまり、凪原くんに私は乙姫さんに見えたという事ね?」

 わざとらしく髪を手でなびかせて挑発的な笑みを見せるまほらに、凪原はパチパチと拍手をする。

「はいはい、お美しいお美しい」

「はい、は一回よ」

「へいへい」


 普段であれば性格的に次を急かすだろう黄泉辻は、二人の初めてに配慮して二人の気が済むまで同じ水槽の前で水槽を眺め、二人を眺める。

 続いて水槽には宝石のようにキラキラと体を輝かせる大量のイワシの群れ。まるで折り重なって一つの生き物のような有機的な動きに目を奪われる。

 

「うわ、すげぇ」

「きれいね」

「な」


 まほらはチラリと視線を水槽から凪原に移すが、凪原は水槽に夢中。まほらは内心へそを曲げる。

(……そこは『まほらの方がきれいだよ』じゃないの!?そんなのもう定型文じゃないっ。なによ、『な』って。定型文以下よ、もう知らないっ。木偶の坊!朴念仁!)


「あっ、まほら。でけーカニ。すげーよ」

 そっぽを向いていたまほらは凪原の示すほうを見る。つい呼び名が緩んでしまった事は互いに気が付いていない。

「大きいかに!?あ、本当に大きいわ!」


 そのやり取りを見ていた黄泉辻はこしこしと擦ってわが耳を疑う。

(あれ?聞き間違い……だよねぇ。今まほらって)

 だが、考えてみると、凪原は普段和泉サンと呼んでいるが、鴻鵠館に入る前からの知り合いなのだから『まほら』と呼んでいても何もおかしくはない。むしろ凪原の口調的には自然に聞こえる。

(まほらさんの家の事情でそうしてるんだろうな)

 黄泉辻は一人納得する。


 凪原がまほらに好意を抱いているだろう事は知っている。去年から一年間、彼女は凪原をずっと見ていたのだから、彼の視線の先にいる人物にはすぐに気が付いた。


 そして、夏休みに入ってから、何があったのか少しまほらは雰囲気が柔らかくなった事にも気が付いていた。

 人の流れを避けて、壁に寄りかかりスマホを眺める。さっき撮った水槽を眺める凪原とまほらの写真。


 黄泉辻渚は、凪原司に恋をしている。一年前の、あの日からずっと。

(凪くんが好き。まほらさんも好き。凪くんがまほらさんの事を好きなのは最初から知ってたもん。えへへ、よかったね凪くん)

 強がりでなく喜ばしい事だと思える。ただ、少しだけ胸のあたりがぎゅっとするだけだ。

 黄泉辻はスマホをしまい、両手を上げて一度大きく背伸びをする。


 ――さて、折角だから二人っきりにしてあげよう。ちょっと順路をずらして――。


 と、思うと声がした。


「黄泉辻!」「黄泉辻さん!」

 その声は凪原とまほらの声だった。どうやら黄泉辻を探していたようで、焦った顔で二人は黄泉辻に駆け寄ってくる。

「凪……くん。まほらさん」


「お前どうしたんだよ。探したぞ」

「勝手にはぐれて迷子になるなんて子供のすることよ?」


 二人は黄泉辻に手を伸ばす。


 黄泉辻は涙目ながら、嬉しそうに笑い二人の手に手を伸ばす。

「えへへ、迷っちゃって。寂しかった~」


「20回も来てるのに!?」

「凪原くん、方向音痴ってそういうものよ」

 黄泉辻は照れ臭そうに笑う。


 本当は順路なんて目をつぶっていてもわかるくらいに熟知している。でも、迷ったのも、寂しかったのも事実。それでも、二人は手を伸ばしてくれたから。――もう少しこのままでいいのかな、と思った。


 それから三人で、飽きる事なく何回も館内を回った。閉館のアナウンスが流れるまで、何度も回った。

 それが、三人の初めての水族館。

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