再出発
「まほらちゃん。時間は平気かい?もしよかったら夕飯食っていかんかい?」
「……いた……いただきます」
凪原典善からの誘いに何度も頷いて答える和泉まほら。まるで2年分とばかりに今も涙は流れていて、鼻をグズグズと鳴らす。
対する凪原司は何ともバツが悪い。まほらを救いたいと思っていたが、彼女自身の苦しみを見抜く事が出来なかった事を彼は恥じる。とはいえ、落ち込んでばかりはいられない。
凪原はまほらの向かいに座り、申し訳なさそうに頭をかく。
「ティッシュいる?」
「いる」
まほらは凪原から箱ティッシュを受け取る。
「ゴミ袋は?」
「いる」
言われるままにティッシュを捨てるゴミ袋を手渡す。鼻をかんでティッシュを捨てると恥ずかしそうに照れ笑いをする。
視線が合うと、二人して照れ笑いをする。まるで二年前のように。
「なんだか落ち着くね」
部屋を見渡してまほらは嬉しそうに笑い、凪原が『狭いからな』と返すと不満そうにジト目を向ける。
「えーっと、あのさ」
言いづらそうに凪原は言葉を続ける。
「ごめん。本当は俺が気付きたかった」
凪原の言葉にまほらは首を横に振る。
「ううん、私だって言われるまで気づかなかったんだから、しょうがないって」
そして、テーブル越しに凪原の瞳を見つめて微笑む。
「司くんもあと50年経ったら、あんなおじいちゃんになる?」
凪原は嫌そうに顔をしかめて手を横に振り否定する。
「いや、俺はもっとスタイリッシュでダンディな老紳士になるから」
想定外の言葉にまほらはケラケラと笑う。
「あはは、なにそれ」
その後で、テーブルに手枕して口元を隠して凪原を見て呟く。
「……その時は私も見られるといいな」
ほどなくして、台所の方から典善が鍋を持ってやってくる。
「ほい、来たァ。鍋じゃ鍋じゃ、元気のない時も仲直りの時も大概鍋食えば元気になるんじゃ。司、ぼさっとしとらんとテーブル空けぃ」
「へいへい」
「典善さん!私やりますって」
「ええから客は座っとけぃ」
そして、久し振りに三人は食卓を囲む。鍋は真ん中で仕切られていて、豆乳とキムチの鍋だ。
「あれじゃろ?女の子は豆乳好きじゃろ?」
「はい、好きです!あっ、私よそいますってば」
まほらは食器を受け取り二人に鍋を分ける。その姿を見て典善は目を細める。
「やっぱり女の子がいると食卓が華やぐのう」
「あれ?かわいい孫は?」
「いいのう」
「無視かい」
テーブルには三人分のコップと麦茶の容器。
「はい、司くん。お茶」
その言葉に凪原は衝撃を覚え、一瞬彼の時が止まる。いつものまほらの「凪原くん、お茶」との対比に心が震える。
「え、なにこれ。新鮮」
「もう」
まほらもどうにも気恥ずかしい。
そして、準備ができて三人で「いただきます」。まほらはまた食べる前から泣いている。凪原も典善も何も言わない。ただ、見守りながら何事もないように食事を続ける。
「まほらちゃん、お口に合うかな?」
「ちょっとしょっぱいです」
「そりゃおめーの涙だよ」
凪原のツッコミも聞かずに典善に笑いかける。
「でも全然平気です。いっぱい泣いたから塩分取らないと」
「マッチポンプって知ってる?」
「もうっ、典善さんと話してるの!つべこべうるさい」
「へいへい」
和気あいあいと食事は続く。
「まほらちゃんも遠慮せずいつでも食べにおいで。ちっと遠いがの」
「あっ、大丈夫です。タクシーですぐなんで」
「ほっほっほ、そうかそうか。そうじゃ、あの子もまた連れてくるといい。同じ学校じゃろ?あの……コスプレ天使」
「コスプレ天使」
その単語を聞いて、まほらはすんと無表情になり、凪原に冷たい目を向ける。
「ねぇ、凪原くん」
「あ、あぁ。うちのじーちゃんボケちゃってるからさ。お迎えでも見えたんじゃない?」
「凪原くん。そういうのいいから説明して?」
司くんバージョンからの落差もあり、いつもより圧を強く感じる。
「渚ちゃんじゃよ」
「へぇ」
典善から新たな情報が入り、黙秘を貫く凪原への心証は更に悪くなる。
「ねぇ、凪原くん?黄泉辻さんが?なんでコスプレ天使なんて呼ばれてるのかな?不思議ねぇ、ふふふ。単純に考えると、コスプレしないとそんな呼ばれ方しませんもんねぇ。ねぇ、黙ってたらなにもわからないじゃない」
凪原は沈黙をしながら思案する。別にやましい気持ちがあるから沈黙している訳ではない。感謝の気持ちと言って巫女のコスプレをしてくれた黄泉辻の心意気を己可愛さに売るのはなにか違う気がする。友人を売る真似はできない。
「巫女じゃよ。写真見るかい?」
だが、凪原のそれは意味のない沈黙。情報は祖父から筒抜けだ。
まほらは口元に手を当て、驚き目を丸くする。
「あらあらあら。神社で?巫女のコスプレをさせたの?へぇ~」
次の瞬間むっと不満げにそっぽをむいて髪先をいじる。
「……別に私だってできるけど」
「何に対抗心燃やしてんだおめーは」
食事を終え、洗い物を台所に運ぶ。
「私洗いますよ。ごちそうになったんだし」
「気にせんでええよ。今日はお客さんつったじゃろ。つーかそろそろいい時間じゃな。司、お前送ってあげぃ」
と、言われる前に凪原はもう準備をしている。
「わかってるよ。まほら、行こうぜ」
「あっ、うん。典善さん、……本当にありがとうございました」
まほらは深々と典善にお辞儀をする。
「あぁ、ぜひまたおいで。今度は巫女のコスプレを持ってな」
「コラ、エロじじい」
凪原が白い目を祖父に向けるが、まほらは元気に『はい!』と二つ返事を返す。
時刻は夜7時過ぎ。夏至も近づき日はまだ長い。茂る木の向こう側が夕焼けに赤く染まる。
「ん、手」
階段を下りる際、凪原が半ば無意識にそう言って手を伸ばすと、まほらは噛みしめるように笑い、また泣いた。
「うん、手だねぇ。ふふふ」
差し出された手を握り、ゆっくりと階段を下りる二人。あの日の夏の続きが始まるのかもしれない。




