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主従ラブコメは12月29日に終わる。〜ままごとみたいな主従ごっこは政略結婚に勝てますか?〜  作者: 竜山三郎丸


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塩対応

 凪原司と和泉まほらは、凪原の家を訪れる。石階段を上り、境内を通り抜けた先にある古びた家屋。2年前まで彼らが住んでいた家とは比べるべくもない狭さと古さ。その玄関の前で、まほらは凪原の手を引いて立ち止まる。


「ねぇ、凪原くん。冷静になって考えてみたんだけど、私どの面下げて?って感じしない?大丈夫?塩まかれたりしないかしら?私ナメクジじゃないから別に塩がかかる事自体はどうでもいいんだけど、その拒絶感がちょっと効くっていうか。あっ、ナメクジって塩がかかったからって溶けるわけじゃなくて浸透圧の関係で水分が持っていかれるから――」

「あぁ、ごめん。ナメクジそんなに興味ないっす」


 全力でその場に踏みとどまってナメクジ談義で時間稼ぎをしようとするまほらの言葉をバッサリと断ち切る。だが、まほらはそんなにあきらめのいい女ではない。

「そうそう、これだけは知っておいてほしいんだけど、ナメクジには広東住血線虫っていう寄生虫がいるから、絶対生で食べちゃダメだし、触ったら手を洗わなきゃだめだからね?あ、手を洗うといえば美化委員のポスターで使えそうね?使っていいよ、ふふふ」

 

 凪原とまほらは出会って六年たつが、こんなに口数の多いまほらを見るのは初めてであり、珍しいものを見た気がして得した気持ちになる。でも、それはそれ。


「ほら、行くぞ。お前が来るっていったんだろ?」


「やだぁ!典善さんに合わせる顔が無い~」

 まるで子供の様にまほらは駄々をこねる。

 

 凪原の祖父典善は、凪原とまほらの事故の責任を取って職を辞し、それが影響して由緒ある立派な神社も、池のある立派な日本家屋も手放すことになった。――、とまほらも思っている。というか、凪原と典善以外は皆そう思っているだろう。

 事実、凪原自身も当時思っていた。自分は、祖父のすべてを奪ってしまった、と。


「なぁ、まほら」

 凪原はまほらの手を引きながら真面目なトーンで声をかける。スポーツ万能であるまほらの体幹は異様に強く、凪原がどれだけひっぱっても動く気配が無い。思い返せば先ほどのタクシーの時も、抵抗をしなかったとは言え容易に車内に引きずり込まれた。


 繋いだ手はやっぱり少し震えていた。


「じいちゃんの……、凪原典善の70年がまほらにどうこうできると思うか?」

 

「でも結果そうなってるじゃない!」

「……ちくしょう、手強いな。こいつ」

 結局のところ、言葉と言うのは『何を言うのか』ではなく、『誰が言うのか』に尽きるのだろう。借り物の言葉では、やはり他者には響かない。


 直立不動のまほらの横に凪原はしゃがみ込む。結局のところ無理に連れてきても意味がない。まほらが嫌がるならしょうがない、と凪原は考える。

「よし、今日のところは出直そうぜ。別に急ぐもんでも無理するもんでもないだろ」

「えっ!?」

 凪原はまほらの手を引いて石階段の方へと促す。

「ほれ。こっちなら動けんだろ?」

 彼の言う通り、手を引かれたまほらはゆっくりと階段に近づいていく。

「……ごめんね、司くん」

 そう呼ばれて、凪原はハッとまほらを見る、二年ぶりに彼女の口から出た懐かしい響きについ口元が緩む。

 まほらはうつむいている事から、きっと無意識なのだろう。

 

「平気平気。まぁ、出来れば爺ちゃんが生きてるうちには来てほしいけどな」

 祖父典善は特に目立った持病もなく、現在健康そのもの。凪原のいつもの軽口だ。だが、石階段の手前で、再びまほらの足は止まる。

「……そっか。そうだよね。謝れなくなっちゃったら、嫌だよ」

 まほらは凪原と手をつないだまま、目をつぶり、二度、三度と大きく深呼吸をする。そして、自身の右頬を軽くペシッと叩く。痛みを思い出す為に。


「ごめんね、凪原くん。行きましょう」

 再び仮面を付けなおし、まほらは覚悟を決める。

 繋いだ左手を、強く、強く握りしめる。

「おう。大丈夫、爺ちゃんならわかってる」

 凪原が励ますと、まほらはクスリと笑う。


 再び、凪原家玄関の前。

「行くぞ」

 凪原が声をかけると、まほらはコクリと頷く。

 一呼吸を置いて、玄関の引き戸をガラガラと開ける。

「じーちゃーん、ただいまー」

 無表情の仮面を被りながらも、まほらの心臓は早く早く脈を打つ。手を繋いだ凪原にも伝わるほどに。

「おーう、司。今日は早いのう……」

 玄関に出迎えに来た典善は隣に立つまほらの姿を見つける。

「……あんたは」

 繋いだ手を放し、幼少時より叩き込まれた美しい所作でまほらは典善に深々と頭を下げる。

「典善さん、お久しぶりでございます。和泉家長女和泉まほらです!」


『お~、よく来た。久しぶりじゃのう。元気にしとったか。しっかし、アレじゃの~。美人になったのう』

 祖父典善の事だから、そんな風にフランクにまほらを迎え入れて、まほらの心配は杞憂に終わり、くだらない話をしたりして昔みたいに過ごせる。――と、凪原も思っていた。


「……和泉の娘か」

 聞いた事の無い程低い声のトーンは明白に怒りを具現化して音にしたようにすら思えた。

「はいっ!ご挨拶および謝罪が遅れた事は――」

「帰れ!どの面下げてここにきおった……、この儂の今の境遇を笑いに来たか!?面の皮が厚いにもほどがあるわ!」

 鬼の形相でまほらを怒鳴る祖父を、凪原は信じられないものを見たという風に目を見開く。そのせいで典善を止めるタイミングがワンテンポ遅れる。

「爺ちゃん!まほらは悪くない!俺が連れてきたんだ!」

 まほらは頭を下げ続け、典善は凪原を睨み彼の言葉を復唱する。

「まほらは悪くない?お前まだそんな事ばっか言っとんのか、馬鹿もんが!」

 典善はあきれ顔で凪原の頭を拳骨で叩く。そして、痛みに顔を歪める凪原に目をやらずに慈しむような眼でまほらを指さす。

「この子はきっとあれからずっと自分を責めとるんじゃぞ。悪くないと言っとれば救われるのか?楽になるのか?バカタレめ。儂やお前が怒ってやらんと一生この子の罪悪感は消えんぞ?」

 凪原は身体に稲妻が落ちたような衝撃を覚える。その言葉に顔を上げたまほらの目からは、もう涙がこぼれていた。

「儂も人間じゃからな、ほんのちょっとだけ恨んだりしたのも本心じゃ。じゃが、今口に出したらすっとしたわい」

 典善はニッコリと優しく微笑み、まほらの頭を撫でる。

「でも、それ以上にまた会えて嬉しいよ、まほらちゃん。美人になったのう」

 頭を撫でられたまほらの目からは次々と大粒の涙がこぼれる。涙はもう止められない。何を言おうとして少し開いた口は言葉を忘れたかのように小さく震え、やがて言葉を思い出した。

「うっ……うわぁああん。ごめんなさい……うぁああああん――」


 まほらは顔も隠さず、まるで子供の様に泣いた。

 

 

 

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