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風紀週間

 衣替えも終わって半袖になり、巷では蝉の鳴き声も鳴り響く――七月。

 期末考査をが終わるとすぐに風紀強化週間がある。これから夏休みを迎えるにあたって、弛みがちな彼らの風紀を一段引き締めるのが狙いだ。

 鴻鵠館は特段校則が厳しいと言うわけでは無いが、一般的な高校と同じ様に、染髪・ピアス・パーマ及び学生らしからぬ過度な装飾は禁止となっている。

「風紀週間、ご協力下さーい」「ご協力下さーい」

 校門には各学年の風紀委員と、いかにも風紀指導担当と言った風貌の屈強な体育教師が目を光らせている。

 (うお、風紀委員入らなくて良かった……)

 毎学期ごとのお決まりであるこの光景を見て凪原司は胸を撫で下ろす。この光景を見てもなお風紀委員に入る人がいる事が彼には理解できないが、それは好みというほかない。


 ちなみに、帰りは和泉まほらと帰ることの多い凪原だが、登校は一人だ。学校まで歩いて40分。下僕といえども朝は忙しいのだ。

「おい、コラ。お前髪染めただろ?」

 少しヤンチャ系の最上級生が体育教師に捕まる。夏休みに向けて毎日少しずつ染めた自信作は一目で見破られる。

「いや、自毛だっての」「あぁん?先月は黒かったろ。写真見るか?」

 ヤンチャ系男子は抵抗を試みるが、そもそも勝ち目のない戦いだ。

 定型文の様なやり取りを横目に眺めながら風紀的には模範生である凪原は悠々と通り過ぎる。

 凪原が校門を通り過ぎて直ぐに、後方で車の扉が閉まる音がする。ドンッと低く重厚な、花火のような、和太鼓のような、音だけで格の違いを思わせる音だ。


 その音をきっかけに、一瞬だけではあるが全ての音は吸い込まれたかの様に止まる。

 

 思わず振り返ると、白亜の城を思わせる純白の高級車が校門の前に止まっていた。登校中の生徒たちも振り返る。だが、誰も車など見てはいない。


 並ぶ風紀委員や教師を花道の様に、モデルの様に長身で、銀色の長髪を揺らしながら、初夏の朝に相応しい爽やかな微笑みを携えて彼は現れた。

 

 玖珂三月。祖父は元総理大臣であり、父は現役の総務大臣。和泉家と並ぶ高名な政治家家系だ。彼はその端正なルックスを用いてモデル活動も行っており、恐らくはこの学園で一番の有名人と言えるだろう。ただ登校しているだけにも関わらず周囲からは『三月く~ん』とか『玖珂くんかっこい~』とアイドル顔負けの声援が飛び交い、彼が微笑みながら軽く右手を上げるだけで歓声は嬌声を多く含んだ悲鳴に変わる。

 

 普段であればそのまま通り過ぎるだけの凪原だが、この後の顛末が気になり立ち止まる。銀髪。長髪。カラーコンタクト。ピアス。着崩した制服。風紀委員と教師は、彼をどう裁くのか、と。

 

「玖珂、おはよう」

 体育教師が挨拶をすると、彼は人懐こそうな笑顔でぺこりと頭を下げた。

「おはようございます、先生」

「ちゃんと学校来いよ」

「最近モデルの仕事が増えて忙しいんですよ」


 玖珂は教師と普通に談笑している。何事もない様に。何も見えていないかの様に。

 あまりに異質な光景に凪原は目を疑う。(いくら親が権力者だったとしてもここまで露骨な事ってあるのか?)


「それじゃ、また」

 教師との談笑を終え、玖珂は風紀委員の横を通り校舎に向かう。

「……先生!」

 風紀委員の一人が声を上げる。法が守られぬ怒りか、権力に屈する教師への軽蔑に身を震わせて。玖珂を指差し彼を断罪する。

 

「染髪、長髪、過度な装飾、制服の着崩し。これは明確な規則違反です!」

 凪原も心の中で頷いて同意する。この群衆の中でどのくらいの人々が同意しているのか。

「いや、……お前、それは……」

 指摘された体育教師はしどろもどろに言葉を濁し、額からは脂汗が伝う。

 指摘したのは高等部三年、風紀委員長を務める男子。去年この光景を目の当たりにして、これを取り締まるために風紀委員に名乗りをあげ、委員長になった。父は警察官僚にして清廉潔白を地で行く人物。の不正を見逃しては尊敬する父に合わせる顔がない。

「先生!」

 再度の要請。それに答えたのは教師では無かった。

「こら。ダメだよ、大人を困らせちゃ」

 玖珂は眉を寄せて子供をあやすかの様に優しく風紀委員長を嗜める。だが、目は全く笑っていない。風紀委員長は震えながらもまっすぐに玖珂を見据える。拳を握り、足の震えに至っては見て分かるほどだ。それでも、彼は声を上げたのだ。

 

「いやいや、困らせてんのあんたでしょうが」

 呆れ顔でついツッコミを入れてしまったのは勿論凪原だ。何を言われているのかさっぱり分からずに、玖珂は目を丸くして振り返り、凪原の姿を見つけると、新しいおもちゃを見つけたとばかりににっと笑う。

「僕に言ってる?」

「いやぁ、……スルーしようと思ったんすけど、ツッコミ待ちだったら悪いなって。ちなみに、裸の王様って知ってます?」

「……お、おい。凪原!」

 教師が凪原を止めようするが、玖珂はそれを手で制止する。

「勿論。アンデルセンだろ?あれをグリムが書いていたらどうなっただろうね?あはは」

 裸の王様。最後は子供に指摘された王様が恥ずかしそうにするのが一般的な結末。だが、実は残酷なラストが多いグリム童話の著者が書いたならどうなるか――。玖珂は暗にそう匂わせた。きっと、子供は死ぬと。


「どうなるんすかね、……うーん」

 少し考えた後で、凪原は玖珂を指差して口を開く。

「あっ、王様は裸だ」

 たちまちに周囲の空気が凍りつく。庇おうとしてくれた教師でさえも、もう動くことはできない。彼にだって養うべき家族がいる。巻き込まれるのはごめんだ。

 

 基本的に穏やかな物腰の玖珂も、流石に眉の端に僅かに苛立ちを見せる。ここまではっきりと馬鹿にされたのは生まれて初めてだ。

 だが、次の瞬間。

「あっははは!そうだね、それもいいかもね。もう夏だもんねぇ」

 そう言うと、玖珂はだらし無く付けたネクタイを外し、ボタンを外しシャツを脱ぎ、引き締まった上半身を露わにする。女子生徒の嬌声は雷鳴の様に校舎に轟く。

「で?僕がなんだって?」

 玖珂は涼しげな笑みで挑発的に凪原を見る。

 予想外の行動に凪原は玖珂を指差したまま顔を引きつらせたが、まだ引かない。

「えーっと……、下は脱がないんすか?」

「っはは。流石にそれはね」


 互いに一勝一敗の感覚。

「それじゃ、もう行くね。凪原くん」

「こわ、名前知られてら」

 上半身裸のままで、涼しげな笑顔と共に玖珂は校舎へと消えていった。


 

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