黄泉辻渚⑤ 闇のカードゲーム
凪原の停学中に、この黄泉辻がらみの事案にかかわる処分は彼を除いてすべて終わった。特例として、黄泉辻と凪原はC組から棟をまたいだB組に転籍することになった。黄泉辻の平穏な学校生活を考えれば最低限行わなければいけない処置だろう。
ともかく、首謀者といえる灰島朱莉や、加担したその取り巻きおよび男子で一番彼女に辛く当たっていた車崎嘉人らへの処分はすべて終了している。彼らは反省したのだろうか?AIで作成したような紋切り型の真摯な反省文を提出し、運が悪かったと舌を出し、ほとぼりが冷めるまで、と感じているのだろうか。罪悪感を抱えるものもいるだろう。だが、少なくとも灰島はそうではない。
国内二位の自動車メーカーの創業者一族として、下請け、スポンサー、その他関連企業の子女は学年に何人もいる。加えて子に甘い親に頼めば、それこそ彼らの家族や人生など藁の家のように軽く吹き飛ぶ。黄泉辻は難しい。だが、裏切ったクラスメイトや凪原にはせめてもの腹いせを、と彼女はまだ考えている。
凪原が停学中のとある日の昼休み。校内放送が灰島を指導室へと呼び出す。
(はぁ?もう処分は終わっただろ。クソ教師め。パパに言って絶対飛ばしてやるから)
「失礼します」
ノックをして指導室の扉を開き入室。
「いらっしゃい、灰島さん」
普段と違いカーテンの閉まった指導室。本来教師が座っている場所には足を組み、頬杖を突いた和泉まほらがいた。
「和泉……まほら、サン」
直接の面識は無いが存在は知っている。学園で五本の指に入る有名人だ。
「まぁまぁ。立ってないで座りなよ、朱莉ちゃん」
まほらの横にいた男子が椅子を引き、灰島に着席を促す。高校生とは思えない長身モデル体型で、長い銀髪を揺らす美男子。玖珂三月が涼やかな笑顔を灰島に向ける。目立つ外見と社交的な性格、モデル活動をしている彼はこの学園でも一番有名といっても過言ではない。
「三月、何だか彼女緊張しているみたい。お茶でも淹れてあげて」
「……やれやれ、僕にお茶を淹れさせるなんて君くらいのものだよ、まほ」
「あっそ。嫌ならいいわ」
「はいはい、姫様お待ちを」
そう言いながら玖珂は嬉しそうに電子ケトルに向かう。
これから何が起こるのか、まったく見当もつかない恐怖を覚えながらも灰島は着席する。
(なに?なんなの……?まさかワタシに説教でもしようって言うの?でも和泉まほらがそんな事で他人に干渉するなんて聞いたことないし、それなら何で?)
そんな灰島の動揺を感じつつ、まほらはクスリと笑う。
「そう怖がらなくてもいいのよ。あなたカードゲームがお好きなようだから?せっかくだから私とも遊んでもらおうと思って」
「……カードゲーム?ごめん、何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」
「そう?ルールは簡単よ。手持ちのカードを出し合って強いほうが勝ち。もし、私が負けたらなんでも言うことをきいてあげようかしら。三月」
「はーい、これがそれだよ。1パック5枚入ってるからね。数が多いと面倒くさいからとりあえず1パックでいいか。欲しければまだあげるからね」
まほらに促された三月がカードショップで売っているようなパックを一人1パックずつ配る。市販のカードと違うのは、絵柄も何もない真っ黒な袋と言うことだ。そして、玖珂の口ぶりを聞いていると、正規のカードゲームと違い厳密なルールはないように思える。
「ルールは追々でいいわね。ただの遊びだもの。三月、あなたも座りなさい」
「了解。お手柔らかに」
灰島は意を決してパックの封を切る。緊張から息が荒く、パックを開けようとする指先が震える。玖珂が『開けようか?』と優し気な笑顔で提案するが、灰島は首を振り拒否。やっとのことで封を開ける。
パックの中には有名カードゲームUGOを真似た様な図柄の完全オリジナルのカードが入っていた。おそらく同じ素材の高品質な紙。真っ黒な裏面と対照的に表面は金枠で囲まれた枠内にモンスター名、写真をイラスト化したもの、そしてカードの効果が記されている。その描かれた図柄を見て灰島は驚き目を見開く。普段のカードならモンスター名が書かれた場所には『ハイジ・マトール』と書かれており、レア度を表す☆の数は6個だ。おそらくモデルは灰島の父であり国内二位の自動車メーカー『ハイジマ』社長である灰島徹。属性は自動車。
「……は?なにこれ」
「すごいでしょ。僕が作らされたんだよ、三日で。本物みたいでしょ」
「お礼は言ったはずよ。恩着せがましい言い方しないで。それじゃ、始めましょ。あなたの先行からでいいわよ。ハンデね」
まほらも玖珂もパックを開けて、カードを手元に用意する。
「だから待ってって。カードゲームなんてやった事ないのに……」
灰島の言葉をあざける様にまほらは笑う。
「あら、変ね?あなたはいつも親のカードの強さで戦っていると聞いたのですけど。始めないなら私から始めてもいいかしら?いいわよね?たかが遊びですもの。じゃあ私のターン」
意外に楽しそうなまほらはテーブルに1枚のカードを出す。
「シュースイ・イズミ。スキル名『経済産業大臣』により、電気自動車への補助金を打ち切りPHEVの優遇に政策を転換」
まほらが出したカード、シュースイ・イズミは明らかに彼女の父である和泉秋水がモデルとなっている。現役閣僚……経済産業大臣だ。☆の数は8。
「えーっと、このカードのは電気自動車属性を持つモンスターのライフに1000億のダメージを与える、だね」
玖珂はニコニコと笑顔で二人にカード効果を説明し、手持ちのタブレットには現在のライフが現れる。それぞれライフは5000あり、灰島は今の攻撃で4000になった。どうやら単位は億らしい。
「あらあら、大変ねぇ。虎の子の電気自動車が立ち行かなくなれば巨額の投資が無駄になってしまいますものね」
まほらは意外に楽しそう。
「じゃあ次朱莉ちゃん。そう難しく考えなくて大丈夫だよ。基本的にはこの書いてある数字が大きいほうが強いから」
芸能人顔負けの絶世のイケメンは、柔らかな笑顔で灰島にルール説明をする。悪意などかけらも感じないほほえみで。
言われるままに手持ちのカードを確認する。一番数字が大きいのはマイナス100億。どう考えてもケタが違う。だが、やるしかない。
灰島は恐る恐るカードを出し、また玖珂がカードの説明をする。
「お、『踏みつける契約書』。下請けへの圧力により、自動車業界属性のモンスターにマイナス100億のダメージか」
説明した後で、玖珂はまるで少女漫画の主人公のようにさわやかに笑う。
「でも、残念。まほらも僕も自動車業界属性じゃないね」
「え?」
「ならどうなるの?」
「無効だね」
それを聞いてまほらはクスリと笑う。
「そ」
「じゃあ次は僕ね。はい、『クーガー・シュンイチロー』。スキル『偽りの重き鎖』カード効果、測定値の虚偽報告を告発。自動車業界属性のモンスターにマイナス500億のダメージ」
玖珂が出したカードのモデルも当然彼の父玖珂俊一郎。現役の法務大臣であり、☆の数はまほらと同じく8。
「あら。大丈夫?このままだと会社、……潰れちゃいますねぇ?」
灰島はさすがにこのゲームの趣旨を理解した。
まほらの父は現役閣僚、経済産業大臣。玖珂の父も同じく現役閣僚、法務大臣。灰島の父は国内2位の自動車メーカーの社長。親の力がカードと効果に反映されている。いうなれば脅しだ。
「あはは、もっとパックいる?」
一体何パック作ったのか、玖珂は箱買い相当の灰島向けカードを彼女に渡す。
カードを開けても、開けても、開けても、まほらと玖珂にダメージを与えられるカードは出てこない。当たり前だ、そもそもそんなものは入っていない。
「何だったか、豆みたいな名前の犬が言ってたわよね?『人生は与えられたカードで戦うしかない』でしたっけ。まぁ?これはただの遊びですし。私の下僕ともたくさん遊んでくれたようですし?私の遊びにも気のすむまで付き合ってくださいね」
氷に闇をブレンドして、怒りを隠し味に仕込んだまほらのほほえみ。事実、まほらは怒っている。灰島が凪原に行った行為の数々に。止める事など簡単だった。だが、まほらは彼の意志を尊重して見守り続けた。そして事態は一応の解決をしたが、彼を傷つけた事は許さない。
「げ、下僕……!?は、ははは。何を……。あっ、黄泉辻!黄泉辻サンの事ですか!?ごめんなさい!知らなかったんです!ごめんなさい!」
まほらはあきれ顔でため息をつく。
「黄泉辻?知らない子ね」
と、なると残りは凪原しかいない。一般入学の外部生。まさか、まほらと接点があろうとは。後悔しても後の祭りだ。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「彼はね、私が呼んじゃったから、少しでも楽しく学校生活を送ってほしかったの。それなのに、凪原くんにあんな……」
無表情が崩れ、思い出し怒りに眉を寄せるまほらは、次の瞬間困り顔で机をダンと叩く。
「やっぱり転校するって言われたらどうするのよぉ!」
それを横目に見て玖珂がたしなめる。
「まほー。仮面仮面」
指摘されてすぐにまほらはいつもの無表情に戻る。
「あら、失礼。私のターン。環境を盾にした排ガス規制のさらなる強化。自動車業界全体に500億のダメージ」
「ご、ごめんなざい……!も、もう許じで……もうしばぜんがら……!」
カードを持つ手も身体も震え、恥も外聞もなく、涙を流し、鼻水をすすりながら灰島は懇願する。
無表情にそれを眺めつつ、頬杖をついたままでまほらは呟く。
「あなたそんなカード持っていないでしょ?馬鹿ね」
――結局、その日を最後に灰島は学校を辞める事となった。
「結局灰島辞めちゃったのか。罰が軽いとは思ったけど、自主退学までしなくてもとは思うけどな。あんなやつでも良心の呵責とかあったのかね」
凪原の休学明け。いつものように帰り道で、凪原はまほらに問う。凪原はまほらと玖珂が灰島に行った『遊び』は知らないし、まほらとしてもいうつもりはない。
「そうね。両親の呵責があったのかもね」
まほらは言葉遊びをしてクスリと笑う。そして、それはきっと事実。
「そう言えば、あなた何か考えがあるような事言ってたけど。まさかそれがあの机?」
思い出したようにまほらが問いかけると、凪原はバツが悪そうに口を引きつらせる。
「……いや、あれは。つい、って言うか。ムカついちゃって。まぁ、黄泉辻も今のクラスで楽しそうにやってるし、結果オーライだろ。わはは」
停学明けにもかかわらず、他人事のように凪原は軽く笑い、チラリと隣のまほらを見る。
「でも助かったよ」
一瞬灰島への制裁の事かと思い、まほらはしらを切る。
「何のことかしらね」
「一人だとさすがにキツかったかもだからさ。話聞いてくれてただけでずいぶん助かったわ。さんきゅー」
思わぬ言葉にまほらはぷいっとそっぽを向く。
「……ふぅん」
つい緩んでしまった口元を見られないようにそっぽを向く。




