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最終話・主従ラブコメは12月29日に終わる。

最終話・主従ラブコメは12月29日に終わる。


 選挙戦は終わった。まずは結果発表。玖珂俊一郎、和泉秋水両氏は、圧倒的に票を集めての再選。特に、秋水さんは過去最高得票を大きく上回り、80%以上の得票を得る圧倒的大勝となる。俺の公開告白と求婚を受け入れた事と、自らの過ちを受け入れた器の大きさがかなりの好感触を掴んだと選挙特番では特集していた。


 そして、お待ちかね東京30区。立候補者4名、当選者数1名。もったいつけてもしょうがないからサクッと言うと、当選は凪原典善。爺ちゃんだ。次点で現職野党、次いで安眞木。

 余談ではあるが、爺ちゃんが立候補した東京30区に限らず、全国の選挙区で『凪原』とか『まほら』、『和泉秋水』と書かれた投票がかなりの数発生したようで、特にその恩恵は比例名簿にも名を連ねていた秋水さんにあった様子。

 全国の比例代表選挙の用紙に書かれた『和泉秋水』はそのまま与党の比例票となり、結果与党は大躍進を遂げる事となった。――と、選挙後の報道番組で考察していた。確認のしようがないのであくまでも考察。


「お父様驚いてたよ。今までこんな票数取った事ないって」


 街の外れ、石階段を上った先にある古びた神社。その傍らに隣接する古びた和風家屋の居間で、こたつに入って湯呑を手にしながらまほらはそう言った。ずいぶん久しぶりの我が家来訪。修学旅行の最終日以来だろう。


「だよなぁ。圧勝じゃん」


 選挙を終えて約10日。今日は12月22日。政治家先生になった爺ちゃんは今までの様に家にいる事は減り、毎日忙しそうに飛び回っている。俺たち世代になにかを残す為に『凪原典善70年の集大成を見せんとのう』と張り切っている。70年と言わず、80年でも90年でも長生きしてほしいと心から思う。


 で、俺とまほらを巡るSNSの狂騒は当然今も続いている。もちろん肯定的な意見ばかりではない。

『選挙を私物化するクズ』

『傷女キモイ』

『目立ちたがり』

 他にも挙げれば枚挙に(いとま)はない。けれど、一々そんなものを見たり探したりするほど俺もまほらも暇ではない。


「私絶対典善さんが当選すると思ってたよ」

「後付けなら何とでも言えるんだよなぁ」

 俺がそう言うと、まほらは頬を膨らませて俺に抗議の視線を送ってくる。

「後付けじゃないもん」


 俺とまほらは、まるで何事もなかったかの様に、老夫婦のようにこたつを囲みお茶を飲んでいる。

 

 のんびりテレビを眺めていると俺のスマホが鳴る。通話の主は秋水さんだ。

「凪原っす」

「あぁ、司くん。君今日はうちに来ないのかな?晩御飯を一緒に食べよう。今日は君の好きなキーマカレーにするよ」

「まじっすか」

「お父様!?司くんがキーマカレー好きだなんて情報どこから聞いたの!?ずるいっ」

 スマホ越しに荒ぶる娘の声を聴いて、秋水さんは満足げに笑う。

「もちろん典善さんからさ。まぁ、君にも都合があるだろうから来れなければしょうがない。ただ、……その場合私は毎日キーマカレーを用意して君を待つことになるだろうね。ははは」

「脅しは卑怯ですよ!」


 と、聞いての通り、俺たち三人の距離はこのわずか一週間で驚くほど縮まった。今までの失った時間を埋めるかのように、秋水さんは時間さえあれば俺の話を聞いて、まほらの話を聞いた。それはまほらの母である真尋さんに対しても同じだった。


「もうっ、お父様ったら」

 プンプンと怒った振りをしながらもやはりまほらは嬉しそうに見える。


 しばらくすると、間延びしたインターフォンの音がして、黄泉辻がやってくる。

「おじゃましま~っす。みかん買ってきたよ、皆で食べよっ」

 黄泉辻はいそいそとコートを脱いでハンガーラックに掛けると、空いたコタツに入って天板に頬を乗せニッコニコと満面の笑顔でまほらの顔を見る。

「……な、なに?」

「えへへ、まほらさんだなぁって」

 さすがにまほらは照れくさくなったようで、口元を手で隠してそっぽを向く。

「そうよ、私よ」

「こたついいなぁ~。うちにも置こっかなぁ~」

「地上65階にこたつ置くやつおる?」


 俺が苦言を呈すると、天板に乗せられた黄泉辻の顔がぐりんと俺の方を向く。

「あ、そうそう。凪くん。あたし一つ訂正しなきゃと思っててさ」

「嫌な予感しかしないけど、なんだよ」

「高校生の恋愛なんてどうせ続かないっていったじゃん?あれ、嘘だからね。あたし凪くんとまほらさんなら、……一生続くって思ってるから」

 黄泉辻はそう言って嬉しそうに笑う。

「何の話?」

 当然そのやり取りを知らないまほらは怪訝に眉を寄せて問いかける。だが、申し訳ないがあの日のやり取りはまほらに伝える事はないだろう。それは黄泉辻も同様らしく、まほらに意地悪そうな笑みを向ける。

「ん?秘密の話」

「秘密はずるいっ」

 まほらは憤慨してこたつの中で足をばたつかせ、その様子を見て黄泉辻は満足そうな顔をする。

「暖気が抜けるから暴れんなよ」


「はい、まほらさん。一番おいしそうなやつ」

 黄泉辻は買ってきたみかんをまほらの前に差し出す。

「ありがと」

「黄泉辻、俺のは?」

「凪くんには~」

 みかんの袋を眺めて一つ取り出し、同じように俺の前に置く。

「はい、一番甘そうなやつ」

「さんきゅー」

「どういたしまして」


 10日前までの慌ただしさが嘘みたいな、緩やかに時間が流れる穏やかなひと時。

 まるで、いつかの帰宅部の部室のような。陽だまりの中のような空間だ。


 また暫くしてもう一度インターフォンが鳴り、陽だまりのひと時は終わりを告げる。

「やぁ、元気?みかん持ってきたけど食べる?」

 涼やかな笑顔と共に現れたのは玖珂三月。整った顔には痛々しい生傷が見え、一つだけかわいらしい絆創膏が付いている。本人曰く『転んだ』との事だけど、絶対にそんなはずはない。あの広場での騒動で、あいつが最初の少ししか存在感を出さなかったのにはなにか理由があるはずだから。それでも、本人が言わない事を詮索してもしょうがない。こいつはそういうやつだ。

 

「あ、間に合ってます」

「まぁ、そう言わないで。みかんなんて幾つあったっていいでしょ。ほら、凪原くん。そっち詰めて」

「どこだっていいだろ」

「はいはい、行って行って」

 玖珂はそう言って俺の場所移動を促す。まほらの右に黄泉辻、向かいに俺が座っていて、まほらの左側が空いていた。


 上着を手に持った玖珂は、まほらの隣の席を指さして満足げに、でも挑発的な表情で俺を見て言葉を続ける。


「まほの隣は君に譲るよ。だけど、向かい(ここ)は僕のものだから」


 その言葉の意味は正確にまほらには伝わったようで、玖珂の言葉を受けてまほらはクスリと笑う。

「ふふ、望むところよ」

「君ら二人でようやく僕と釣り合えるくらいだろ?いいハンデだよ」

「は?」

 まほらの反応で、俺はようやくそれが玖珂のライバル宣言だと気が付いた。まほらの隣ではなく、ずっと向かいで張り合い続ける。きっと、それはこれからもずっと勝ったり負けたりしながら一生続いていくのだろう。それは俺にはできず、きっと玖珂にしかできないことだ。正直に言って、少しだけ羨ましい。


「さて、じゃあ僕の持ってきたみかんと黄泉ちゃんの持ってきたやつ、どっちがおいしいか勝負しようか」

「……なんですぐ勝負すんだよ。戦闘民族かよ」

 俺が苦言を呈するが、まほらはすでに臨戦態勢でベストみかんの選定に移っている。

「愚かね、三月。黄泉辻さんのみかんに勝てると思ってるの?」

「まほらさん、……あたしそんなにみかんに自信ないんだけど」


「じゃあ、審査は凪原くんにお願いしよう。公正なジャッジを頼むよ」

「不毛な争いに巻き込むんじゃねぇ」


 外は12月の寒風が吹く。だけど、室内は対照的に熱のこもった戦いが繰り広げられる。傍から見れば下らない。けれど、きっと後から振り返ると大事な時間になるんだろうか?


 そうそう、大事と言えば。大事な事を一つ。


 俺とまほらは宣言通り結婚する。12月29日。まほらの18歳の誕生日。まだ俺たちは学生だし、すぐに一緒に住む訳ではない。だけど、あの日の言葉に嘘は無いから。


 黄泉辻と玖珂が帰ると、居間にはまた俺たち二人になる。

「お茶いる?」

 片付けがてら問いかけると、まほらは悪戯そうに笑い、腕を組んで偉そうにふんぞり返る。

「そうね。凪原くん、お茶」

 懐かしい響きにうっかり涙がでそうになるが、なんとか堪えてニヤリと笑う。

「はいはい、女王様」

「はい、は一回よ」


 俺とまほらの主従ラブコメは12月29日に終わる。そこから始まるのはどんな物語になるのだろう。普通のラブコメディだといいんだけど、きっとそんなに一筋縄ではいかないと思う。けれど、ひとつだけわかっている事がある。


 最後はきっと、ハッピーエンドだって事だ――。


 

 主従ラブコメは12月29日に終わる。終


 

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重ねてありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
最高でした
こんな大騒動で幕を閉じる物語になるとは……! 高校生活のイベントや、友だち同士の会話が本当に楽しそうで……。 まほらちゃんが凪原くんを手放すと決めて動き始めてからは、本当に玖珂くんと……!?とハラハ…
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