12月12日、天気予報は曇りのち雨
――12月12日、土曜日。
衆議院選挙戦、最終日。天気は曇。空は濃い灰色の雲が覆い隠し、天気予報によると夕方から雨が降るらしい。
けやき並木が彩る南口広場は、昼過ぎから人と旗と声であふれ返っていた。
広場の東側、駅正面ロータリーには安眞木陣営の大型街宣車。白地に赤い文字で「やる気!元気!安眞木!」と描かれ、背後には青地の党旗が林立している。スーツ姿の支持者たちが拍手の練習を繰り返し、マイクテストの音が甲高く響く。
対して西側、けやき並木を背にした階段下が俺たちの……、爺ちゃんの演説場所。こちらは選挙カーすらなく、立て看板が一つ並ぶだけだ。少しフォーマルな私服を着た黄泉辻や久留里、鶴子ちゃん、そして俺が準備に走り回る。
「凪くん、テレビ局は四社来てるって。あと、ネットニュースとかも」
黄泉辻がスマホを握ったまま、息を切らして駆け寄ってくる。今の所その全ては安眞木陣営の報道に向いている。
安眞木の演説の後には総務大臣から党幹事長にクラスチェンジした和泉秋水も応援演説を行うらしい。
そして、SNSでまことしやかに流れる噂として、秋水の応援演説には玖珂三月も顔を出すそうだ。そのせいか選挙演説には似つかわしくない若い女性達もスマホを片手にその時を待っている。
両家の都合で兄と婚約させられた初恋の人の父を応援に来る王子様。言ってみれば、それが今日の玖珂三月の役回り。世の中が決めたのか、あいつがそうさせたのか。
俺たちと安眞木陣営の演説場所は同じ駅の南広場の中心と端。互いの声が干渉し合わない最低限の距離は保たれていて、小さいながら姿も視認できる。
あちらサイドはサクラや玖珂待ちの女性たちで賑わっているが、こっちサイドはあまり人はいない。
元々地元だから、多くの人が爺ちゃんに声をかけるけど、爺ちゃんは「今更儂の演説なんぞ聞いてもしゃーないじゃろ」と、笑いながら追い返した。
俺の我儘が無ければ、きっと多くの人達に支援してもらって、孫の欲目で無く爺ちゃんはきっと勝っただろう。――俺のせいで。
と、心で呟いてみてニヤリと笑う。そんな言葉はもう三年前に置いてきた。
「爺ちゃん、ありがとな」
俺がそう言うと、爺ちゃんは嬉しそうに笑う。
「馬鹿な孫を持つと苦労するわい」
「あ、玖珂センパイもうすぐ来るみたいっすね」
スマホを見ながら久留里が呟く。
「SNS情報?」
「や、普通にRheinで聞いたっす」
「……あー、そっか。お前は普通に知ってるよな」
「じゃああたしもまほらさんに聞いてみよ。『い、ま、ど、こ?』」
すると、すぐにピロンと返信が来る。
『今あなたの後ろよ』
「メリーさんかよ」
つい突っ込んでしまい、一人苦笑する。気づけば半年振り以上の懐かしさに目の奥が熱くなってしまう。
黄泉辻が一応振り向いてみると、当然後ろにまほらはおらず、遠く向こうに安眞木満の旗が冬の風に揺れている。
『見えた?』
振り向くに合わせて黄泉辻のスマホにメッセージが届く。
「え、もしかして」
「あの辺にいるんすか?」
久留里が大きく両手を振ると、『久留里さんは寒いのに元気ね』と返ってくる。
「あはは、すご。見えてるんだ」
「……化け物か」
黄泉辻は嬉しそうに笑い、俺はやられ役の噛ませ犬のような呟きをしてしまう。
試しに俺も手を振ってみる。けれど、黄泉辻のスマホは揺れなかった。
「黄泉辻、無視だぞ。良くないよな?」
「だねぇ」
「鶴子ちゃんも振ってみてよ」
「……え。なんで私が」
「頼む!選挙終わったらコーラ買ってやるから!」
「コーラずるい!センパイ、うちにも下さい!」
コーラをせがむ久留里を見て何を思ったのか、鶴子ちゃんは照れくさそうに小さくひらひらと手を振ってみる。
「や、約束だからな。終わったらコーラ」
鶴子ちゃんがそう言うと、やっぱりまた黄泉辻のスマホが鳴る。
『糸魚川さんね。久留里さんの友達の』
「怖っ、なんで見えてんの」
引きつった顔で黄泉辻の影に隠れる鶴子ちゃん。どうやら苗字は糸魚川と言うらしい。初出情報。
時刻はもうすぐ午後3時。間も無く演説が始まる。同じ駅で、同じ時間で、少しだけ離れた場所で同時に行われる。明らかに対決を打ち出した演説合戦。テレビカメラも、ウェブニュースも、たくさんの聴衆もいる。
「そろそろだなぁ」
俺たち五人は誰が言うでも無く輪になる。そして、最初に手を出したのは久留里だった。
「お祭りみたいでワクワクするっすね」
久留里が出した右手に鶴子ちゃんが重ねる。
「……逮捕されない事だけ祈っときますよ」
「保釈金は任せてね」
手を重ねながら不穏な言葉を言い、黄泉辻はいたずらそうに笑う。
「されねーよ。祈るなら爺ちゃんの健闘にしとけ」
黄泉辻の手に手を重ねる。そして、最後は爺ちゃんだ。手を重ねると、目を閉じてしみじみと呟く。
「人生わからんもんじゃのう。この歳でまだこんなに面白い事が起こる」
目を開くと、俺たち全員に向かってにかっと笑う。
「悪くないもんじゃな、歳をとるのも」
俺の我儘で始めたこの選挙。もう一つ我儘を言うのであれば――、爺ちゃんも勝ってほしい。俺の大好きな爺ちゃんが、あんな奴に負けただなんて、この世界の誰にも思って欲しくない。
「勝つぞ」
つい、口からそう漏れると、四人は口を揃えて声を上げる。
『おーっ!』
12月の曇り空に、俺たち5人の声が響いた。
――そして、時は午後三時ちょうど。
安眞木が駅前に姿を現した瞬間、正面側の広場から大きな拍手と歓声が湧き起こった。「あまぎ!あまぎ!」と名前を連呼する声がマイク越しに増幅され、広場全体に反響する。
肥えた体を揺らしながら選挙カーの屋根に乗ると、安眞木はマイクを手に声を張り上げる。
「やる気!元気!安眞木!お集まりの皆様、安眞木満、安眞木満でございます!」
凪原陣営の声をかき消すばかりに安眞木はマイクに声を上げる。
最後の戦いが始まる。




