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決戦は土曜日

 ――12月9日、水曜日。

「一応断っておくけど、このお茶は安すげぇ安いお茶だからな?何番茶か分からないレベルの茶葉だから」

「そんなに安か無いわい」

 俺の言葉に爺ちゃんが苦言を呈するが、違う。そうじゃない。

「選挙期間中にあんまりお高いもの振る舞うと『供応』って言って、選挙法に引っ掛かるんだよ」

 我が凪原家の居間には、黄泉辻と久留里、あとは鶴子ちゃん。ポスター貼りを手伝ってくれた愉快な仲間たちだ。

「へぇ。お菓子は無いんすか?」

「ねぇよ。話聞いてた?」

「凪センパイ、私が緋色にお菓子あげんのはマズイ?」

 鶴子ちゃんが手を挙げて俺に質問してくる。見た目は完全にヤンキーだが、久留里の友達だけあって悪い子では無い。

「んー、そっち同士であげるのは問題ない」

「だって。ほい、緋色」

「やったっ」

 鶴子ちゃんがカバンからお菓子を出して、久留里を餌付けする。

「結構厳しいんだね」

「そうなんよ。団扇もダメなんだぜ?だから夏はなんか政策が書いてある丸い厚紙配ってんだろ?あれはセーフ」

 俺の解説に黄泉辻は感心したように頷いてから嬉しそうに笑う。

「そっか、さすが凪くんっ」

「隙あらばイチャつくなぁ、この人ら」

「……イチャついてないんですけど?」

 

 テレビをつけると、爺ちゃんが出馬した東京30区がニュースで取り上げられていた。

 神祇本庁の元統理同士の対決。野党現職と、元統理二人。そのうち一人は与党幹事長・和泉秋水がバックについている。情報バラエティはこういうの大好物だ。


「ふむふむ、なるほどっす」

 選挙公報を広げながら久留里が訳知り顔で頷く。

 30区の選挙公報。爺ちゃんや安眞木の写真や略歴、政策や公約が載っている。ちなみに、爺ちゃんのキャッチコピーは『老人から君たちへ』。

 久留里は選挙公報から顔を上げると、明るく笑顔で俺に問いかける。

「どうっすか?頭良さそう?」

「……すげぇ悪そう」

 苦々しい顔で俺が返すと、案の定鶴子ちゃんが俺を睨んでいる。

「じゃあ鶴子ちゃんならどう答えるんだよ」

「えっ……。きっ、聞かれたのは私じゃ無いから」

 俺は鶴子ちゃんを指差して久留里を見る。

「久留里、聞いてあげて」

「鶴子、頭良さそう?」

「えーっと……、メガネ?メガネ掛けたらもっと頭良さそうに見えんじゃない?」

 なるほど、上手く回答をはぐらかした。やるな。

「結局じーちゃんは何が言いたいんすか?」

「ん?ジジイどもは若者の為に何かしようぜ、ってことじゃな」

 爺ちゃんの説明を聞いて久留里は首を捻る。

「そしたらじーちゃんたちの世話は誰がするんです?」

「余裕が出来たらしてもらおうかのう」

「ふーん、それでいいんすか」


 俺を睨んでいた鶴子ちゃんが、いつの間にか心配そうな顔で俺をみていることに気づく。

「どうかしたか?」

「あのさ、さっきからこれが違反だこれがダメだって言ってるじゃん?」

「言ってるな。マジで気をつけないと危ないんだよ」

 俺の言葉を受けて、鶴子ちゃんは神妙な顔で呟く。

「……じゃあさ。その計画?を実行したらさ、凪センパイ、捕まっちゃうんじゃないの?」

「凪くんやっぱり捕まるの!?」

「じーちゃん、いいんすか!?孫犯罪者っすよ!?」


 俺は湯呑みを傾けながら、ヒラヒラと手を横に振る。

「あぁ、それは心配しなくて大丈夫。問題ない」

 久留里は不安げにジト目を俺に向けてくる。

「……本当っすか?」

「おう。ルール違反ではないからな。ルール違反では」


 決戦は土曜日。投票日前日、選挙活動最終日。


 駅前で行われる安眞木の演説に合わせて、爺ちゃんも演説を行う。

 黄泉辻に頼んで、できるだけ多くのメディアを集めてくれるようにお願いをした。爺ちゃんをどうこうではなく、多くの注目を集めるように、とだけお願いした。


 もう後戻りはできない、しない。


 あとは土曜日を待つのみだ――。


 ――水曜日、夜。和泉邸。


「……そうか、現時点では現職有利か。凪原典善と安眞木で票が割れている、と」

 秘書から現時点での情勢を確認して、秋水は頷く。ここは安眞木を勝たせて自身の影響力を強めたい。衆院選に先駆けた改造内閣で、大臣を離れて党三役である幹事長の役職を得た。次の総裁選で悲願の総理を目指す。


 自身の選挙区は揺るぎなく優勢。であれば週末は安眞木の応援に向かうのが得策だろう。

あの老人(典善)は何故急に立候補してきたのか……。元々国政への意欲が高かったようにも思えない。と、なるとやはり安眞木への恨みか、あるいは――」


 秋水はグラスに注がれた炭酸水を一口飲む。淡い炭酸が喉を刺激する。


 ――私への恨みか。


 思い当たる節など幾つもある。事故の責任をとって統理の座を追われ、大社と家を手放して都落ちした。孫はまほらの下僕に身をやつし、あまつさえ無実の罪を着せて停学処分にもした。反旗を翻すには十分だろう。


 だが、今のところ積極的な選挙活動をしている様子は無い。後援会を組んでいる様子もなく、孫と学生数名が手伝っているに過ぎない。狙いは読めない。これで終わりなはずはない。もしかすると、玖珂遥次郎のスキャンダルも典善の仕込みか?と、考えるもいまいち決定打に欠ける。

 

「凪原典善、何を企んでいる……?」


 地図を広げて、土曜日のタイムスケジュールを確認する。

 そこには『駅前広場、午後3時』の文字。秋水は書斎を出ると、渡り廊下を進みまほらの部屋を目指す。そして、3度ノックをする。

「まほら、私だ」

 声を掛けると、急ぎ足でまほらは扉を開ける。

「どうかされましたか?」

「あぁ。土曜日、30区で大規模に動員を掛けて応援演説を行う。君と三月君にも来てほしい。凪原典善に教えてあげなければならないからね。……老兵は、去るのみと」


 まほらは神妙な面持ちで迷い無く頷く。

「分かりました。三月にも伝えます」


 晴れ間が続いた十二月の夜空は分厚い雲が立ち込める。月も、星も見当たらない空。

 ――そして、土曜日はやって来る。

 

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