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老兵は死なず

 ――12月1日。

 衆議院選挙の公示日。この日から、選挙戦が始まる。投票・開票日は12月13日。


安眞木(あまぎ)滿(みつる)、安眞木満をどうか国政へ。皆様のお力で連れて行っていただけますよう、強くお願いいたします。安眞木満、安眞木満でございます。お手を振っていただきありがとうございます。安眞木、安眞木でございます」


 選挙戦が始まり、選挙カーは言葉を覚えたての子供のように候補者の名前を連呼して街を行く。それにどのくらいの効果があるのか無いのかはわからない。

 『元』神祇本庁・統理である安眞木満は、職を辞して、和泉秋水の後ろ盾を得て、満を持しての国政選挙への出馬となる。負ければ無職。彼の人生にとっても大きな博打だ。


 安眞木の立候補した選挙区は、自身が宮司を務めた大社がある東京30区。秋水はいくつか区を挟んだ東京6区からの立候補だ。山口県に本宅を構える玖珂俊一郎は山口3区からの出馬となる。


「三月、あなた俊一郎さんの応援で山口行ったりするの?」

「応援って言っても未成年は選挙運動できないからねぇ。お茶出したりとか、あとは父さんの隣でニコニコしているくらいはできるけど。まほも行く?」

 軽く笑ってまほらを一泊旅行に誘う玖珂。まほらは頬杖を突いて大きくため息をつく。

「毎回断られるのわかってて誘ってくる精神力は本当に政治家向きよね」

「あはは、お褒めにあずかり光栄だね」


 白々しい言葉に白い目を返しながらまほらは言葉を続ける。

「今回お父様からほかの候補者のお手伝いをお願いされてるのよ。あなたの言うようにお茶出しとかしか出来ないけど、私が手伝った、っていう事実が必要だって」

「安眞木だろ?そこまでする程の人物かねぇ」

 馬鹿にしたように笑う玖珂。直接の面識はないまでも、人物の人となりは耳に入っている。端的に言うと欲の強い俗物。

「君とも因縁のある相手だろ。わざわざそこに手伝いに行かせるなんて――」

「踏み絵、でしょう?あなた風に言えばね」

 まほらはそう言ってクスクスと笑う。

「そんな事しなくても逆らわないのに」


 自嘲に聞こえるその言葉。

「僕も行ける時顔出すよ。二人揃ってる方がネット的にも映えるだろ。……30区の現職は野党だっけ?他に対抗馬いたかな?」

 スマホで立候補者の検索を始める玖珂。立候補は公示日一日のみ。立候補者の情報は若干のタイムラグのあとネットでも確認ができる。

「え、嘘だろ」


 玖珂は珍しく気の抜けた素の声を発し、まほらは物珍し気に彼のスマホをのぞき込みその元凶を探る。

「嘘っ!?」


 クラスメイトの視線など意に介さず、まほらも驚きの声を出す。顔が近づくのもいとわずに、まほらは玖珂のスマホを食い入るように見つめ、我が目を疑う。

『凪原典善』

 立候補者名簿には、見知ったその名が記されていた。

「なんで、……典善さんが?」

 中学三年の事故の時まで、彼らが住んでいた東京30区からの出馬。そして、彼を都落ちさせた政敵・安眞木の出馬に合わせての立候補。これはきっと偶然では無い。そして、これに凪原が無関係と考える方が不自然だろう。

 

「これはちょっと安眞木じゃ分が悪いんじゃないかなぁ」

 あきれ顔で玖珂が呟く。今は引っ越して小さな神社の宮司に留まるとはいえ、相手は30年近くに渡り神祇本庁の統理を務めた実力者であり、半世紀近くその地の大社の宮司を務めた人物だ。当然のことながら今なお地域の信望は厚い。

 

 玖珂はまほらの顔を指さして、クスリと笑う。

「まほ、笑ってるよ」

 まほらは言われて頬に手を当て、眉を寄せると玖珂を睨む。

「笑ってないわ」


◇◇◇


「司、立候補しといたぞ」

「お、さんきゅー」


「軽くない!?」


 下校時刻、凪原と黄泉辻が帰宅すると、居間から顔を覗かせた典善が凪原に告げ、黄泉辻はそのやり取りに驚きの声を上げる。

「爺ちゃん、軽いって。やり直し」

「なんと!?この凪原典善の70年が軽いと!?しょうがないのう……。司、リテイクじゃ。ゴホン」


 一旦凪原と黄泉辻は玄関の外に出る。

 そして、困惑する黄泉辻をよそに凪原は玄関の扉を開く。

「ただいまー」

 すると、家の照明は消えて真っ暗。玄関から差し入る日差しだけが家の中を照らす。

「……お、おぉ。司か。おかえり」

「じい……ちゃん?」

「あれ?なにこの茶番」


 黄泉辻の突っ込みを無視して典善は言葉を続ける。

「家財道具全部処分して、ようやく供託金捻り出せたわい。なんとか立候補だけはできたがの、票が取れにゃ供託金は没収。300万がパァじゃよ」

「……だ、大丈夫だ!俺だって働くし、当選すれば一発逆転だろ!?政治家先生だぞ!?」

「なァに、お前に迷惑はかけんさ。いざとなったらワシの年金もある。路頭に迷う事にはならんよ」

「……じ、爺ちゃん」


「重いって言うか、暗いよ!?まず電気つけよ!?」


 黄泉辻の狼狽ぶりを見て典善は満足そうに笑う。

「渚ちゃんはいつも元気じゃのう」


 凪原は黄泉辻を見てニコリとわざとらしく微笑む。

「俺も役者になれそ?」

「そこ茶化すと怒るよ」


 ジッと冷たい瞳で凪原に苦言を呈する。

 

 そして、三人は居間に移る。


「一応断っとくが、孫に頼まれたから出馬するほどお人よしじゃないから気にするなよ?」

 三人分の茶を入れ、自分で入れた茶を飲みながら典善は言葉を続ける。

「儂は和泉への自分のケジメとして統理を辞めて、大社を譲ったんじゃ。それをあのバカはどうにも『自分が勝った』『自分が典善を追い落とした』と吹聴しているきらいがある。だから、一度ちゃんと思い知らせなきゃいかんとは常々思ってたんじゃよ。……お前なんぞに負けた訳じゃない、とな」

 

 凪原は典善を指さして黄泉辻に笑いかける。

「黄泉辻、これがツンデレな」

「やかましいわ、お前が言うな」


 黄泉辻は心配そうに凪原を見る。

「……本当にやるんだね」

 凪原は力強く頷く。

「おう。上手くいくかはわかんねぇけど、他に手が考え付かない」

「……言われた通りに、パパにはお願いしておいた。12日でいいんだよね?」


 典善もその作戦は聞いている。聞いた時には我が耳を疑う様な、作戦とも言えない馬鹿げた夢想。心配そうな黄泉辻の表情は痛いほどよくわかる。

「……それ以外あたしはなんにもできないけど」

 しゅんとする黄泉辻の頭を凪原はパシっと軽くチョップする。

「何言ってんだよ。俺一人じゃ何にもできねーって言ってんだろ?」

 キョトンとした顔の黄泉辻に、凪原は照れ臭そうに呟く。

「生徒総会の時忘れたのか?俺一人じゃあんなもんだよ」

 全校生徒を前にして、口ごもり、気の利いた言葉の一言も言えなかった。


「鴻鵠祭だってそうだろ?黄泉辻が背中を押してくれたから、あんなすげーのが出来たんだ」

 照れ隠しのように、湯呑を口に運びながら、ジト目を黄泉辻に向ける。

「だから、何にもできないとか言うな。いてくれるだけで十分だ」


 その言葉を聞いて、黄泉辻はにへっと表情を蕩けさせ、湯呑を口に運ぶ。

「そっか。凪くんはあたしに一緒にいてほしいかぁ」

「あ、そう言う言い換え卑怯だぞ」


 二人のやり取りを微笑ましく見守りながら典善も茶をすする。


 戦いが始まったとは思えない、穏やかな夕暮れだった。――それはきっと、嵐の前の静けさだ。

 

 


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