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ひとりじゃ戦えないから

 ――十一月末。


 高校生活は残り三か月。多くの生徒はそのまま内部進学をする為か、大学受験を控えるピリピリ感はさほど感じられない。恥ずかしながら、この期に及んで俺は一切そんな事を考えていなかった。というより、考える余裕がなかった。将来のことを考えれば大学に行った方がいいのだろうけど、費用的な問題もある。


 だが、今はそんな事はどうでもいい。


 時間が無い。チャンスの時は近い。そして、次はいつあるかわからない。次なんてないかもしれない。俺は、まほらにまだ伝えていない事がある。


 俺一人では、それしかできない。恥ずかしく情けないことだが、それ以外は俺一人ではとてもできない。それを実行するまで到達できない。爺ちゃんに手助けを得てもまだ足りない。


 放課後、帰宅部の部室。


 暗幕を閉めた真っ暗な部室で、俺と黄泉辻は100インチのプロジェクターを使ってC組のロミジュリを観ている。鴻鵠館公式がフルサイズ配信をしているこの動画は、すでに500万再生を突破。なんならこのまま販売したってかなりの売り上げが見込めそうだとすら思う。



「つーかさ、まほらと玖珂以外のクオリティもやべーよな。照明とかの裏方の人らも含めて全部」

「ね。二人に話題が集まりがちだけど、要ちゃんの演技もかなりスゴイね。あ、凪くん。ポップコーン要る?」

「いる」


 俺が短く答えると、黄泉辻は塩バター味のポップコーンをパーティ開きしてくれる。俺の飲み物はコーラで、黄泉辻はパックの乳酸飲料。まるで映画館のようなノリで同級生たちの演劇を見ている放課後。


 明るい舞台の上で、舞踏会で踊るまほらはとても綺麗だった。でも、俺が思い出したのは四年前……、中学二年の冬・ここ鴻鵠館の門の前で、俺をここに誘った時のまほらだった。『……同じ学校に通えたら、素敵だなぁ……って思って』と照れ笑いをしたまほらは、思い出補正なんて抜きにして、この画面のどのまほらよりも確実に綺麗でかわいかった。


 もしかしたら、俺たちはあれからもう歪んで曲がってしまって、もうあの日には戻れないのかもしれない。けれど、そんなもの足掻かない理由にはならない。


「黄泉辻、最近まほらと連絡取れてる?」

 問いかけると、黄泉辻は申し訳なさそうに頷く。俺と違って黄泉辻とまほらは明確に友人なんだから、申し訳なさそうにする理由はこれっぽっちもないのだが。

「うん。……3月に入るまで少し忙しいけど、落ち着いたらまた前みたいに会えるって」


 俺は大きく息を吸い込んで、吐く。3月には玖珂の誕生日がある。

「どうせ、ろくでも無い事考えてんだよな。人間一人で考え込むと大概ろくでも無い事しか考えないもんだ」

「体験談?」

「どーかなぁ」


 黄泉辻に言うかどうか、このところずっと考えていた。黄泉辻は間違いなく俺にとって大事な友人だ。だけど、……それだけではないのも事実だ。そんな黄泉辻にこんな頼みごとをしていいのか、ずっと自答していた。だけど、腹は決まった。やっぱり、黄泉辻は大事な友達だから。まほらを助ける為に、力を貸してほしいから。


「黄泉辻、俺はあいつの考えてるろくでも無い事をぶっ壊したい。そして、伝えたい事があるんだ」


 そう言うと、黄泉辻は少し嬉しそうに微笑み、頷いた。

「うん。そう言うってことは、なにかアイディアがあるんだね?」

「あぁ」

 俺はこくりと頷く。

 

 暗幕の下りた薄暗い部室、プロジェクターの明かりと画面が俺と黄泉辻をほのかに照らし、画面の向こうにはまほらがいる。バルコニーで、おそらくは世界で一番有名だろうセリフを独白している。


 そして、まほらと玖珂の声をBGM代わりに、俺は黄泉辻に作戦を説明する。作戦なんて大それたものではない。ただ、俺がまほらに自分の気持ちをハッキリと伝えるだけの環境づくり。


 それを聞くと、黄泉辻は驚いた顔で俺を見る。

「それ、平気なの?捕まったりはしない……よね?」

「んー、調べたところ平気そう。爺ちゃんもなんも言わなかったし」


 黄泉辻は口元に手をやり、何やら考えてから心配そうな顔で俺を見る。

「そっか。典善さんが何も言わないなら、平気なんだろうけど。でも!問題はそれだけじゃないじゃん!?そんな事しちゃうと、一生ネットで拡散されちゃうかもしれないよ!?デジタルタトゥーって言って、消そうとしても一生消えない傷になっちゃうかもしれないんだから!」


 その言葉につい俺の口元が緩んでしまう。黄泉辻は俺を止めたかったのかもしれないけれど、その言葉は見事に逆効果だ。


「それ、いいな。一生消えない傷、ちょうど欲しかったんだ」


 ――そうすれば、俺もまほらの隣に立つ資格が得られるような気がした。

 あの日の自転車事故が脳裏に浮かぶ。抉れた頬を赤く染めて、それでもまほらは俺を心配してくれた。あの日から、俺とまほらを縛り付ける赤い鎖。それを断ち切る最初で最後で最大のチャンス。


 俺は黄泉辻に頭を下げる。この作戦を実行するには、金も、コネも足りない。勇気は今貰った。溢れんばかりの、勇気を。

 


「情けないけど、相手が強すぎて俺一人じゃ戦えない。だから、黄泉辻。俺に力を貸してくれ」


 俺の言葉を聞いて、黄泉辻は嬉しそうに笑う。

「あたしがいれば戦えるんだ?」


 当然、間を置かず力強く頷く。

「あぁ」

「そんなの勿論――」

 言いかけて黄泉辻は言葉を止める。そして、少し考えたかと思うと、恐る恐る指を一本立てる。


「ち、ちょっと偉そうに聞こえちゃうかもしれないけど、一つだけ条件出してもいい?」


 ややうわずった声で、ひきつった顔で黄泉辻はそう言った。

「もちろん。俺にできることならなんだって来い」


 ――この短い時間で、黄泉辻がどれだけ考えて、どれだけ勇気を振り絞ったのか、この時の俺はまだ知らない。そして、俺はやっぱり黄泉辻の好意に甘えていたんだろう。



 黄泉辻は胸に手を当て、一度短く目を閉じてから息を吐く。そして、ゆっくりと目を開いて俺を見た。



 



 

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