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花火

 ――七月下旬。

 世間は夏休みだが、2か月学校に行っていない俺からすると、なんの実感も湧かない。

 ちなみに、期末テストの1位はまほらだったらしい。なんと、満点で。そして一問差で2位が玖珂。まほらはどんな顔をして喜んだだろう?玖珂はどんな顔で悔しがっただろう。あの二人はこれからもそうやって高め合っていくのだと思うと、無性に悔しい気持ちになる。

 格も能力も何もかもが違うけど、悔しい気持ちくらい持つ権利はある。


 そして、俺は5位。一つ順位が上がった。誰も知ることのない、小さな俺の偉大な記録だ――。


「今日は花火大会に行きます」

 浴衣姿でうちを訪れた黄泉辻は、楽しそうに微笑んで俺にそう告げた。

 藍色に朝顔があしらわれた少し大人っぽい浴衣で、いつもと違い髪を上げてうなじを出した黄泉辻は、俺に荷物を手渡す。

「はい、これ凪くんのね」

 荷物の中はなんと男物の浴衣。

「着付け自分でできる?してあげよっか?」

 楽しそうにクスクス笑う黄泉辻に俺は白い目を向ける。

「いや、爺ちゃんに頼むからいい」

「もう〜、照れちゃって」

「照れてない。一般的な境界線の話」


 で、爺ちゃんを探すが、今日に限って家を空けている。


「……Tシャツハーフパンツじゃまずい?」

 一応聞いてみると、黄泉辻は目に見えて落ち込んだ顔をする。もし黄泉辻が犬だとするのなら、耳は垂れ、尻尾が地を這うのが目に浮かぶ。

「うん、じゃあそのままでいいから。花火……行こ?」

 力なく笑い、黄泉辻は玄関先を指さす。

「待て。着付けの動画とかあるよな?テレビでも見て待ってて」

 俺がそう答えると、黄泉辻はニッコリと口角を大きく上げて笑う。

「本当!?」

 笑顔を花に例えた先人って、天才だと思う。


 ――そして、30分ほど過ぎる。


「へ、変じゃない……よな?」

 黄泉辻が用意してくれたのは、グレー系の落ち着いた浴衣。特に柄とかは無い。

「うんうん!もちろん!全然変じゃないよ!似合ってる~。あっ、写真撮っていい!?」

 まさに『待て』を解除のされた犬のように、黄泉辻は俺の周りをグルグルと周り、全方位から俺の浴衣姿を眺める。

「本当に大丈夫?コスプレ感出てない?」

「あはは、だーいじょーうぶっ!」

 笑顔の黄泉辻に力強く言い切られると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくる。


 そして、花火大会に出発。浴衣姿で降りる石階段はやはり降りづらく、階段に手すりを付けた爺ちゃんの先見性に恐れいる。

「あれ?今日はタクシーじゃねぇの?」

 階段を下りてそのまま歩く黄泉辻に問いかける。別にタクシーの催促をしている訳ではなく、こいつらの基本移動手段がタクシーだからだ。

「うん、今日は電車で行こ」

 小気味よく下駄の音を鳴らしながら、楽しそうに黄泉辻が言う。

「もちろん構わんけど。どういう風の吹き回し?」

「ん?電車の方がデートっぽくない?」

「まぁ、そりゃ確かに」

 タクシーで移動より、電車で移動の方がデートっぽいのは同意。


 駅に着き、私鉄で都心方面へ。浴衣姿の男女もちらほらと見受けられる。

「凪くんは花火大会行ったことある?」

「逆に聞くけど、行った事あると思う?」

 マナー違反の質問返しをすると、黄泉辻は言い辛そうに口を開く。

「あるんじゃない?……まほらさんと、とか、さぁ」

「ないなぁ」

「そっか」


 短くそう答えると、俺を少し見上げて微笑む。

「来年は、三人で来ようね」

「そうだな」


 電車は揺れ、急行電車は都心に向かう。


 黄泉辻は、基本的に俺とまほらの昔の事を聞いてこない。和泉家の令嬢と、外部入学の一般家庭の俺。そして、入学式の下僕宣言。どう考えても入学前から接点があったと思うのが自然だろう。だけど、別に聞いてほしい訳ではないし、聞かれたところで俺が一人で答えるようなものでもない。そして、思い上がりでもなく、聞いてこない理由もなんとなくわかっている。


「今思いついたんだけどさ、黄泉辻の家から花火って超見えるんじゃないか?」

 黄泉辻の家は都心にあり、65階のタワマンの屋上にあるペントハウス。当然のことながら視界を遮るものなんてほとんどない。我ながら名案と思ったが、黄泉辻はジト目を俺に向けて抗議の意思を示す。

「凪くん、あたしの話聞いてた?」

「そりゃもちろん。来年は三人で来ようね、だろ?」

「もっと前だよ。電車の方がデートっぽくない?って言ったでしょ?それだと、あたし自分の家で花火を見てるだけじゃん」

「それも贅沢な話だな」


 目的地が近づくに連れて、電車は混雑を増し、浴衣姿の人々も増えてくる。それは駅を降りると加速度的に増えていく。

「うおぉ、何だこれ。本当に花火見えんのかよ」

「うぁあ、凪く~ん……」

 黄泉辻が人の流れに逆らえず、川に流されるかのように、俺に手を伸ばしたまま流れの向こうに追いやられていく。

「黄泉辻っ」


 流れに抗いながら黄泉辻に手を伸ばすと、黄泉辻は必死に俺の手を掴む。


 一旦道の端に寄り、体勢を整える。

「……はぁ、流されるかと思った」

「想像以上だなぁ」

 

「あっ、あのさ。はぐれたら大変だから袖持ってもいい?」

「おう。はぐれたらもう会えないぞ」

「あはは、本当にね。っていうか、もうすぐ始まっちゃうね」

「この調子じゃビルの隙間からしか見えなそうだな」

 俺の言葉を受けて、一度チラリと空を見てから黄泉辻は進行方向を指さす。

「あのね、一応シートの席は買ってあるの。だから、そこまで着きさえすればゆっくり見れる……はずだよ!」

「へぇ、……もしかしてお高いやつじゃないだろうな?」

「うん。普通に見たかったから、一番安いやつにしたよ。偉い?」

 黄泉辻は得意げに微笑む。

「偉い……か?あぁ、代金あとで払うよ」

「ううん、いいよ。あたしが誘ったんだから」

「そうはいかんだろ」

「いいからいいから!ほら、行こ」


 そう言って、黄泉辻は俺の手を引いて進む。浴衣の袖では無く、俺の手を握り、進む。

「あのー、……黄泉辻さん?それ浴衣じゃないんすけど」

 俺の半歩先を進む黄泉辻は、振り返らずに『うん、知ってる』と呟いた。

「……ほ、ほら、手を繋いでおかないと凪くん迷子になっちゃうからさ」

 人混みのせいか、日が暮れてもなお真夏日に近い気温のせいか、少し顔が熱い。

「前から言ってるけどな。男は大概バカだから、誰かれ構わずこんな事するとすぐ勘違いさせるんだから気をつけ――」

「誰彼構わずじゃないもん」


 俺の言葉を遮って、俺の方を見ずに黄泉辻はそう言った。俺は一度息を吸い、黄泉辻に気付かれないように静かに吐く。そして、できる限り落ち着いた声で名前を呼ぶ。

「黄泉辻」

 その声を聞いて、黄泉辻は寂しそうに微笑む。

「うん、わかってる。だから言わないで」


 黄泉辻は握った手に、少し力を込めた。その手は少し汗ばんでいて、少しだけ震えていた。


 花火が上がり、辺りからは歓声があがったが、俺たちの耳には入ってこなかった――。

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

最終回まで残り22話です。


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