瞳の奥
――七月中旬。都内某所、テレビ局。
「へぇ〜、三月くんって本当に高校生なんだぁ。超大人っぽいよねぇ」
玖珂三月の控室を訪れ、彼に色目を使うのは一歳年上のグラドル・葛城羽美。トークの出来るグラビアアイドルとしてバラエティや深夜番組で人気を博している。
超絶美形で且つ高学歴で親が政治家の玖珂に何度もアプローチをかけているが、玖珂はいつも笑顔で躱している。
「あのさ、羽美さん。言っておくけど僕脈無いよ?ずっと好きな人居るし」
それを聞いて葛城は露骨に嫌そうに眉を寄せる。
「え、それマジで言ってたの?テレビ用じゃ無くて?そんなやつまだいんの?」
「あはは、僕嘘とか苦手なんだよね」
――と、それがすでに嘘。
まほらと同じく、玖珂はいつでも薄笑みの仮面に本心を隠す。
「兄さんもそんな感じなんだけどさ」
そう言って玖珂はスマホに兄の写真を出す。玖珂家次男・遥次郎――、まほらの婚約者。
「正直もの過ぎて逆に彼女が出来ないって嘆いてたよ。弟の僕が言うのもアレだけど、そう悪い顔してないと思うんだけどなぁ」
写真の中で白い歯を見せてさわやかに笑う遥次郎。大柄な身体に纏うスーツは一目でハイブランドと分かる品で、左腕には高級時計が光る。
幼い頃より常に兄達と比べられ、値踏みされてきた玖珂は、相手が自分の何を見ているのかを鋭敏に感じ取れる。顔、容姿、能力、金、家柄、権力。
顔や容姿に寄られるのであれば、彼はかなり寛容に受け入れる。それは、彼の持ち物だから。だが、金や家柄に寄る相手は、――彼にとっては道具にしかなり得ない。
葛城の瞳の奥に映る物を改めて確認しつつ、玖珂は笑顔で言葉を続ける。
「よかったら会ってみない?」
その言葉に、葛城の瞳は玖珂が望むように輝いた――。
――7月中旬、一学期期末考査。
凪原は教師と一対一で第二会議室にいる。他の生徒の目に触れないように、登校時間過ぎに通用口を通っての登校。彼にとって約二か月振りの登校だ。
カンニングによる停学期間中であるが、特別措置としてテストを受ける事が許可された。屈強な体育教師が、凪原の僅かな挙動も見逃すまいと目の前で腕を組んで仁王立ちしている。
まもなく、テスト開始の時間。
「先生、もしこれで俺が上位取ったら、名前載るんすか?」
完全な監視の下で再び掲示板に載るようなことがあれば、世論にはどう映るだろうか。潔白か?それとも疑惑か。そう考えると答えは一つ。
「いや、載らないな。載っても載らなくても余計な火種になる。あくまでも特別措置だ」
体育教師は毅然とそう答え、俺はニヤリと口元を上げる。
「っすよね。助かります」
それなら気兼ねなくテストに集中できる。周りが俺をどう思うかなんてどうでもいい。まほらの判断が間違っていたと思わせたく無いし、玖珂とまほらに勝つと言ったあの時の自分を裏切りたくは無い。
だから、勝てるかは分からないけど全力でやりたかった。
間も無く、テストが始まる。
「またカンニングしないようにしっかり見張っといてくださいよ、先生」
監視は証拠。チラリと先生を見上げて減らず口を叩くと、先生は眉を寄せて申し訳無さそうに呟く。
「お前はしないだろ」
「え」
思わず間の抜けた声を出してしまう。先生は腕時計の秒針を気にしながら言葉を続ける。
「そんな目先の利益しか考えないやつが玖珂にケンカ売れるか。……すまんな、力になれなくて」
考えてみれば、この先生は風紀週間の時に風紀委員と一緒に指導をしていた先生だ。
なんと言ったらいいか考えているうちに定刻が訪れ、先生は「それでは試験開始」と戦いの始まりを告げた――。
――試験日程は三日間。
試験の終わりを告げる鐘が鳴る。
「お疲れさん」
体育の時田先生は用紙を回収すると俺に労いの言葉を掛けてくれる。
「や、先生こそ三日間お疲れ様っす。すいませんね、余計な仕事させちゃって」
「まぁそう言うな。下校時刻はあとで指示をするから、悪いが少し待っててくれ」
一応他の生徒とかち合わないようにとの配慮だそうだ。
だが、そんな配慮も虚しく、勢いよく会議室の扉が開く。
「センパイ、お疲れ様です!」
息を切らせて現れたのは久留里だった。
「久留里!?他の生徒には一切伝えていないのに、お前何故ここに!?」
「副会長にわからない事はないっすよ」
そう言って久留里は得意げに笑うと、時田先生の制止をふりきり、特に断りなく俺の向かいの席に座る。
言ってもしょうがないと判断したのか、先生はそのまま久留里を容認する様に、会議室を後にした。
「テストどうだった?」
かつては到底副会長らしからぬ成績だった久留里も、まほらや黄泉辻の協力と本人の努力の甲斐あって、段々と人に誇れる成績になってきた。
「ふふん、今回は結構自信あるっすよ」
「そりゃ楽しみだな。まほらは元気か?」
「元気……、かと言われると」(センパイ成分が足りなくて死ぬとか言ってるなんて、言える訳無いっす)
「え、含みのある言い方やめて」
「あはは、まぁまぁ!まほらセンパイはかわいいって事っすよ」
「よくわかんねーねけど、元気なら良かったよ」
久留里はケラケラと笑ったかと思うと、少し真面目な顔で俺を見る。
「センパイ、二学期になるとすぐ、生徒会選挙がありますよね?」
「だなぁ」
まほらと玖珂が鎬を削った選挙戦。あれからもう一年経つのか。
「うち、生徒会長になりますから。見ててくださいね」
真っ直ぐと俺の目を見て、久留里は力強く宣言した。その瞳の奥の決意を、俺はまだ知らなかった――。




