勝利条件
――小さく四角いスマートフォンの中では、玖珂三月が笑っていた。
『三月は高校生なんやろ?その髪、なんも言われへんの?』
バラエティ番組の見逃し配信。MCを務める大物芸能人が玖珂に問うと、玖珂はきょとんした顔で首を傾げる。
『地毛……ですけど?』
目の覚めるように鮮やかな銀色の長髪に、エメラルドグリーンの瞳。時折覗く耳にはいくつかのピアス。
『いや、噓やん。おとんもおかんもめっちゃ黒髪やないかーい』
『父さんは最近ちょっと怪しいですけどね』
それを聞いてMCは大爆笑して手を叩く。
『そらアンタのせいやわ。アンタが気苦労ばっかかけとんからや』
玖珂は納得できないと言った様子でまた首を捻る。
『僕がですか?』
『今しがた髪暴露しとったやん。そういうとこやで』
二枚目のルックスと、それに加えて末っ子を強く感じさせる隙のある雰囲気。そして、育ちの良さを窺わせつつ、レスポンスの早い返しからは知性も感じさせる。そして、父と公言はしていないが、彼の父は現役閣僚・玖珂俊一郎である。時折三月が話す家族エピソードにより、父・俊一郎の知名度は選挙に興味のない一般層まで広がるに至った。きっと、これも彼の想定通りの結果なのだろう。
凪原は、自身のスマホを黄泉辻と百舌鳥とで覗き込む。
「不快~、消して。この世から」
「スマホじゃねーのかよ」
苦々しい顔で百舌鳥が苦言を呈し、あきれ顔で凪原が答える。場所は凪原の自宅、凪野神社。境内のベンチに三人は集まる。
「つーか、何の用?」
「ん?普通にデートコースだが?」
「や、違うから」
黄泉辻は週に一度課題やプリントを届けに凪原の家を訪れる。本当は毎日でも訪れたいのだが、重いと思われたくないので週一の訪問に留めている。百舌鳥はそれに付いてきた来た形だ。目的はもちろん、カンニング疑惑への取材だ。
「まぁ、普通に取材だよね。カンニング疑惑の。単刀直入に聞くけど、やった?」
メモ帳を手に、右手の指五本を使い魔法の様なペン回しを披露する百舌鳥。
「……つーか、気になって仕方ないから回すのやめてくれよ。すげぇな、それ」
「はいはい。で、答えは?」
彼女なりのルールで、今は広報委員の腕章をつけている。真っ白な腕章は何色にも染まることが無い潔白さを意味し、世間話ではないことの証明である。
「やるわけねぇだろ」
黄泉辻は喜びを抑えきれずに、緩んだ顔で笑う。
「えへへ、知ってるよ?」
「じゃあ冤罪って事ね。じゃあ次の広報か号外でその記事作ろうと思うんだけど……、まぁ、その場合女王様は誤報で下僕を解雇した道化になっちゃうね」
その言い方に凪原は苦笑する。
「良い言い方してくれるわ、本当」
だが、それは二人には無かった視点であったのは事実。
凪原は大きくため息をつく。
「……ゲームみたいに勝利条件が明確だといいんだけどな」
凪原は考える。敵は誰だろうか?何だろうか?まほらを縛る鎖というのなら、敵は父・秋水になるだろうか?そもそもそれを断ち切る事をまほらは望んでいるのだろうか?
「ちょっと意見聞きたいんだけど」
凪原は二人に問いかける。黄泉辻は凪原と同じベンチに座り、百舌鳥はその前に立っている。
「うん、なに?」
「前提の確認。その記事を出すとして、主なメリットは俺の名誉の回復なわけだよな?」
「あとは真実の価値とか、報道の云々とか青臭いやつかな」
「ならいいや。俺がやりました」
悪びれる様子もなく、軽く笑い凪原はそう答えた。
「……ええぇっ!?」
一瞬考えてから黄泉辻は驚き声を上げ、凪原の肩を手で揺らす。
「ちょっ……、ちょっと凪くん!?言ってる事違うじゃん!さっきやってないって言ってたよね!?」
「んー、気持ちはありがたいんだけどさ。考えれば、考えるほど……、損得が釣り合ってないな、と」
自分の名誉を回復する為にまほらに泥を被せる。どう考えても凪原がそんな事を選ぶはずはない。それに、ここで秋水からの圧力だと言う事を証明できたとしても、それで丸く収まる保証はない。そんなものでダメージを与えられる相手ではない。
「これ独り言な?……もし、それがそいつにダメージを与えられる一手だとしても、それを放つのは多分今じゃないんだわ。……一撃で逆転できる時に使わないと、次はきっともっと困難になる。もしかしたら、次なんてないかもしれない。どう言ったら伝わるか……」
凪原は腕を組んで頭を抱える。
驚きはしたものの、まほらに不利益が出るような事を凪原がするはずはない。黄泉辻は一度唇をぐっと結び、コクリと頷く。
「よくわかんない事ばっかりだけど、……でもわかった」
「それわかってんの?」
「黄泉辻も悪いね。怒ってるところ我慢させちゃって。でも、もうちょっと待ってくれ」
黄泉辻に向けて、挑発的に笑う。
「絶対スッキリさせてやるから」
「うん、わかった」
――その夜、深夜に放送された恋愛バラエティ。
『彼女?あはは、いませんよ。ただ、片思いはずっとしていますね。……子供のころからずっと、幼馴染に』
12月29日まで、残り半年と少し。玖珂は次の一手を打つ。盤面は広がり、SNSから世論に火は広がる。




