表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/135

告白

――早朝、和泉邸。

 シャワーを浴びるまほら。艶のある長い黒髪と、白磁の様に滑らかな肌としなやかな身体を水滴が流れ落ち、眠気も共に洗い流す。

 その右頬にはうっすらとあざの様に傷跡が見える。

 風呂上がり、髪を乾かし、整えながら右頬に触れる。白磁の様な肌にほんの少しの違和感。右頬を一度撫でると耐水のコンシーラーで傷痕を隠す。化粧を終えると様々角度から確認し、仕上がりを確認すると少しだけ微笑んでみる。

 耐水性のコンシーラー。少し汗をかいたくらいでは落ちやしない。だけど彼女は汗をかく事を嫌う。それは然程おかしなことではないだろう。


「あら」

 登校して、靴箱を開けると一枚の封筒を見つける。

「まほらさん、それもしかして!?」

 一緒に登校してきた黄泉辻渚が色めき立つ。

「えぇ。昨日帰る時には入っていなかったわね。ほぼ最終下校時刻だった訳だから、この怪文書の犯人は私より早く登校してきた人物に特定される……。まぁ?そんな事しなくても生徒会権限で防犯カメラを調べれば一目瞭然だけど」

 得意げに中途半端な推理を披露するまほら。

「いきなり怪文書呼ばわりはさすがに可哀想じゃない!?」

 黄泉辻の言葉にまほらは首を傾げる。

「差出人名の無い文書は大半が怪文書の類でしょう?あなたは差出人名の無いメールを開くの?それはちょっとネットリテラシーに欠けると思うわ」

「それはそうだけどさぁ!多分それ……、アレでしょ?」

「そうよ。怪文書」

「進展なし!」

 まほらは黄泉辻を見て優しく微笑む。

「ふふ、黄泉辻さんは朝から元気ね」

「……本来は割と低血圧だよ?。待って、乳酸菌摂るから」

 やれやれ、とばかりにお馴染みパック飲料を開いてストローを刺す。

「メールとかはおいといてさ、学校で下駄箱に手紙って言ったら一つしかないと思うんだよね」

「えぇ、それは同意するわ。か――」

「怪文書から一旦離れよ!?」

 食い気味にまほらの言葉を遮る。二人は中々下駄箱から移動できない。

「いい?まずそれはラブレターと仮定するよ?」

「えぇ、まぁ仮定であればご自由に」

「……でも、まほらさんにはもう相手がいる訳じゃない?」

 ひそひそ声での黄泉辻の言葉にまほらは眉を寄せる。

「相手?」

 まさか、知る由もないとは思いながらも迂闊なことは言えない。まほらには婚約者がいる。政治家一族玖珂家。同級生玖珂三月の歳の離れた兄、玖珂遥次郎27歳。公にされているものでは無いが、界隈では知られている可能性はある。黄泉辻も大会社の令嬢。可能性はゼロでは無い。

 心の帯を締め直し、どんな揺さぶりにも耐えられる様に無表情を貫く。まだ、知られるわけにはいかない。まほらは瞬時に覚悟を決める。

 

 そして黄泉辻は神妙な顔で囁く。

「うん、凪くんでしょ?」

「違うけどぉ!?全然本当に違いますけどぉ!?見当違いも甚だしいわ!」


 思わぬ反応に黄泉辻はキョトンとしてしまう。

「え?でもさ」

「デモもテロもないの。いい?黄泉辻さん。あなた根本的に根源的で抜本的な勘違いをしているわ。ちょっとそこに正座しなさい」

「えぇー?」

 と言いつつも廊下で正座をする黄泉辻。茶道部なので実は正座は得意だ。

「あのね。凪原くんは私の下僕なの。だからそう言うのじゃ無いの。わかるわよね?そんなに難しい話じゃ無いものね」

 

「うわ、朝から同級生正座させて何やってるんすか、和泉さん。イジメよくないっすよ」

 遅刻ギリギリに登校してきた凪原司はまほらに白い目を向けるが、鋭い視線が返ってくる。

「うるさい、下僕。この正座はあなたのせいよ」

「朝から理不尽大魔神だなぁ。遅刻するぞ」

「え?」

 

 時計を見ると確かにもういい時刻。急ぎ階段を駆け上がり、三人は何とかホームルームに遅刻せずに済む。

 一限目、二限目を終え、昼休みになるまで黄泉辻はまほらを観察するも、どうにも手紙を読む気配がない。もしかしたら指定の時間はもう迫ってくるのかもしれない。手紙の主はドキドキを抑えて足を震わせて待っているのかもしれない。自身は全く関係ないにも関わらずその光景を想像するだけでいてもたってもいられなくなる。

 

「ま、まほらさん。関係ないのに恐縮なんだけど、お手紙読まないの?」

 昼休み、まほらを廊下の端に連れ出して黄泉辻はヒソヒソ声で囁く。

「えぇ、読まないわ。必要ないもの。知らない人からの好意なんて」

 さも当然とばかりにまほらは答える。

「えー……とさ、それで嫌われちゃったりとか、するかもじゃない?……怖くない?」

 まほらは首を傾げる。

「知らない人に嫌われて何か問題ある?」

 全く相容れない価値観。本心からそう言っているだろうまほらの瞳を黄泉辻は羨ましそうに眺めて微笑む。

「そっか。……まほらさんは強いなぁ。あたしは嫌われるのが怖くって」


 まほらは驚き目を丸くする。

「嫌われるのが怖いのにいつもあんなに皆に囲まれてるの?」

 まほらの質問の意図が分からず黄泉辻は首を傾げる。

「そう言うものじゃないかな……?普通だと思うけど」

 首を傾げる黄泉辻にまほらは微笑みかける。

「すごいわね。あなたの方が全然強いじゃない。言っておくけど、私は強くなんかないわよ?自分で言うのもなんだけど、弱いから人と一緒にいないだけだし、弱いから隠してるんだもの」

「隠してるって――」


 一瞬躊躇いを見せるが、まほらは黄泉辻の右手を両手で取り、自身の右頬に触れさせる。その手は微かに震えている。

 なめらかできめ細かい白い肌。コンシーラーで隠しているその傷跡を、黄泉辻に触れさせる。

「え……?」

「顔に傷があるの。2年前、ちょっとした事故で。まだ痕が残ってるのよ。いつもは隠してるんだけど」

 だから、汗をかきたくないから体育も休んでいるんだ、とまほらは申し訳なさそうに笑う。


 そして、照れ隠しにゴホンと一度咳払いをしたかと思うと、ジッと黄泉辻にジト目を向ける。

「言っておくけど、誰にでも話すものじゃないからね?……あなたを友達と思ってるから話したのよ」

 「……まほらさん」

 黄泉辻の目に涙がにじむ。

「友達!友達だよ、あたし達!絶対!ズッ友だよ!」

「不思議。急に軽く感じるわね」


 そうこうしている内に昼休みも半分が過ぎる。

「大変!ごはん食べる時間無くなっちゃうね」

「そうね。そう言えば何でこんな話になったんだっけ?」

「そうだよ!まほらさんのラブレターだよ!」


 まほらはあきれ顔でポケットから封筒を取りだす。

「そんなに気になるなら見ればいいじゃない」

 特に躊躇いや情緒もなく、無感情に封筒を開く。

「あっ、そんな適当に!」

 

 綺麗に2つに折られた便箋を開く――。


『調子乗んなブス』


 殴り書きの文字を見てからまほらは黄泉辻を見て得意げに笑う。

「ほら、怪文書でしょう?」

「……やっぱりまほらさん強いじゃん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ