ある日の生徒会活動記録、部外秘。
――凪原はそのまま一切の抗弁をせずに2か月に渡る停学に入る。期間はちょうど一学期の終わりまでだ。
その日、和泉まほらは帰宅部に退部届を提出した。
「ねぇ、三月。あぁ、久留里さんでもいいわ」
生徒会室の端にある自席で、珍しくぼうっと上の空で頬杖を突くまほらが呟く。生徒会室内には、会長である玖珂三月と副会長の久留里緋色が在室だ。
「なんすか?」
お茶でも淹れるのか、と久留里は早くも席を立つ。
まほらは遠く窓の外を眺めながら言葉を続ける。
「なんでもいいから毎日一つ私に凪原くんの最新情報を届けてちょうだい」
「えっ」
久留里と、それ以上に玖珂が驚きまほらを見る。玖珂は珍しく笑顔が消えて素で驚いた顔をする。
「……ま、まほら先輩。それってどういう意味なんすか?」
まほらは大きくため息をついて、あきれ顔で久留里を見る。
「どうって、言葉通りの意味に決まってるでしょ。凪原くん成分が足りないと私死ぬのよ」
「ええっ!?」
「ま、待って、まほ。それはまずい。色々まずいって。漏れ出てる」
玖珂が苦笑いでまほらを制止する。これほど珍しい光景は無い。
「好きが漏れ出てる……ってことっすか?」
玖珂は引きつり笑いで久留里の肩に手を置き、圧を掛ける。
「緋色ちゃん。言うまでもないと思うけどさ、生徒会室内の事は守秘義務があるからね。他言無用だから」
「もちろん了解っす」
まほらのスマホからは『アミリーマート公式』を装った凪原のRhineアカウントも消え、彼女には凪原の事を知る由もない。もう凪原の家を訪れる事も出来ない。まだ秘密裡ではあるが、じきにクラスも変わり、玖珂と同じC組へと転籍になる予定だ。
まほらは、最大限凪原との接点を無くす。そうしなければ、次の一手で彼は確実に退学になるだろう。中学二年の頃から、彼がどれだけ努力してここ鴻鵠館に受かったかを知っている。その努力を水泡に帰させる訳にはいかない。
「会長。つまりまほら先輩は凪原センパイが好き、って事でいいんですか?」
ひそひそ声で久留里は玖珂に問い、玖珂は苦虫を嚙み潰した様な顔で答える。
「……僕から言える事はないけど、この部屋の外で絶対言わないでね、それ」
久留里は腕を組み、一人納得したように頷く。
「でも、思い返せば凪原センパイが初めてここに来た時も、まほら先輩後ろでかわいいドヤ顔してましたしね」
そう言って、もう一つ思い出した久留里は笑顔で人差し指を立てる。
「あっ、鴻鵠祭の時は腕に抱きついてたっすよね。コアラみたいに」
まほらはバンと両手で机を叩き、憤慨の声を上げる。
「コアラは黄泉辻さんでしょお!?」
そしてそのまま子供の様に机をバンバンと叩く。
「そんなことより、何でもいいから新しい情報を早く頂戴!私が死んでもいいの!?」
まほらの催促を受けて、久留里は得意げにスマホを取り出す。
「しょうがないなぁ。じゃあうちの秘蔵のセンパイ写真お見せするっすよ」
「えっ!?そんなものあるの!?」
「もちろんっす」
秘蔵というほど大したものではないが、帰宅部の部室に行った時に撮った写真がたくさん入っている。
「……あら?」
満面の笑顔でスマホの画像を網膜に焼き付けていたまほらの表情が冷たく固まる。
画面にはエプロンと三角巾を付けた凪原の写真。――凪原の自宅で行われたホワイトデーのお返し制作会だ。
「これはなにかしら?」
「センパイの家でクッキー作った時っすね」
全く悪びれることなく久留里は笑顔で答える。
「へ、へぇ……。そう。凪原くんの家に行ったのね。いいわね、私はもう一生行けないのに」
口をとがらせて不満を漏らしながらも画面をフリックして、全ての写真を脳裏に刻む。ホワイトデーに貰ったブールドネージュ。こんなにも一生懸命に作ってくれていたのか、と嬉しくなると同時にやはり久留里への嫉妬心も湧いてしまう。そして、自分がもうこれを貰う事は無い事に気づき、絶望するとそのまま机に突っ伏してしまう。
「久留里さん、スマホありがとう……。おかげで補給できたわ」
机に伏しながら久留里にスマホを差し出す。
「逆にダメージ負ってません?」
そう答えて、久留里は首を捻る。そして、思った疑問は吟味と言う回路を介さず直接口を出る。
「そんなに好きなら告白すればいいのに」
思わぬ爆弾発言に自席で玖珂も目を見開く。
机に伏したままでまほらは恨みがましく顔を上げる。
「……そう単純な話じゃないのよ」
久留里は反対に首を捻る。
「どんな話なんすか?」
「私、婚約者がいるのよ。12月に結婚するの。誕生日に」
「へぇ、それはロマンティックっすねぇ」
「頭が沸いているの?相手は三月のお兄さんよ」
「えっ!?じゃあ会長が弟になるんですか!?」
「で、僕は兄さんを蹴落として婚約者になろうとしてるって訳」
自席で、いつもの様な涼しげな笑みを浮かべながら玖珂も暴露話に乗っかる。
「えええ!?」
あまりの情報量と重さに久留里は無言で給湯所に向かい、一人お茶を淹れる。途中、一度天を仰いで大きく息を吐く。そして、三人分のお茶を淹れて、それぞれの机を回る。
一口お茶を飲み、はぁと短く息を吐く。
「はぁ、お茶がおいしいっすね」
「だねぇ」
もうすぐ6月。夏休みを終えた9月になれば、また生徒会選挙が始まる。この三人で活動できるのは残り3か月も無い。
「うちは皆応援するっすよ」
凪原も、まほらも、玖珂も、黄泉辻も。誰に肩入れなど出来ない。全員本気の気持ちであろう事は久留里にもわかる。そんな気持ちを持てる相手がいる事を少しうらやましくも思うし、いつか自分にもそんな相手が現れるのかと考えるとなにやらむずかゆい心持ちになる。
まほらは嬉しそうにほほ笑む。
「そう。ありがと」
「皆って、僕の兄さんも?」
「や、知らない人は知らないっすね」




