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修学旅行・最終日 和泉まほらは『。』をつける。

 ――三泊四日の修学旅行を終えて、凪原司と和泉まほらは帰路に就く。


 駅での現地解散であり、同じタクシーで黄泉辻班4人は家路を辿る。板垣が降りて、黄泉辻が降りて、最後は凪原とまほらだ。


 タクシーは凪原の実家である凪野神社の少し手前で停車する。

「少し歩かない?」

「おう」


 二人は川沿いを歩き、凪原の家へと向かう。五月の中旬、時刻は夕方の6時半を少し回ったあたり。夕日はちょうど西の空に飲み込まれようとしていて、抵抗するかのように空を赤く染める。

「荷物、持つぞ」

 凪原がまほらに手を差し出す。まほらの手には大きめの紙袋が二つ。

「ううん、大丈夫。典善さんへのお土産だから。お土産くらいは自分で持つよ」

 そう否定しながらも、差し出された左手が名残惜しく感じてしまう。

 まほらは荷物を持ち替えて、凪原の左手を握る。

 凪原がチラリとまほらに視線をやると、まほらは悪戯そうに微笑む。

「重かった?」

「いや、全然。余裕」


(……ごめんね、黄泉辻さん。もう少しだけだから)

 まほらは心の奥で黄泉辻に懺悔をする。


 ――まほらはもう、決めていた。


 二人は手を繋いだまま、修学旅行の思い出を口々に、古びた石階段に至る。


 まほらは、この修学旅行をずっと楽しみにしていた。凪原と、黄泉辻との京都旅行。そして、夜の女子会。人生で初めての友人と言える黄泉辻との恋バナ。ずっと気が付いていた彼女の恋心を、本人から聞く事が出来た。――もっとも、それを引き出す為に綿密に作られたのがあのズレたチェックシートだ。


 まほらは、次の誕生日に玖珂三月の兄・遥次郎と結婚をする。玖珂が兄を失脚させる為に暗躍する様だが、その場合でも相手は玖珂三月に代わるだけだ。


 和泉まほらは、凪原司に恋をしている。

 小学五年の頃から大事に育ててきたそれは、今はもう既にいびつに歪んでしまい、黄泉辻の様な真っすぐで純粋ななものではないかもしれない。

 それでも、その想いは偽物なんかではないと彼女は信じている。そして、真っすぐ綺麗な黄泉辻がうらやましく、誇らしい。

 

 だから、まほらはこの修学旅行を楽しみにしていた。ずっと前から決めていた。この修学旅行で、親友の恋の背中を押すことを。


 二人は手を繋いだまま、石階段を上る。手すりが付いていようと、そんな事は関係ない。


 黄泉辻は、まほらの親友だ。だから、もし彼女と凪原が一緒になる事があれば、……結婚しても、今のように三人で楽しく話す事ができる。だから、望まぬ結婚をしたとしても、自分は幸せになれると確信している。


「班別行動、なんで司くんがあそこ選んだから知ってるよ」

「なんでって。男はみんな信長好きだろ」

 平静を装って凪原は答えるが、確信に満ちたまほらの瞳からは逃れられないことも彼はよく知っている。

 

 凪原が選んだ場所は、本能寺『跡』。現存する本能寺は、かつての跡地から離れた場所に移設されており、この『跡地』には石碑があるのみで、ほかには何もない。よっぽど熱心な歴史マニアでもなければ、観光したい場所筆頭に挙げる場所ではないだろう。

 まほらは意地悪そうな笑みを浮かべて一段先を上る凪原に告げる。

「集合場所から遠くなくて、すぐ見終わる場所だからでしょ?その分みんなの場所をゆっくり見られる様に」

「そ、想像力豊かっすね」

 もちろん図星。苦笑いの凪原を見て、まほらは嬉しそうに呟く。

「本当、……そう言うところよ?」

 ――そう言うところも、好き。思うだけで口に出すはずもない。

「修学旅行、楽しかったな」

 階段を上りきって凪原がそう言うと、まほらは手を繋いだまま不満げに口を尖らせる。

「まだ終わってないでしょ?家に帰るまでが修学旅行よ」

「そうだな。帰宅部ともあろうものが」

 二人は楽しそうに笑い合う。


「ねぇ、凪原くん」

 まほらは優しく微笑む。

 ――『凪原くん』、と『司くん』

 そんな2つの呼び名を使い分けなければ、まともに関われない。あの事故がなければ、もっと普通の少女の様に彼と関われただろうか?

 そう考えて、もしそうだったとしても、どの道18歳の誕生日は越えられなかっただろうと思い至り、無益な思考を止めた。

 まほらは凪原に向かい両手を広げる。

 まだ、修学旅行は終わっていない。楽しい修学旅行だった、と一生噛み締められる思い出にしたい――。

「動かないで」

 日は沈み、辺りは夜が支配する。少し増えた街灯がかろうじて夜の支配を拒み、樹々に覆われた境内をほのかに照らす。

 そして、まほらは凪原の背中に両手を回し、きゅっと手に力を入れる。自身より少し温かい体温を全身に感じ、顔をその胸に当てる。

「ま、まほら……?」

「いいから、そのまま」


 まほらは『凪原くん』と呼んだ。だからこれは命令だ。


 凪原の両手が、まほらの抱擁に応えようとピクリと動く。だが、それを制する様にまほらは呟く。

「ダメよ。私はあなたのものじゃないから」

 主人と下僕。その言葉にこもったそれ以上の意味は、凪原にはまだ知る由もない。


「修学旅行、楽しかったわね」

 凪原の身体に頰を寄せて、まほらは噛み締める様に微笑む。

「だなぁ」

 町外れの神社、人のいない境内、夕暮れ過ぎの薄闇の中、二人はしばらくの間そのままでいた。小さな池に泳ぐ金魚だけが、尾を揺らし、ただそれを眺めていた――。


 和泉まほらは句点()を打つ。初めての、自分の恋心に。その後に続き得た恋物語の続きに、別れを告げる為に。

 

 

 

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