修学旅行・三日目 鳥居の数は変わらない。
――修学旅行、三日目。
この日は班別行動。黄泉辻渚が班長を務める黄泉辻班は、嵯峨野、本能寺、二条御所、伏見稲荷大社を訪れる。全員の行きたい場所を線で結ぶ、効率度外視のわがままコースだ。
宇治川近くの旅館を起点にして、強行軍はスタート。ゴールは京都駅に夕方五時。
まず訪れたのは和泉まほら希望の伏見稲荷大社。圧巻の千本鳥居が代名詞の名所だ。
「すごっ。本当に千本あるのかな?」
楽しそうに鳥居を見上げながら黄泉辻渚が呟く。
「数えたらいいんじゃね?」
他人事の様に凪原司が答えると、黄泉辻は凪原の鞄を引いて鳥居を指差す。
「じゃあ凪くんも一緒に数えよっか」
「え、普通にやだよ。観光したい」
凪原の拒絶を受けて黄泉辻は笑顔を見せる。
「でも、しょうが〜?」
「……なくねぇよ」
さすがにここでは「しょうがねぇなぁ」とはならず、黄泉辻は諦めて鳥居を数える。――ただし、それは20を過ぎた辺りですぐに止まる。
「ねぇ、凪原くん」
まほらの口調から無茶振りの空気を察し、凪原は苦笑いを浮かべる。
「なんでしょうかね、まほらさん」
「あなたの神社もこうすべきだと思うの。素敵じゃない」
「……あいにく金が無いもんで。あってもやんないけど」
「あら、そう。残念ね」
まほらはそう言ってクスクスと笑う。
修学旅行三日目も天気が良く、平年を少し上回る陽気の中。木々の隙間から漏れる陽射しの中、四人は千本鳥居を進み、最初の経由地・奥社奉拝所を目指す。一般的には、そこまでの鳥居のトンネルを千本鳥居と言うそうだ。
10分程進み、四人は千本鳥居を抜ける。朱色の天井は、緑に縁取られた鮮やかな青へと変わる。
「すごかったね〜」
歩いてきたトンネルを振り返り黄泉辻が満足げに微笑む。
「板垣大丈夫か?」
凪原は少し遅れる板垣に声をかける。
「あ、あぁ。問題ない」
まほらはチラリと板垣を見る。彼はこの10分間、軽微な相槌以外ほとんど会話に参加しなかった。何かを数える指の動きと、小さく呟く口元で彼の意図を察したまほらは
優しげな視線と微笑みで彼を見守る。
そして、板垣に話しかけようとする凪原を遮って視線の先の石を指差す。
「凪原くん、あの石」
「ん?あ、おもかる石、だっけ?」
黄泉辻は首を傾げる。
「なにそれ」
「願い事をしてから石を持って、思ったより軽ければ願いが叶うんだと」
「へぇ、重かったら?」
「要努力」
その説明を聞いて黄泉辻の目がキラキラと輝く。
「面白そう!」
「遊びではないんだよなぁ」
呆れ笑いをしながらも、三人はおもかる石のある灯籠へと向かう。
三人に遅れて、板垣は鳥居を進む。
――三人は願い事をして、灯籠に乗った石を持つ。
石は二つ。まずは凪原と黄泉辻。
「んっ」
「もうその声で答え出てんぞ」
石を置き、黄泉辻は汗を拭い爽やかな顔で笑う。
「思ったより軽かった」
「そ、そうか」
まほらは腕を組みながら凪原をじっと見る。
「人の事はいいのよ。そういうあなたはどうなの?」
「んー、思ったより重かったな」
――思ったより重ければ、願いを叶えるには努力を要する。
それを聞いてまほらは挑発的な笑みを向ける。
「あら、それはかわいそうねぇ」
「いや――」
凪原はお返しとばかりに、まほらに挑戦的な視線を向ける。
「そんなの最初からわかってるから」
まほらは、「そう」と短く答えて少し嬉しそうに口元をゆるめた。
――その直後、三人の後ろから板垣の声がした。
「はっぴゃくろくじゅうさんっ!」
急に大きな声を出した板垣に、凪原と黄泉辻は驚きみじろぎ、まほらは最初から分かっていたとばかりに微笑んでいる。
「黄泉辻さん!鳥居、863本だった。多分、……いや!間違いない。しっかり確認して数えたから」
成し遂げた、と言う高揚が表情からも分かる。
黄泉辻はキョトンとした顔で板垣を見る。
「……数えてたの?ずっと?」
その一言で、板垣の顔からさぁっと血の気が引き、我に返る。――しまった。よく考えたら、気持ち悪かったか!?
眉を寄せて怪訝な顔をする黄泉辻の表情が浮かんでしまい、板垣は慌てて弁明を始める。
「い、いや。違うんだ黄泉辻さん――」
だが、黄泉辻の反応は彼の想像とは違った。
「すっごいね!板垣くん!」
興奮した様子で両手を握り、キラキラと輝く瞳を板垣に向ける。そして、彼女が犬ならパタパタと振れる尻尾が見えんばかりの勢いで板垣に駆け寄る。
「863本もあるんだ!?よく数えたねぇ。あたしなんて20本までだったのに!すごいすごい!」
想い人である黄泉辻に全肯定とばかりに褒められて、板垣は照れくさいやら恥ずかしいやらで所在のなさを感じてしまう。そして、照れ隠しにと、苦笑いでスマホを出して検索を始める。
「そっ、そうだ!答え合わせをしよう!検索すればきっと――」
自分の行いの無粋さに気づかぬまま、板垣は検索を続ける。
検索結果を見た板垣の苦笑いは、消沈した引きつり顔へと変わる。
「日によって、変わるらしい……。修繕や、追加で」
検索によると、鳥居の数は増減があり、大体800から900の間らしい。
板垣は己の行為の徒労を嘆くよりも先に、黄泉辻の落胆する顔が浮かんでしまう。今僥倖にも自分に向けられた天使の如き笑顔が曇ってしまう事に胸が痛んだ。
検索なんてしなければ――、己の愚かさを恥じつつ、恐る恐るスマホから視線を上げる。
「……ごめん、黄泉辻さん」
だが、黄泉辻の瞳は変わらず煌めいていた。
「ん?なんでごめん?あたし達四人で来た今日は863本でしょ?」
明日は少し少ないかもしれないし、次に来る時は多いかもしれない。けれど、四人で来た今日は863本だ。
そんな特別を黄泉辻は喜び、笑顔を咲かせた。
「……つーかさ、もしかしてまほらも数えてたりしない?」
凪原はヒソヒソと小声でまほらに問うと、まほらは腕を組んで呆れ顔でため息をつく。
「凪原くん。それを言うほど私は野暮じゃないわよ?」
「……もう答えだろ、それ」




