修学旅行・二日目 まほらと黄泉辻の夜
――修学旅行・初日を終える。
「今日マジで見回り多くね?」「部屋移動、完全に詰んだわ」
「えー、俺彼女に行くって言っちゃったんだけど……」
――そんな声があちこちから聞こえる中、生徒たちは諦めてそれぞれの部屋に戻っていった。
初日と三日目は洋室の二人部屋、二日目は和室の六人部屋だ。
「明日憂鬱だよなぁ。どっか外居ようかな」
ベッドに寝転がりながら凪原司は相部屋の板垣に呟く。あまり友人も多くなく、大人数が苦手な凪原には六人部屋でワイワイ過ごすのは少しハードルが高い。
「別に普通に過ごせばいいだろう」
「普通に過ごせないから言ってんだよなぁ」
窓際に腰を掛けて京都の夜景を眺めて板垣は言いづらそうに口を開く。
「僕は決して友人が少ないと言うこともないんだが、……君にしか相談できない事があるんだ」
その前置きから、凪原は容易に内容を察する。
「黄泉辻?」
板垣はコクリと頷く。
「……もう分っていると思うから隠さないが、僕は黄泉辻さんが好きだ。この修学旅行で告白しようと思う、と言ったらどうする?」
「俺にどうこうする権利があるとは思えないから、『お好きにどうぞ、がんばれ』としか言えないんだけどさ――」
ベッドに寝転がる凪原はスマホを一度天井へ向けて軽く放り、パシッと受け止める。
「仮に上手くいかなかったとしても距離を置くの止めてくれな。あいつ絶対気にするから」
凪原の言葉に、板垣は『何を言っている?』とばかりに怪訝な顔で振り返る。
「上手くいかなかったとしても?」
「あら、自信がおありっすか」
板垣はふっと自信ありげな笑みを見せる。
「いや?でも、中等部の時の車崎の話はもちろん知っている。そんな馬鹿な真似はしないさ」
――車崎嘉人。中等部三年の時に黄泉辻と同じクラスで、彼女に好意を抱き告白をしたが、振られた途端灰島とともに、黄泉辻に敵意を示す様になった。その後、高等部に入ってから謎の転校を遂げたが、理由は誰も知らない。
「ならいいけど。前も言ったけど、邪魔も手助けもしないから悪しからず」
そう聞いて板垣は少しうれしそうに笑う。
「はは、君らしいな」
ブブっと凪原のスマホが揺れ、黄泉辻からのRhineメッセージが入る。
『大浴場もう行った?すっごい広いよ!』
写真が添付されていて、いつも結っている髪を下した湯上りの黄泉辻がいつも通りの笑顔でピースサインをしている。ファン垂涎もののオフショットだ。
『俺が入ると思う?』
凪原が返すと、即座に返信が返ってくる。
『お風呂入んないの!?』
同時にまほらからのRhineが飛んでくる。
『凪原くん、それは問題よ?野良犬じゃないんだからお風呂くらいきちんと入りなさい』
凪原たちはグループRhineを作れない。なので、三人それぞれに個別のやり取りをする他ない。
『あのですね。きっと聡明な和泉様はお分かりだと思うのですが、俺が大浴場でみんなとお風呂に入るとお思いですか?部屋風呂一択だろ』
『あ、そう』
多くの生徒にとって初のお泊りとなる高揚感と、緊張感。こうして、修学旅行・初日の夜も更ける。
――二日目は南に足を延ばして宇治川・平等院方面へ。
修学旅行のルートとしては、あまり一般的ではないかもしれないが、有名な場所は班別行動でも回る事から、ルート選定をした教師陣の敢えての選択だ。
さらさらと流れる宇治川のほとりを歩き、万葉集の昔から歌に歌われる景色に身を寄せる。
そして、宇治といえば抹茶。少し時期は遅いが、新茶摘み体験と、石臼を使った抹茶作り、そしてお茶体験。班ごとに順番に和室に入り、茶道体験をする。
真面目な顔の凪原が「粗茶ですが」茶碗を勧めてくるので、思わず黄泉辻は噴き出しそうになるのを必死に堪える。
そして、平等院。
「ねぇ、板垣くん。あたしここ初めて来るはずなのに、なんか見たことあるんだけどデジャブ?」
黄泉辻は板垣にそう問いかけ、首を傾げる。
「い、いや。それは多分――」
板垣はそう言って財布を取り出すと、その中から10円玉を取り出し、その表面を黄泉辻に見せる。――10円玉表面の図柄は、平等院鳳凰堂。
「おぉっ!本当だ!板垣くん、すごい!ねぇねぇ、知ってる~!?」
黄泉辻は10円玉を後ろでに隠しながら池を眺めるまほらと凪原の元へと駆け出す。そして、途中で何かに気が付いてフリスビーを持つ犬のように板垣のもとへ走り戻ってくる。板垣が困惑すると、息を切らせた黄泉辻は申し訳なさそうに笑いながら10円玉を差し出してくる。
「えへへ、ごめん。泥棒しちゃうとこだった。返すね」
再び凪原たちの元へ走っていく黄泉辻の後ろ姿を板垣は見つめていた。
池の前でクラスごとの集合写真をとり、二日目の日程は終了。この日の宿は和室の大部屋・6人部屋だ。
「あれ?和泉さんは?」
黄泉辻と渡瀬まつりを含む6人部屋。黄泉辻と同じ班のまほらの姿がない事に気づいた同室の女子が黄泉辻に問いかける。
「あ、えーっとね。まほらさんは――」
まほらは教師に許可を取り、自費で個室を取っている。多くの人がいる中で、睡眠と言う無防備な姿を晒すのは、傷の露見というリスクを負う事になる。黄泉辻には、申し訳なさそうな顔で一言、『ごめんなさい、今日は一人で眠るわ。明日の夜、楽しみにしてるから』とだけ告げている。
黄泉辻には理由はわかる。けれど、それを言うわけにはいかない。
「……いっ、いびきと歯ぎしりがすごいから、ちょっと無理って、あたしが」
引きつった笑顔で、泳ぐ目で、必死に親友を庇い泥を被るが、その泥は親友にも掛かっている事を彼女はまだ気が付いていない。
「え〜、和泉さんいびきかくの?意外すぎ」
「いやいや、睡眠時無呼吸症候群でもいびきかくから」
まつりは真面目な顔でそれを否定する。
「……誰のいびきがうるさいって?黄泉辻さん」
黄泉辻の背後から、わざと抑揚を殺した声が聞こえる。声の主は当然まほらだ。
「うあっ、まほらさん!?……どうして!?」
まほらは黄泉辻にニコリと笑いかけた後で、同室の4人に申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさい、ちょっと持病があって薬を飲んでいるんだけど、そのせいで夜人がいると全く寝付けないのよ。だから、先生に無理行って自費で別の部屋を用意してもらったの」
当然、持病の話は嘘。今のところ、まほらの身体は健康そのものだ。
「……そっか、だから体育の授業も」
と、同室の一人が一人納得する。まほらはあの事故以来体育の授業は全て見学をしている。汗をかいて傷が露見するのを避けるためだ。勝手に紐付けてくれるなら、まほらはそれをあえて否定する事も無く、ニコリと微笑みで返す。
「一応、私の名誉の為に弁解するけど、いびきも歯ぎしりも一切しないわ。そうでしょ?黄泉辻さん」
いたずらそうに微笑みながら黄泉辻に同意を求め、黄泉辻は何度も頷く。
「うん、しない!してない!ただ、すっごいいい匂いがするだけ!」
「いい匂い!?」
まつりが食いつき、まほらは眉を寄せて黄泉辻に無言の抗議。そのあと、ゴホンと一度咳払いをした後、話を続ける。
「でも、眠るまでの間、皆とお話とか、遊んだりしたくて……」
少し照れ臭そうに、持参した小さなバッグからトランプを取り出して、得意げにみんなに差し出す。
「トランプを持ってきたの!よかったら皆で、あ……遊ばない!?」
まさかのまほらからのお誘い。黄泉辻を含む五人は、一気にわぁっと沸き立つ。
「やろやろ!あーし大貧民めっちゃ強いから!」
「大富豪じゃなくて?」
「あはは、どっちでもいいじゃん」
まほらは嬉しそうに笑いながら、華麗な手つきでカードシャッフルをする。
まるで、普通の少女のように、特別な修学旅行の夜を過ごした。




