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帰宅部

 凪原司は帰宅部である。私立鴻鵠館では部活動への参加は義務付けられておらず、多くの学校で多くの学生がそうであるように、部活動に入っていない生徒は便宜上帰宅部と呼称される事が多い。


「凪原くん、今日からここが部室。鍵の管理は職員室ね」

 2年A組のある北棟の4F奥に位置する昨日まで倉庫として使われていた部屋で、和泉まほらは凪原にそう言った。


「えっと、和泉さん。全くもって話が読めないんだけど、何部の部室なの?片づけとけって事?」

「今言ったじゃない。今日からここが部室。あなた何部?」

 まほらはなぜ伝わらないのかと眉を寄せつつ凪原に問う。

「何部……って。帰宅部だよ。和泉さんも知ってるでしょうが」

「でしょう?だから今日からここが部室って事。帰宅部の」


「帰宅部の部室!?」

 予想の斜め上の発言に凪原は驚きの声を上げる。

「そ。嬉しいでしょ。泣いて喜んで頭を地に伏してもいいのよ?。あぁ、あなた部長だから。諸々よろしくね」

 腕を組んで得意げにドヤ顔を決めるまほら。


「……お前を見てると、やっぱり俺って普通なんだなって思うよ。すげぇよ、お前」

「ふふ、たまには素直に褒められるのも気持ちのいいものね」


 褒めてねぇよ、と凪原は思ったが、まほらが嬉しそうなので言葉は飲み込むことにした。

「最近図書室も人が増えてきたし?あなたも落ち着いて待機できる場所が欲しいでしょ?一応今部員はあなたと私と黄泉辻さんを登録してるから。あっ、ほかの部活と同様に活動記録や活動報告もあるから、その辺りは部長のあなたがお願いね」

「帰宅部の活動記録って……、帰る事しかないんですが。どうしたらいいんですかね」

「そのくらい自分で考えなさいよ、部長でしょ?」

「……独裁者って怖いよなぁ」


 と、軽口を叩いてみて凪原は思案する。おそらく、まほらが言った理由のうちの図書館の下りは本当だろう。だが、人が増えたことが理由ではないはずだ。


 ――やっぱりあの玖珂って人と関係ありそうだな。


 凪原は言葉を口にはせずそのまま胸の奥へと飲み込む。

 室内は倉庫として使われていたとは言うものの、テーブルと椅子が四脚ある他は不要な物品はなく、埃もなくこざっぱりとしている印象。


「意外と綺麗だな」

 椅子に腰掛けて部屋を見渡した凪原が感想を述べると、向かいに座ったまほらは頬杖を突いてくすりと笑う。

「私が?」

「いや、部屋が」

 まほらは呆れ顔で頬杖を突いていない左手をヒラヒラと振る。

「はいはい、言うと思ったわ。ワンパターンね。ありきたり。発想が貧困。エスプリが乏しいわ」

「……普通に答えただけなのに酷い言われようだな」

「不満ならもう少し機知に富んだ返しをしてみることね」

 凪原は大きくため息をついて指を一本立てる。

「じゃあ和泉さん。もう一回リベンジ」


 まほらはむっと口を尖らせてそっぽを向く。

「……嫌よ。今この部屋には誰も居ないのに」

 凪原はまほらの言葉の意図を察する。

「あー、悪い。まほら」


 人前では和泉さん、と呼ぶのが二人の暗黙のルール。

「許してあげる」

 機嫌が治った様で凪原も一安心。

「じゃあリテイク、……それにしても綺麗だよな〜」

 わざとらしく棒読みでセリフを読む様な凪原にクスリとしながら、まほらは二度目の言葉を続ける。凪原の言葉がさっきと少し違う事には気づかずに。

「私が?」

「うん、まほらが」


 視線も逸らさずエスプリも捻りもないど真ん中ストライクの火の玉ストレート。当然言った凪原も恥ずかしく、手や身体から嫌な汗がじんわりと滲む。

 まほらは両手を膝の上に置き、微笑んだ顔は真っ赤で、視線を逸らして嫌味の一つも言えず気恥ずかしそうにもじもじしている。

 珍しく完全勝利。手に汗握った甲斐もあったと言うものだ。凪原は目の前の珍しい光景を少しの間眺めている。

 少しして、まほらは表情を隠す様に手枕をして凪原を上目遣いに視線を向けて問い掛ける。

「……私綺麗?」

 

「口裂け女かよ」

 

「なっ……!人が折角聞いてあげてるのに茶化すのはよくないわよ!?」

「アホか!あんな事ホイホイ言うと思ってんのか、意外にこっちにもダメージ返ってくるんだよ!……大体そんなの言われ慣れてんだろうが」

 

「言われ慣れてるに決まってるでしょ。控えめに言っても事実だもの」

「……じゃあなんでお照れにならしてたんですかねぇ」

 凪原自身も意地の悪い質問と感じる。

「そっ、それは凪原くんの言い方がキザで恥ずかしい感じだったから共感性羞恥が発動しただけよ!」

「うわっ、言うなよ!俺も薄々そう思ってたんだから!」

「でしょう!?そうでしょう!?じゃあこの話は終わりね!あー、暑い!それにしてもこの部屋本当に暑いわね!エアコンでも設置しようかしら!」

 手で顔をパタパタとあおぎながら汗をかいている事を自覚する。チラリとバツが悪そうに凪原を見て、自身の右頬に手をやる。


「大丈夫」

 その動きでまほらの心情を察した凪原はニッと力強く笑いかける。

「まほらは綺麗だ」

 望んだ言葉に右頬にを手で隠しながらこくりと頷き、俯いたまま呟く。

「知ってる、ばか」


 和泉まほらは中等部のある日から、体育の授業は全て見学だ。もっと具体的に言えば、二年前のとある出来事の後一月以上入院して学校を休んだ日以降ずっと。

 見学の理由は教師も知らない。

 その理由は汗をかきたくないから。

 汗をかき、隠した右頬の傷が見えてしまわない様に。

 

 

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