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プロローグ あの日の夏祭り

久しぶりの投稿です、よろしくお願いします。


感想・評価など、とても励みになります。

――物語の始まりは小学五年の時だった。


「和泉さん、今度うちの神社で祭りあるから来なよ。金魚すくいもあるよ、きっと」

 夏休みに入った八月のはじめ。少し勇気を出した俺の誘いにまほらは目を輝かせる。

「本当!?行ってみたい!お母様に聞いてみるね!あっ、……でも私の家凪原くんのお家と違って池が無いから」

 しょんぼりと肩を落とすまほらを元気づけるように俺は声を上げる。

「大丈夫だって!水槽でも飼えるし、それもダメならうちの池で飼えばいいじゃん」

 その提案で、ようやくまほらの目に光が戻る。

「そっか……。そうだね!」

「じゃあ、約束な」

「うん!」


 二週間後の土曜日。爺ちゃんが宮司を務める神社の夏祭り。ドンドンピーヒャラとおなじみの祭囃子に彩られ、いろんな夜店がズラリと並ぶ。たこ焼き、リンゴ飴、わたあめ、焼き鳥、かき氷、スーパーボールすくい。そして、金魚すくい。

「うわぁ、すごい!すごい!」


 ピンク色の浴衣に身を包み、髪を上げたまほらは興奮した様子で声を弾ませる。どうやら、祭りに来たのは初めてみたいだった。

「ふふん、すごいだろ。何でも好きなの食べていいぜ。爺ちゃんに小遣いいっぱい貰ったからさ」

「大丈夫。あのね、私もお母様からちゃんとお小遣い貰ったから。だから凪原くんこそ何か食べたいものあったら言ってね!」

 互いに財布を手に笑い合う。

 やがて、ある夜店のまほらの足が止まる。

「風船?」

 キャラクターの書かれた袋がたくさん並び、何やら白い綿が機械の中で舞っている。わたあめだ。祭りが初めてなまほらは、なんとわたあめを知らない様だった。


「いや、これはわた――」

 と、言いかけて俺は言葉を止め、内心ニヤリと口元を上げる。ちょっとした悪戯を思いついた。

「雲だよ。食べてみる?すいませーん、一つください」

「雲!?でも雲は水蒸気の集まりだから食べたりできないんじゃ無いの!?」

「まぁまぁ、はい、どうぞ」

「わぁ」

 まほらは受け取ったわたあめを、まるで宝石の様に、その宝石の様な瞳で眺めた。

「おうちに飾ってもいいかなぁ」

 俺は苦い顔で首を横に振る。

「やめといた方がいいよ。アリ来るから」

 それを聞いたまほらは困惑して首を傾げる。


「アリ?雲なのに?あっ、……まさかクモって空の方じゃなくて節足動物の!?」

 隠された真実に気がついてしまった、とまほらは右手で口を覆う。

「いや、違う違う。空の雲で合ってるって。いいから食べてみなよ。パクって」

「そ、それじゃあ……。行くね」

 ゴクリと唾を飲み、覚悟を決める。まほらの人生で初めての体験。雲を食べる。小さい口を大きく開けて、わたあめをパクリとほおばる。

「ふぁっ!ふわふわ!甘い!?曇ってこんなに甘いの!?凪原くん!すごい!」

 満面の笑顔でわたあめを食べるまほらを見ていると、なんだかこっちまで照れくさくなってくる。


「そりゃよかった。服に付くとベタベタになるから気をつけなよ。折角浴衣なんだからさ」

 俺の忠告も聞かず、まほらは笑顔でわたあめを差し出してくる。

「凪原くんも食べてみなよ!おいしいから!」

「そ、それじゃ……」

 言われるままに口を開け、わたあめを一口。まほらが食べた場所に一瞬目が行くが、あえて離れた場所に口をつける。

「うん、うまい」

「おいしいね」


 まほらは同年代の子供と比べて、ずいぶん世間を知らない様子だった。

 それもそのはず、有力政治家の一人娘として、毎日が習い事と勉強に埋め尽くされていたからだ。

 華麗なる一族の跡継ぎ。本来なら男子が望まれていた中で生まれた、一人っ子の少女。だから、彼女は今日この夏祭りを、「特別な一日」として胸に刻んだ。


 二人でたくさん食べ物を買って、スーパーボールも沢山掬った。金魚すくいはすぐポイが破れてしまって取れなかったけど、出店のおじさんが特別に二匹くれた。

「わぁ」

 まほらは小さな袋に入った金魚を眺める。

「あっ、見て。こうしてみると金魚が大きく見えるよ!」

 小さな大発見にまほらは声を上げ、俺も同じ様に袋を持ち上げ金魚を見る。

「あ、ほんとだ。でっけ……」

 提灯が闇夜を明るく照らす中で、互いに袋越しに目が合う。何故だか照れくさくて、むずかゆくて、でも目が逸らせなかった。やがて金魚が二人の間を通り過ぎると、二人は袋を下ろして照れ笑いをした。

 

 そうやって、きっと俺たちは自然と惹かれあっていった。


 ――けれどこの時はまだ知らなかった。


 自分で言うのもなんだけど、純粋でまっすぐだった俺たち二人の関係が数年後に大きく変わることを。


「凪原くん、あなたは今日から私の下僕よ。異論は認めないから」


 高校の入学式で出会ったまほらは、衆人環視の下、俺を睥睨してそう言い放った。


 俺とまほらの、現実に立ち向かう主従ごっこは、その日から始まった――。

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